商店街の写真館で遠回りする同級生は季節限定の約束を守る

商店街の写真館で遠回りする同級生は季節限定の約束を守る 第25話「第23章」

午後の光が、商店街の古い引き戸を薄く透かした。写真館の店先には、薄紙に包まれたアルバムや、硝子瓶の中で眠る現像液の匂いが混じった、温度を帯びた匂いが立ちこめている。引き戸を押したとき、柱時計がゆっくりと針を刻む音がした。佐伯さんがカウンターの上でメモをめくり、顔を上げる。額の皺に夕陽が落ちた。

午後の光が、商店街の古い引き戸を薄く透かした。写真館の店先には、薄紙に包まれたアルバムや、硝子瓶の中で眠る現像液の匂いが混じった、温度を帯びた匂いが立ちこめている。引き戸を押したとき、柱時計がゆっくりと針を刻む音がした。佐伯さんがカウンターの上でメモをめくり、顔を上げる。額の皺に夕陽が落ちた。

「来てくれたか、久我くん、茜ちゃん。役場から連絡が来て、明日の午前にネガを回収したいってさ。デジタル化のため、って」

茜は唇をかみしめて、手の平で包んだアルバムの角をぎゅっと押した。表紙には二人で貼った小さな切符の切れ端と、私物の押し花がある。あの日、二人で作ったページだ。そこに、茜の「季節限定の約束」が、確かに息づいているはずだった。

久我(くが)透は、カウンターに肘をつき、甘酸っぱい写真の匂いを深く吸い込んだ。胸の中でいつもと同じつぶやきが鳴る。共同で作ったものにだけ残る——それが彼の「見える」ものの条件であり、同時に鎖でもあった。

「役場が回収したら、インデックスを付けて公表するって。『地域資料として保存・公開』だってさ。個人情報なんて言葉は役所の台本にしかないよね」

佐伯さんの声は静かだったが、言葉は鋭く響いた。写真が「資料」として消費される瞬間、そこに残る痕跡は第三者の評価に晒される。茜は目を伏せ、アルバムを抱きしめたまま、手のひらの端に爪跡が白く残る。

「窓口に差し止め申請は出したんですけど、行政の手続きだけじゃ時間がかかる。選挙的なアプローチ——住民投票の要件を満たすための署名集め、っていう動きも並行でやってる。颯太が外で町内回ってるよ」

颯太(そうた)はとびらの向こうから何枚かの紙を手渡してきた。署名簿。表題は「写真館資料の公的利用に関する住民投票請求」。紙を受け取ると、質感が手のひらに冷たかった。署名の欄には既に数十人の名前があった。近所の店の主人、昼間に通る学校帰りの子、写真館の常連——それぞれの文字が並んでいる。

「茜、お願い。今日のうちにもっと回って。夕方の集会に間に合えば、説明出来る人も増える。久我くんは——その、アルバムの状態を確かめて」

颯太の視線が久我に向いた。久我は一旦うなずいた。身体の奥で、いつもの不安がざわつく。自分の能力は便利な道具のように思われてしまうことがある。だが能力にはルールがある。共同して作ったものだけに痕跡が残ること、痕跡を決めつけようとすると見えなくなること、そして共同制作を急かせば壊れること——それらは日常の教訓ではなく、実際に身体が代償を払う現実だった。

「茜、アルバム、ここでゆっくり開こう。急がなくていい」

彼はそう言ったが、内心は焦っていた。明日の回収。署名は足りるのか。役場の決定が優先されれば、茜の約束は公の場で消費されかねない。茜は顔を上げ、久我の手をとった。指先が少し震えた。

「久我くんと私で作ったものだもの。私がここで確かめたい」

二人はカウンターの横にある小さなテーブルに腰を落ち着けた。古い蛍光灯が弱くチカチカ光り、現像棚の影が長く伸びる。久我はいつものやり方で自分の視線を整えた。見えると言っても、光る矢印のようなものではない。触覚の延長のように、物の表面に残る微かな温度差、糊の乾き方、紙の折れ目に滲む汗の痕——それらが言葉にならない「声」を寄せてくる。茜と久我が同じ時間を費やしたことが、写真に残るはずだ。

