潮騒銃の牧童と鉄道皇国

潮騒銃の牧童と鉄道皇国 第21話「第19章」

崩れかけたホームは、海の匂いと油の匂いを混ぜ合わせていた。遠くから潮騒が来ては引き、切れ切れにホームのコンクリートの亀裂を舐める。立ち上がった屋根の鉄骨は、夜の間に降った潮風で白く粉を吹いており、向こう側の線路は空洞のように見えた。向こうに見えるのは、壊れた案内板と、寝転がるように曲がった信号灯。そのパノラマは、敗北の余韻を身体に刻みつける。

崩れかけたホームは、海の匂いと油の匂いを混ぜ合わせていた。遠くから潮騒が来ては引き、切れ切れにホームのコンクリートの亀裂を舐める。立ち上がった屋根の鉄骨は、夜の間に降った潮風で白く粉を吹いており、向こう側の線路は空洞のように見えた。向こうに見えるのは、壊れた案内板と、寝転がるように曲がった信号灯。そのパノラマは、敗北の余韻を身体に刻みつける。

「ここから二列目の床板を外して、枕木の下に土嚢を噛ませる。風で飛ぶから、釘は二本打っておくんだ」

牧野空は、声を張らずに指示を出した。声は左耳にだけ届く。右側からは遠くの波の音と、まだ治らない高い耳鳴りが混ざって、言葉の輪郭がぼやける。潮騒銃を最後に単独で使ったとき、代償として右側の聴覚を部分的に奪われた。銃を抱えた腕の感覚には、時折針が潜むような痺れが走る。砂と塩の混じった粉が手のひらに吸い付いて、釘を握る感触を鈍らせた。

「俺が釘持つよ。藤堂、板抑えてくれ」

藤堂航は、ぽつりと笑って手袋をはめ直した。彼の指先には、機械油と古い溶接の跡がある。彼が近づくと、鼻の奥に鉄の冷たさが来る。航は技師だ。動くものは何でも直せる――それが彼の誇りであり、同時に弱点でもあった。鉄道皇国の将校が金貨のように見せた保証は、航の手に触れるものすべてに価値を付け直す誘惑だった。

「昼に来た、とか言ってたよね、将校は」
「来たのは確かだ。でも、何も渡してない」

結は、包帯で汚れた手を拭きながら言った。結の声は低く、平衡を保つように真ん中にある。彼女は穏やかな手つきで古いベンチに座り、錆びたハンマーを膝に置いた。裂けたホームの影が彼女の顔につくり出す。空はまだ灰色で、波は低く唸っている。

藤堂が目を伏せた。指先の一部が震えているのが見える。彼は小さく息をつく。

「向こうは食糧を約束するって言った。水も、燃料も。俺だって、あの夜のことを忘れてない。——線路を直せば、鉄道が俺らの街まで安定した補給線を……」

言葉の最後で航が止まる。誰もがその続きを求めはしなかったが、誰も否定もしなかった。空は潮騒銃を思い浮かべた。あれは、仲間と共有した作戦だけを一度だけ実現する道具だ。合意がないまま撃てば、敵にも同様の結果が及ぶ。それを無視すれば、敵の選択も巻き込む。それを一度、空は単独で使った。結果、敵の一部が同じ幻を見てしまい、行動が交錯して小規模な瓦解を招いた。そして空は右耳を失った。

「藤堂、正直に話してくれ。あの将校、何を求めた?」

空の声は、釘を打つ音と同じ速さで部下の動きを止めさせる。航は手袋をぎゅっと握りしめ、砂の中に爪を立てるようにして答えた。

「秘密の修理だ。特定の機構にだけ手を入れてほしいって。報酬は……十分だった。だが、条件がある。外からの監視を受けること。俺が一人で動くときに限って、だって」

その言い方が、もっともらしくも、恐ろしくもあった。外からの監視。つまり、航は自分の仕事が誰かの目に触れることを了承し、見返りを得るために誰かを裏切る可能性を差し出していた。そこに鉄道皇国の制度の匂いがした。資源と引き換えに、選択肢を縛り、帰属を強いるやり方。

