商店街の写真館で遠回りする同級生は季節限定の約束を守る

商店街の写真館で遠回りする同級生は季節限定の約束を守る 第22話「第20章」

赤い暗室灯の下で、銀塩の匂いが胸の奥まで染み込んできた。定着液の表面に落ちた小さな気泡が、まるで時間を刻む針みたいに絶えず揺れている。古賀写真館の暗室はいつもと同じ温度で、紙と薬品と古い木の匂いが混ざっていた。足元では、脚立に置いたプリントの山がごくわずかに反っている。

赤い暗室灯の下で、銀塩の匂いが胸の奥まで染み込んできた。定着液の表面に落ちた小さな気泡が、まるで時間を刻む針みたいに絶えず揺れている。古賀写真館の暗室はいつもと同じ温度で、紙と薬品と古い木の匂いが混ざっていた。足元では、脚立に置いたプリントの山がごくわずかに反っている。

「これが問題のアルバムのコピーですか」茜(あかね)が低く言った。彼女の声には疲労が混じっていたが、同時に決意の光が宿っている。彼女の黒い手はアルバムの角を押さえ、ページをめくる。ページの隅には、商店街の小さな記念写真――自転車に並んで座る二人の背中、夕暮れの赤い看板、写真館の看板が写り込んでいた。

「うん。これと、ウェブに流れた合成画像を比べるんだ」陽菜(ひな)がノートパソコンをテーブルに置き、画面をスクロールする。画面上では掲示板のキャプチャと加工された画像が並んでいる。掲示板の書き込みはすでに何百件ものリツイートや引用で拡散され、歪められた説明が次々に付け加えられている。評価ランキングの上位に置かれた投稿は、それだけで人格の「評価」を決めるかのように振る舞っていた。

「相原さんのアカウントは、内部からばら撒かれたって噂だ。でも証拠がない。ログは改竄されてる」古賀さんが暗室の奥から声をあげた。年季の入った掌が、眼鏡の鼻緒を押し上げる。彼はこの商店街で写真館を三十年続けてきた。地域の歴史が詰まったファイルを何冊も抱え、忘れ物のように古いネガを大事に保管している。

蓮斗(れんと)はテーブルに腰掛け、指先でプリントの縁をなぞった。彼の能力は言葉では説明しがたい――共同で作った物にだけ、二人の気持ちの痕跡が残る。写真だろうと、写真集だろうと、一緒に形作った時間にだけ、その人の「印」が刻まれる。だが、触り方を決めつけるとその印は消え、共同作業を急ぎすぎると紙が裂けるように関係が壊れる。彼は使い方をいつも慎重に気をつけてきた。

「蓮斗、頼む」茜が顔を上げる。目は赤く、口の端に土のような濃さの色が残っている。彼女はここ数日で、噂がもたらす代償を身をもって知った。人々の視線が変わると、約束していた季節の散歩が一つずつ遠ざかっていった。

蓮斗は息を吸って、プリントの上に手を重ねた。冷たい紙の感触、インクのわずかな凹凸、暗室の湿気。彼の背中で何かが軽く震え、眼の裏でわずかな光の粒が立ち上る。痕跡は視覚だけではない。ふと、ページをめくったときの茜の指先の震え、カメラのシャッターを切る小さな呼吸、二人で笑ったときに混ざった香りの断片が、まるで薄いフィルムのように蓮斗の意識に投影される。

「茜さん、あのとき……」蓮斗は言葉を選びたくて、深呼吸をした。痕跡はまだ細く、輪郭がはっきりしない。蓮斗は急いで結論めいた言葉を乗せないよう自分を抑えた。決めつければ消える。彼はただ、見えたものを静かに指差す。

「このページに、誰かが別の写真を合わせてる。角の切り方、光の回り方、ネガの傷が合致してない」蓮斗の指先が止まる。指先には、薄い赤い線が一瞬浮かんだように見え、すぐに消えた。茜はその線を見て、うなずく。

「合成だって、私でもわかる。でも元のネガは? 誰が持ち出したの?」陽菜が前に出る。ノートパソコンには掲示板のログの断片が開かれていて、流出した時間軸が赤いラインで結ばれている。ラインは中央の一点に収束し、そこから放射状に偽情報が広がっていた。画面いっぱいに表示されたネットワーク図は、まるで血管のようにうねっている。

