海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する

海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する 第15話「第13章」

海風が窓を叩く音で、部室の時計がじんと鳴った。灰色の雲が薄く切れるたびに、窓の向こうの海面が銀の筋を走らせる。放課後の放送部室は段ボールと紙束と、乾いたテープの匂いで満ちていた。机の上には「お願い」や「協力依頼」と手書きされた封筒が山になっている。小さなスピーカーからは、湊(みなと)と椎名(しいな)が先ほど録った短いジングルの仮ミックスがループで流れていた——彼らが「共同で作った物」のひとつだ。

海風が窓を叩く音で、部室の時計がじんと鳴った。灰色の雲が薄く切れるたびに、窓の向こうの海面が銀の筋を走らせる。放課後の放送部室は段ボールと紙束と、乾いたテープの匂いで満ちていた。机の上には「お願い」や「協力依頼」と手書きされた封筒が山になっている。小さなスピーカーからは、湊(みなと)と椎名(しいな)が先ほど録った短いジングルの仮ミックスがループで流れていた——彼らが「共同で作った物」のひとつだ。

「もう一回、沙耶(さや)と合わせる?」夏樹(なつき)がプラスチックのペンを指でくるくる回す。彼は技術担当だが、どうしても数字が欲しいらしく、視線は書類へ向いている。

椎名沙耶は録音ブースの椅子に座り直し、マイクの金網に指先をすべらせた。髪が海風に揺れて塩の匂いが混じる。彼女の目は決して怯えてはいないが、どこか遠くを見る。湊は彼女の横にそっと座った。二人が同じ声で台詞を言うと、音声ファイルの波形が画面で小さく震えた。

「じゃあ、本当にこれで送る?」湊が訊ねる。手元には、二人で書いた短い手紙と、彼らの放送のダイジェストを焼いたCDがあった。OBに送るのだ。外部の支援団体にも届くように、できるだけ“人の声”が伝わるものを詰め込もうとしている。

「うん。でも、署名が足りないって言われたら困る」夏樹がこぼす。彼は既に紙の束からコピー用紙をかき集めて、仮の封筒を作っていた。部員たちの顔から浮かぶ焦りは、海の光とは相性が悪い。外部に助けを求めれば学校側の圧力が強まるだろうという噂が、午前中の教師会議から伝わってきていたのだ。

湊は息を吸って、自分の手にあるジングルの書き起こしをそっと撫でた。能力を使うための儀式——いつもと同じくらいそっと、相手と“共同で作った”ものに触れる。そうすることで、その中に残された気配を、色と音で感じ取ることができる。だが彼は知っている。痕跡に名前をつけたり、結論を急いだりすると、それはすっと霧のように消えてしまう。急ぐほど共同制作は壊れ、無理に推定すれば空白が残る。前回痛いほど学んだルールだ。

湊が指先を紙に置くと、冷たさの裏から淡い色彩が立ち上るように見えた。金色の細い線が、弱い誇りと不安を撚り合わせている。彼はそれを「誇りだ」と決めつけることをぐっと抑え、代わりに問いを抱いた。「これは、誰に向かっているのだろう」と。問いを持つことで色は保たれ、細部が滲まない。だがその代わりに胸の奥がひりりと痛んだ。次第に喉が詰まる感覚がして、低い嗄声が口の端から漏れた。能力には個人的な代償があった——使うたびに、彼の声が少しだけ霞み、直近の一つの記憶の輪郭がぼやける。

「湊、大丈夫?」椎名が肩を払うようにして訊いた。彼女の声は通常より優しく聞こえた。湊は「大丈夫」とだけ答えたが、心の中ではすでにその代償を数えていた。今朝の朝礼で彼女が押さえていた笑顔、放課後に二人で交わしたたわいない冗談——どれを代償として失っても構わないのか。彼はそんな賭けをしたくなかった。

夏樹はペンを落とした。そこへ、日向(ひなた)が封筒の山の隙間から一枚のコピーを引き出した。彼の顔に青ざめた色合いが差す。紙には、教師のサインを求める学内文書の表題があった。校章の入った見出しは、まだ正式な発表には至っていない「検討書」と書かれている。日向が声を震わせた。

