終端剣の時計工と空白王

終端剣の時計工と空白王 第4話「第3章」

風が運ぶ埃の匂いが、まだ新しい血と油の匂いに混ざっていた。廃れた広場の瓦礫の隙間には、半ば壊れた時計塔の歯車が散らばり、誰かが忘れたままにした懐中時計の針が、妙に滑稽な角度で止まっている。カナメは、終端剣の細い鍔を両手で抱えるようにしてしゃがみこんだ。剣の刃は、見る角度によって黒鉄のように鈍く、また砂の中の瑠璃のように透いた光を返した。鍔には、小さな砂時計の刻印が繰り返し打たれている。指先に伝わる冷たさが、まだ鋼の余韻を残している。

風が運ぶ埃の匂いが、まだ新しい血と油の匂いに混ざっていた。廃れた広場の瓦礫の隙間には、半ば壊れた時計塔の歯車が散らばり、誰かが忘れたままにした懐中時計の針が、妙に滑稽な角度で止まっている。カナメは、終端剣の細い鍔を両手で抱えるようにしてしゃがみこんだ。剣の刃は、見る角度によって黒鉄のように鈍く、また砂の中の瑠璃のように透いた光を返した。鍔には、小さな砂時計の刻印が繰り返し打たれている。指先に伝わる冷たさが、まだ鋼の余韻を残している。

「大丈夫か、カナメ?」

セナの声が耳に届き、カナメはぎくりと頭を上げた。セナは包帯を撒き直した子供の肩を撫で、視線をカナメから離さない。汗ばんだ額と、深く刻まれた目の疲れ。彼女は治療師の目で、時間感覚の乱れを瞬時に察した。

「秒が……跳ねてる。心臓は動いてるのに、身体が追いつかないっていうか」

カナメはそう言って、目の前の懐中時計を見た。短針と長針が、規則正しい回転をしているはずなのに、視界では一つ一つの秒が飛躍する。針は途切れ途切れに動き、針の先で光が断続的に煌めく。耳の奥で、ピンと高い音の連続が鳴ったり消えたりする。呼吸が一拍遅れて訪れるような気がして、舌が金属の味を帯びた。

ルクが不機嫌そうにつぶやく。「またか。あれを単独で振ったんだろ。お前、学習能力ってものはないのか」

ミアは口をとがらせながらも、周囲の様子を見回していた。彼女は人混みの中から小さな情報を拾い上げるのが得意だ。一瞬の静寂の後、彼女が何かを見つけたように小さく笑った。

「でも、助かった人がいる。あの抜け道が開いたのはすごかった。みんな、歓声上げてる」

歓声、嗚咽、子供の叫び。そこに横たわる小さな足首を押さえる男の呻き声。終端剣が実在の効果を持つことを、誰もが否定しなかった。ただし代償も、目の前に在った。

「力を使うたびに、何かを失う――それが代償だ」とセナが静かに言った。「そして……同意なしに使えば、効果は均等に広がる。味方にも、敵にも」

その言葉に、ルクが腕を組んで口を噤む。ミアは眉をひそめた。「でも誰がその同意を出す? 今ここにいる人間全部? 避難民は決められない。疲れてるし、怖がってる。選択の余裕がない人に同意を求めるのは――」

「それがまさに、空白王のやり方だ」とルクが低く言った。「選択できない状態を制度に組み込み、物事を決めてしまう。だから俺たちがその空白に入り込んだら、ただ『救う』だけじゃ足りない」

話の途中で、遠くから金属的な声が広場に響いた。高く澄んだ放送スピーカーの音色。見ると、空白王の査閲官を従えた群行官数名が砂埃を踏みしめながらやって来る。彼らの制服は白地に細い黒のラインが入り、胸にはやはり砂時計の簡略化された紋章が縫い付けられている。群行官の前には、移動式の申請端末が立っていた。端末は人々の手を差し出すよう促し、そこにある小さな窓が光ると、歓声や悲鳴を同時に飲み込んでいった。

「避難者の皆さん、ここで一次登録を行ってください。選択証を受け取られた方のみ、認可された避難所への移動と生活支援が提供されます。無登録の方は不許可と判断されます」