彼がアルバムを開く。ページが空気を切って音を立てる。最初の写真は、二人が桜の下で手をつないだスナップだった。桜の花びらは鮮やかに写り、茜の目が細くなる。久我は視線を落とし、指先をページの縁に沿わせる。手の中に伝わるのは、指紋の凹凸よりももっと浅い感覚だった——一緒に貼った糊が、わずかに柔らかさを残している。そこに彼女の決意がある。彼はそれを確かめたかった。

だが、背後で電話が鳴った。役場からの催促だった。颯太が急に立ち上がり、外に向けて窓を開ける。誰かが通り過ぎる足音。外の世界が緊張で満ちる。時間が足りない。焦りがテーブルを震わせる。

「久我、もしこれで不十分なら、君の力で証明してくれないか?」颯太が耳を傾けるように言った。

その瞬間、久我の胸の中で何かが反発した。能力のルールが警告の鐘を鳴らす。痕跡を「証明」し、決めつけてしまえば、痕跡は煤けて見えなくなる——視界がざらつき、微かな痛みが右の眼窩に走る。だけど、止める余裕はない。茜の指が彼の手に力を込める。彼女の眼差しは、依頼ではなく選択だった。

久我は深呼吸し、静かに言った。「無理に証明はしない。僕が見えるのは、僕たちが共有した感触だけだ。だが——僕が無理をすれば、逆に何も分からなくなる。アルバムを急いで作り直すようなことは、絶対にしたくない」

茜の頬が動いた。唇が少し震える。彼女は紙を一枚取り出し、そこに鉛筆で何かを書き始めた。署名じゃない。短い文章だ。「私の約束は、誰かの評価に委ねられるものではない」と茜は書き、久我に見せた。文字は硬かったが、真っ直ぐだった。

颯太が苦い笑みを見せた。「それじゃ、どうする。法的に差し止め取れれば一番いいけど、時間がかかる。住民投票は——」

「私は投票に行く」茜が遮った。「そして、町の人たちにも直接話す。誰にどう見られるかじゃなくて、私たちがどう扱いたいかを選ぶんだってことを伝える。私の約束は私と久我くんの間のものだけど、それを守るために町の判断が必要なら、参加する。誰かに決められるのは嫌だ」

その言葉は、久我の胸を強く突いた。彼女が自分の意思を持ってそこに立っていること。自分の能力で守るのではなく、彼女自身が選んで守るという行為——それこそが求めていた結末の萌芽だった。だが、現実は容赦ない。役場は明朝にネガを回収に来る。署名はまだ目標の半分にも届いていない。時間は砂のように零れてゆく。

佐伯さんが手元の電話を置き、低く言った。「市から正式な文書が来たよ。『文化資料の保全に係る緊急措置』ってやつだ。これは住民投票を無効化する可能性がある。要するに、役所が一方的に決められる権限を主張してきた」

紙をもらい、久我は文字を読む。行政は「地域資源の恒久的保存」という名目を挙げ、一定の条件下で住民投票の効力を制限できる条項を提示していた。そうなれば、住民の意思は形式を残すだけになる。茜は小さく息を吐いた。

「ならば……」颯太が拳を握る。「司法的な差し止めと、並行して住民の力を示す。二つが必要だ。茜、お願いできる? 住民投票のために、明日、夕方の集会で宣言してほしい。君が自分で投票する姿を、町の人たちに見せてほしいんだ」

茜は紙の上の自分の文字を見つめ、指先でそっと擦った。インクがつややかに光る。彼女は立ち上がり、アルバムをそっと写真館のショーウィンドウに並べた。外から見えないように、古い乳白の紙で包み、そこに小さなテープを一つ貼った。誰も勝手に開けられないようにするささやかな抵抗だ。

「私が投票に行く。そして、自分の言葉で話す。久我くん、あなたは——あなたのやり方で、僕たちの痕跡がここにあるってことを確認して。だけど、決めつけないで。私が選ぶ余地を奪わないで」

久我は息を詰めた。能力の縛り