海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する

海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する 第9話「第8章」

放送部室の天井スピーカーから、波の音がゆっくりと消えていった。最初はただの環境音だと思っていた部員たちのざわめきが、音の急速な消失と共にぎくりと止まる。海の匂いが開いた窓から入り込み、湿った校舎の空気と混ざる。波の余韻が消えたあとに残ったのは、校内の教務課の書類を抱えた担当教員・高村の静かな声だった。

放送部室の天井スピーカーから、波の音がゆっくりと消えていった。最初はただの環境音だと思っていた部員たちのざわめきが、音の急速な消失と共にぎくりと止まる。海の匂いが開いた窓から入り込み、湿った校舎の空気と混ざる。波の余韻が消えたあとに残ったのは、校内の教務課の書類を抱えた担当教員・高村の静かな声だった。

「――ここまでの放送は、学校の判断で一時停止とする。噂や評価が進路に影響を与えるという実態を無視できない。放送内容について、明日までに『恋愛に関する公的ガイドラインに準じた改善案』を提出しろ。提出がなければ、放送機材の使用を全面的に禁止する」

湊はミキサー卓のフェーダーに触れたまま凍っていた。指先に伝わるのは冷たいアルミと、わずかな振動。湊が放したいのは抗議でも反論でもなく、白雪の顔を守るためにどうすればいいのか、という不安だった。だが高村の言葉は、白雪だけじゃない。放送部そのものを、どこかの「問題」に仕立て上げて排除するための口実に聞こえた。

「噂が進路に、ですって……」蓮がデスクに拳をついて声を絞る。蓮の髪の毛に、昨日の海から撒いた塩の粒がまだついている。放送部の誰もが、波と音と一緒にこの町に育ってきた。そんな彼らを、学校は「評価」によって切って捨てようとしている。

白雪は自分のノートを抱え、窓の外を見ていた。長いまつげの影が頬に落ち、海が揺れる。彼女が部に来たときの、淡い笑顔が湊の中で瞬く。期限つきの恋人役として、彼女の存在を演じる――それが湊の仕事だった。だがその「役」は今、学校のルールという外部のレンズでさらわれようとしている。白雪の未来を学校の基準で判断してほしくない。だが同時に、放送部全体の場を守ることも必要だ。湊の胸の中で、二つの天秤が軋んだ。

「部活を守ることが白雪を守ることになるのか、それとも逆なのか――」湊は小さく呟いた。誰かに答えを求めるでもなく。ただ、自分の指先から逃げる真実を探していた。

そのとき、千夏が立ち上がった。千夏は放送部の技術担当で、いつも無表情に機材をいじる女の子だ。彼女は鞄から小型のカメラを取り出し、ラックの背後にセットした。その手つきは無駄がなく、目には決意が宿っている。

「放送を止められたって、情報は止められない。私たちが自分たちの声を出さなかったら、誰が出すの?」千夏は湊を見据えた。「部活を守るって言うなら、今行動しようよ。明日のガイドライン? それを盾にする大人に、私たちの実際の声を聞かせよう」

部室の空気が一変した。賛成する者、慎重になる者、呆然とする者。だが千夏の決意は伝染した。蓮が腕まくりし、数人が機材に向かい始める。湊は、できれば仲間たちが自主的に動くのを見守りたかった。だが胸の奥には、知らずに抱えている別の能力—共同制作物にだけ感情の痕跡が残る力—が重くのしかかる。

湊は過去に何度もその力を使ってきた。二人で作ったラジオドラマ、共同で編集した映像、二人で書いた台本。そこには白雪の微かな息遣いや、湊の瞬きのリズムが残る。だがその力にはルールがある。痕跡は「共同」であることを求める。確かめようと決め付ければ、痕跡は薄れ、急いで完成させれば作品そのものが壊れる。

千夏がカメラの録画ボタンを押す前に、湊は手を伸ばした。自分の能力で、今の白雪の気持ちを確かめたかった。もし白雪が本当に放送を続けたいと思っているのなら、自分はそれを支える。しかしもし白雪が放送を抜けて本当に自分の進路を選びたいのなら、湊は彼女を止めない。だが二つの選択がある以上、湊はどちらに舵を切るべきか分からなかった。