「教頭先生からだ。『校内活動における外部協力の整理について、来週理事会で議題に上げる可能性があります』って……」

部屋の空気が一瞬、凍る。海からの風が窓枠を震わせ、紙の端がぱたぱたと跳ねる。外部支援を制限する流れが現実味を帯びてきた。もし「外部協力の制限」が通れば、OBの手も、地域ラジオの援助も、外部団体のボランティアもすべて遠ざけられる。部室はただの放課後の遊びではなく、共同体の表現の場だった——それを守るために動かなければならない。

「だったら、今のうちに出来ることを全部やるしかない」と椎名が言った。彼女の指先が湊の手をとって、二人で仕上げた封筒の裏に小さなシールを貼る。シールは二人で書いた短いメッセージの縮小版だ。湊はその瞬間、自分の能力にもう一度触れてみる。二人で作ったものを、一緒に結び合わせる——それが、この力の根幹だった。

触れた瞬間、湊は色を見た。期待の薄い橙、恐れに近い青、でも交じるところに小さな緑があって、それは「誰かの選択を尊重したい」という意思だった。言葉にしなければ、色は消えない。湊はゆっくり椎名の目を見た。

「沙耶、本当に……」言葉を出しかけて、湊は喉の奥の違和感に気づく。直近の出来事の輪郭が薄れていく。今週の帰り道に椎名が言った一言が、まだ胸に引っかかっているはずなのに、言葉が霧のように消える。恐れが胸を刺す。能力を使うたびに何かを“失う”ことの重さが、こういう形で現れるのか。

「言わないと駄目?」椎名が首をかしげる。彼女の表情は不安よりも、むしろ真剣だった。「私たち、外の人に助けを頼むんだよね? そのために、私たちが『ここで何をしているか』を見せる必要がある。私、……行きたいところがある。けど、そのためにクラブを裏切るつもりはない。だから、どうやってもらったら協力してくれるか、って考えてるところなんだ」

その告白に、湊の胸がぎくりと揺れた。彼が触れた共同制作には、沙耶の中の「出発」と「居続ける」両方の気持ちが同居していた。だが決めつけてはいけない。彼が「君は行くつもりだ」と断定すれば、色は瞬時に薄れる。彼には、彼女の選択を奪ってはならないという鉄の掟がある——別々の未来を応援する、という自らの約束だ。だから問いを続ける。

「どこへ行きたいの?」

椎名は息を吐く。手の中の紙を握りしめる小さな指先に力が入った。海の光が彼女の髪を透かして、頬が少し赤く見える。

「絵の奨学金の試験があるの。来年の春から、可能性があるかもしれない。まだ選考の途中で、内緒にしてた。クラブのことで、みんなを巻き込みたくなかったから」

その言葉が、透明な泡のように湊の胸に弾ける。彼は一瞬、喉が乾いた。もし彼女が遠くへ行くなら、彼女のことを「期限つきの恋人役」として側に置く自分はどうなるのか——その問いが、自分の恐れとして形を成す。しかし彼は、その恐れを押しつけてはならない。彼の目的は別々の未来を応援することだ。応援するためには、彼女の選択を奪わないことが第一だと、彼は知っている。

「……応援するよ」湊は小さく言った。言葉は軽く、美しく波打った。椎名の目が見開かれ、彼女の肩から緊張が一瞬ほどけるのが見えた。

だが、その瞬間、湊の耳の中にジンジンとした音が広がった。能力を読み切る代償として、最近交わした約束の輪郭が一つ消えたのを、彼自身が感じた。昨晩の日付と会話の端っこの一節――それは、椎名がこの件を隠すときに見せた微笑みの記憶だった。自分はそれを失った。恐怖と救いが同時にやってくる。応援したい一方で、代償が確かに存在することを突きつけられる。

「湊?」椎名が声をかける。彼は微笑みを返し、震える手で封筒を閉じた。彼女は針で止められた小さなシールに、二人のイラストを描いた。小さなイラストには、共同制作の痕跡が刻まれる。湊はそれに触れ、