「古賀さん、このネガの管理簿は?」蓮斗が言うと、古賀さんは古い木箱を開ける。ほこりが舞い、日常の時間が乱れる。箱の中のネガは番号順に糸で結ばれていたが、ある束だけ、糸がほどけていて、紙の帯が切れていた。そこに付けられた小さな紙片――青鉛筆で書かれた「コピー外伝」と読めるメモ。古賀さんは顔を曇らせる。

「これが無くなってたんだ。誰かが、夜に入って持ち出したんだろうなあ。でも鍵はかけてあったはずだ。ここに誰かの指紋が……」古賀さんが言いかけたところで、ドアのベルが鳴った。外の商店街から、ざわめきが少し聞こえる。掲示板の書き込みが店の前にも反響しているのだ。

ドアを開けると、相原(あいはら)が立っていた。顔はこけ、目は焦点を定めない。彼がすぐに口を開いた。

「僕がやったって言われてるんだ。内部からのリークだって。君たちに迷惑をかけたくない。全部消してくれないか」声は紙のように薄く割れていた。相原は市の広報に近い立場にいる一人で、周囲の圧力に押されている。蓮斗は彼を見る。相原の手は震え、裏返った掌には古い火傷の跡がある。彼は自分が狙われていることを知っていた。

「君がやったのか、本当に?」茜は、相原から一歩離れて問い詰めるように聞く。その問い自体が、何かを壊す力を持っているように思えた。相原は肩をすくめる。言葉が出ない。

蓮斗は、相原を見ながら、能力のことを考え直す。彼の力は、物そのものに刻まれた「痕」を読む。人の言葉のログやサーバの痕跡は読めない。だが、相原と茜がどこかで共同で作ったもの――たとえば二人で残した名刺の裏の落書きや、共に撮った即席のポラロイドなどが残っていれば、そこに彼らの立ち位置や動機の断片が残るかもしれない。

「相原さん、君と茜さんが一緒に作った何かはあるか?」蓮斗が聞く。茜は一瞬戸惑ったように顔を背ける。陽菜がノートパソコンを閉じ、テーブルに手をついた。

「このアルバムは、私が彼と一緒に作ったもののコピーよ。相原さんが編集の手伝いをしてくれたときの……」茜は小さく息を吐く。「でも彼が市の仕事と重なってからは、彼が手を離さざるを得ない場面が増えた。誰かが彼を利用したんだと、私は信じたいけど――」

茜の手がアルバムの一ページに触れる。蓮斗はそっと隣に手を重ねた。共同で作るという行為を、彼らは今する。手の温度が交じり合い、暗室の空気が一瞬静まる。蓮斗は力を窓の外の騒音に紛れても強く感じた。痕跡が微かに波打ち、ページのインクの下から色の残像が立ち上る。

だが今回は違った。痕跡が濃くなる瞬間、蓮斗は胸の奥に冷たい刃のような痛みを感じた。頭の中で、かつて誰かが彼の能力を無理に引き出そうとしたときの感覚が甦る。決めつければ消える、というルールを破らないようにするために、彼は必死で言葉を飲み込んだ。だが茜が不安そうに顔を上げ、蓮斗の目を覗きこんだ。

「何が見えるの?」茜が囁く。彼女の声は震えている。蓮斗の口から出そうとした言葉は、結論ではない。見えているのは断片、匂い、圧のかかった紙の折り目、誰かの指先が押した小さな凹み。だが茜は即断を求めるときの顔をしていた。「教えて。私を守りたいのなら、教えて」

蓮斗は一度、息を止めた。決めつければ消える。彼は口を閉じ、代わりにゆっくりと指を動かした。アルバムの別のページを開き、茜に「ここを」と促す。二人はゆっくりと、時間をかけて共同で触れる。茜の指先が蓮斗の指に触れ、二人の温度が混ざると、痕跡は少しずつ具体性を帯びてきた。

「ここに、別の指紋の痕跡がある。いつもの商店街の誰かじゃない。手のひらの押し付け方が、事務作業で刻まれる癖がある――」蓮斗は声を低く絞る。彼