男の演説は事務的で、やけに明るい。ミアは舌打ちをする。「つまり、金はない、住所はない、選べない奴らは区別して捨てるってことね」

セナが子供達を囲いながら小声で言う。「ここで『共有した計画』を立てよう。もし剣を使うなら、皆が賛成してから。でないと――」

カナメは思わず立ち上がりかけた。子供の泣き声が胸を締めつける。先ほど、彼は終端剣を一度だけ——周囲の合意がないまま——振った。結果は救いを与えたが、彼の中の時間感覚を奪った。それでも、目の前の一人を守るためなら、また――という衝動が燃え上がる。

「俺は、また……」カナメは言いかけ、言葉を切った。セナが彼の腕を軽く押さえる。

「カナメ。あなたがそれを一人で決められるほど、他の誰も安全じゃない。私たちは互いに判断を委ねる。合意がない限り、使わないと約束しよう」

その言葉に、ルクが深いため息を吐いた。「理想論だ。だが今は、子供たちを守るための迅速な判断が必要な場面もある。ここで時間をかければ、官僚が列を捌いている間に人が流される」

議論が続く中、端末の周りで小さな揉め事が起きた。群行官が一人の老女に近づき、端末で手続きするように促す。老女は震える声で拒み、息子を探していると言った。群行官は冷たく彼女の肩を押した。押しやられた拍子に、老女はバランスを崩し、子供の列に倒れそうになる。子供の足元が乱れ、怒号が上がる。

その瞬間、カナメの理性はほんの一瞬で崩れた。彼は剣を抱え直し、助けに入ろうとした。誰にも合図を取ることなく、刃を空に向けて軽く引いた。終端剣が吐き出す冷光が、浅い砂の粒子を切り裂いた。

空気が一拍早く震え、微かな鐘の音が耳の奥で膨れ上がるようだった。刃の先から絡まるように、時間の糸が見えるかのような薄い帯が伸び、周囲の空間に触れた。人々の影が一瞬糸で縛られたように揺れ、声の輪郭が鋭く狭まった。

計画が現れた。だがそれは、カナメの頭の中だけで固まった「逃げるために列をほぐし、西門へ押し出す」という即興の計画だった。剣は、合意のないままでも計画を実行する力を持っていた。しかしセナの言う通り、同意を無視した場合、効果は味方と敵の区別なく届く。

端末のディスプレイがひゅっと点滅し、群行官たちの表情が硬直する。驚くべきことに、その硬直は彼らの判断にも反映された。群行官の一人が口を開き、「避難者を収容する」と自動的に宣言したのだが、その声は不自然に増幅され、周囲の人々に命令として響いた。カナメの即興の計画が、なぜか群行官たちの行動原理と共振したのだ。計画は、設計どおり避難者を西門へ誘導しようと機能した。だが誘導された動きは官側の管理への回収経路とも一致していた。つまり、剣はカナメの望んだ形ではなく、近くにある既存の制度と結びついた形で計画を現実化してしまったのだ。

同時に、カナメの内側の時計が吹き飛んだ。目の前の秒は完全に止まったように見え、呼吸の刻を失った。肋骨の間を通る鼓動は遠く、砂時計の砂が不要になったかのように落ちなくなった。彼は舌の裏に冷たい味を感じ、手が震えて剣を支えきれない。剣を握る指先が思うように動かず、刃が片手から滑り落ちる。刃先が石に当たり、低い衝撃音がして止まった。

「カナメ!」セナが駆け寄り、剣を受け止めようとする。だが刃を取り落とした瞬間、列は乱れ、押し合いが始まった。誰かの鞄が引っかかり、足元がもつれて子供が転ぶ。群行官はその瞬間を利用して老女を無理やり端末へと押し込む。カナメは自分のやったことの結果が、救いと同時に回収の道具になったことを呑み込めなかった。頭の中に透明な膜が張られ、時間の区切りが消え、何がどれだけ続いたのかさえ分からない。

ミアが怒りをたぎらせて叫ぶ。「お前、何やってんの! 合意なしで使うなんて言語道断よ!」

ルクはすぐに老女を救い出そうと群行官に飛びかかり、押し返された手で顔に砂が蹴り上がる。だが群行官たちは驚くほど冷静だった。彼らの行動は、先ほどのカナメの計画の残響を受け、意図せず強化さ