「それは、仲間の合意を無視する行為だ」と凛が言った。彼女の視線は冷たく、だが切れ者のように真っ直ぐだった。凛は監視の目を恐れていない。彼女はただ、どうしてこの場にいる仲間が、同じ目標を持つべきかを知りたがっている。

航の返事は、小さかった。

「でも、俺たちが死ぬのを見てられなかった。港の東側の避難所、燃料が尽きれば凍える。俺は……ただ、直したいと思ったんだ。整備工として。手が震えるのは、機械が止まるのを見るのが嫌だからだ。戦いを避ける方法があるなら、それで人が助かるなら」

空は釘を打ち終え、ハンマーを置いた。周囲の手の動きがまた始まる。板がしっかりと留められていくたびに、壊れたホームの断面が少しずつ平らになっていった。手のクローズアップ──脆い皮膚の下で腱が動き、爪の端が黒くなっている。糸のような汗。塩がしみる。

「誰だって、生き延びたい。だが、それを『誰にも分からない方法』で得るなら、俺らの作戦は壊れる」と空は言った。声は穏やかだが、確固としていた。「潮騒銃は、合意した作戦を一度だけ実行するための道具だ。合意のない行為は敵にも作用する。つまり、裏取引で作業をするってことは、我々の選択を敵と共有することに等しい」

航は顔を上げた。右目に光が返るが、どこか赦しを乞う表情だ。

「分かってる。だが、どうすれば、俺の家族を守れる? どうして俺だけが、苦労を共有しなきゃいけないんだ。俺が直せば、子供たちが暖かく眠れるかもしれない」

結が、手を組んで膝に置いた。彼女はずっと黙っていたが、今、口を開いた。

「俺たちはあなたを見捨てるつもりはない。けど、約束が必要だ。今後、裏で何かを受け取るなら、それを皆のために申告する。受け取った物資はまずコミュニティの共有物になる。個人の取り分は、全員の評価で決める。だから船長なんていないし、監督者もいない。だけど、独断で決める権利もない」

凛が続けた。「それが制度だ。やり直すなら、ただ謝るだけじゃだめだ。選択を取り戻すための具体的な行動を示してほしい」

仲間たちは一斉に視線を藤堂に向ける。波の音が口語を奪い、遠くで線路がうなる。藤堂はゆっくりとポケットから小さな紙を取り出した。そこには、将校が渡したらしい、錆色の印章が押された伝票の一部が折り畳まれている。紙の端には、線路の番号と、いくつかの機構の詳細が走り書きされていた。

「これは……」空が紙を受け取ると、細かな図面の一部が見えた。そこには、古い信号制御盤の配線図と、見慣れないバルブの形状が記されている。視覚的に、潮騒銃の発信器に似た共振器の記号が小さく描かれていた。空の胸に冷たいものが落ちる。

「将校が狙っているのは、ただの補給線じゃない。うちの周辺にある旧式の共振器を制御して、潮騒銃のような効果を広域で模倣できるようにするつもりだ。合意なんか要らない広域制御……」空の言葉は殆ど囁きだった。

波が一度大きく寄せて、表面の小石を転がす。ホームの破片がきしみ、向こうの信号灯がわずかに揺れる。手元のクローズアップでは、藤堂の指が震えながらも汗を拭っている。誰も彼に追い討ちをかけない。代わりに、結が小さな包を開いて、古い絆創膏を出した。それを藤堂の手の甲にぽんと置く。儀式のような軽さだった。

「赦す。だが条件がある」と結は言った。「一つ。将校と会うなら、必ず二人以上で。報酬はまず共同保管。二つ。修理するものが戦略的に危険だと判断したら、止める権利を全員が持つ。三つ。情報は隠さない。共有すること」

藤堂の肩がふっと落ちる。涙が頬を伝うが、彼は顔をしかめてそれを拭った。凛が手を差し伸べ、藤堂の手の甲を握る。握った手の温度が伝わり、航の震えが少し止まった。

「俺は、約束する。もう一度同じ過ちを犯さない。港の東側のために動くなら、皆で考えて決める。報酬は分ける。だが——」藤堂は一度目を閉じ、紙を握りしめる。「あの図面には、もう一つ秘密がある。将校が示したのは、共振器だけじゃない。駅舎の基礎、その下に眠る