湊は白雪と二人で作った短いオープニング音源に触れた。波の音、白雪の吐息、湊の笑いが混ざった二分足らずのトラックだ。彼は指先でその波形を追い、痕跡を探った。だが「確かめたい」という強い意志を乗せた瞬間、波形の輪郭がぼやけ始めた。湊が思い込めば思い込むほど、音は静かになり、やがてまるでテープが伸びたように音が歪んだ。

「湊、どうしたの?」白雪が顔を上げる。驚きが彼女の瞳に浮かぶ。

湊は急に手を引っ込めた。ミキサーのフェーダーが小さく跳ね、音がガリッと割れる。千夏のカメラのレンズに一瞬フレアが走り、撮影は止まらないまま空気だけを切り取っていく。湊が確かめようとした分だけ、共同制作の粒子が崩れ落ちていくのを、彼は肌で感じた。台本のページがくしゃりと音を立てて床に落ちたような気分だった。

「やめて、そこは――」蓮の怒り混じりの声。部員の一人が唇を噛む。共同で作ってきたものが、湊の焦りで傷ついた。千夏が顔を強張らせ、白雪は俯いた。湊は自分の握った答えの重さが、手の中から崩れ落ちるのを見ていた。

「ごめん……俺、確かめたかっただけで――」湊の声は海鳴りのように震えた。だが謝罪の言葉は、誰かの決意をひっくり返すことはできない。部室の空気は冷え、音はとても遠い。湊はその場に置き去りにされた。自分が壊したものを、どう取り戻せばいいのか分からない。

そんなとき、白雪が立ち上がった。彼女の動作は静かだが、確かなものだった。白雪は湊の手に触れず、自分のノートを床に置き、千夏のカメラに向かって歩いた。

「止まらないで。放送も、私たちの話も。もし部が消されそうなら、私が自分の声で話す」白雪の声は意外に落ち着いていた。だがその言葉の奥には覚悟があった。「私の進路は、私が決める。部も、私たちの関係も、誰かに勝手に評価されて終わるものじゃない」

千夏は録画ボタンを確認してから、低く頷いた。「そのまま、全部。編集しないで出す。部室の雑音も、言い間違いも、そのまま。作り物じゃないって証明するには、それしかない」

部員たちは次々と自分のマイクを取り、簡単な自己紹介と、自分のやりたいことを話し始めた。海の音、笑い声、唐突な沈黙。放送は編集の手間もなく、素のまま配信されていく。湊は廊下の窓からそっとその様子を見ていた。ライブ映像の中の白雪は、目を閉じて海の空気を吸い込むような仕草をした。彼女の呼吸のリズムが、そのまま映像に残っている。湊が確かめようとしても、それは既に「共同」だった。彼の能動的な介入によって、痕跡が消える余地はなかった。

けれど湊はまだ不安だった。千夏のライブは深夜のネットに流れ、誰かの拡散で学校の圧力を跳ね返すかもしれない。逆にそれが更なる圧力を呼び、白雪の本来の希望を踏みにじることにもなり得る。湊は白雪を盾にするつもりはない。だがその代替として、彼が一人で背負い込むものもある。

ライブ配信が淡々と続く間、湊の携帯に一通のメールが届いた。差出人は学校の生徒課長——タイトルは短く、「明日、説明を求める」とだけ書かれていた。中身には、明日の放課後、教職員会議室で代表者が説明を求める旨と、意見を述べるなら「学校側の面談に一名だけ」と記されている。湊はその一文を何度も読み返した。たった一名。白雪の代わりに出られるのは、自分だけだという意味か。それとも、白雪に発言させないための策略か。

千夏の配信は勢いを増し、視聴者からのコメントが一つ、また一つと上がる。ある生徒は自分の進学希望を語り、別の生徒は放送部での失敗談を笑いながら話した。誰かが「うちの高校、面