潮騒銃の牧童と鉄道皇国

潮騒銃の牧童と鉄道皇国 第20話「第18章」

潮風が、路地の奥から金属の臭いと混ざって吹き込んだ。海に挟まれた潮岩区の路地は、鉄の壁と倉庫の影が天を切り取るように狭く、銃声はすぐ隣の板に打ち付けられる波のように反響した。アオイは、潮騒銃を抱えたまま背を摺り合わせるようにして家の壁に寄りかかった。銃の冷たい金属と潮のしぶきが、掌の皮膚に砂の粒を残す。目の前には、小さな木箱が板で作られた投票箱代わりに据えられていた。箱の蓋には古い真鍮の鍵穴のような飾りと、紙を二つに折った跡の群れが見える。投票箱は、今や砲弾の衝撃で微かに揺れている。

潮風が、路地の奥から金属の臭いと混ざって吹き込んだ。海に挟まれた潮岩区の路地は、鉄の壁と倉庫の影が天を切り取るように狭く、銃声はすぐ隣の板に打ち付けられる波のように反響した。アオイは、潮騒銃を抱えたまま背を摺り合わせるようにして家の壁に寄りかかった。銃の冷たい金属と潮のしぶきが、掌の皮膚に砂の粒を残す。目の前には、小さな木箱が板で作られた投票箱代わりに据えられていた。箱の蓋には古い真鍮の鍵穴のような飾りと、紙を二つに折った跡の群れが見える。投票箱は、今や砲弾の衝撃で微かに揺れている。

「もう来る。機関銃小隊があの角を越えてくるぞ」リクが低く言う。彼の声は砕けた瓦礫を踏む音と一緒に聞こえ、息遣いが白く震えていた。向こうからは装甲車の金属音と、ときおり工場のサイレンのような警報が混じっていた。鉄道皇国の歩哨たちが、港へ伸びる一本道を押さえに来る──それが今の問題だ。

「投票はどうする?」ハルナが訊く。彼女は濡れた布で器具に油を差しながら、潮騒銃の改造部をちらりと確認していた。改変された潮騒銃は、銃身の根元に小さな投票機構を取り付けられている。仲間の選択が物理的に"刻まれる"と、銃はそれに応じた現象を起こす――今まで幾度かの小さな試行でそれは証明されてきた。だがそのたびに、代償も見えた。単独で引き金を引けば、使い手は何かを失い、仲間の合意を無視すれば作用は敵にも及ぶ、と。

「ここで共有投票を通すべきだ」とミコトが口を出す。彼の瞳は路地の先を睨んでいる。ミコトは作戦の図を頭に入れている――潮を弄って霧と波を作り、港側の小舟を一斉に押し出して避難を成立させる。だがその作戦は、投票を全員に周知したうえでの合意が必要だった。合意しない者が一人でも居れば、銃はその者を含む範囲にしか作用しないか、あるいは全員に及ぶが代価は使い手が負う。理屈は彼ら全員知っている。理屈より現実が早いのも、今の鉄の嵐が証明していた。

避難者の列が、古い倉庫の陰で震えている。サヤが小さく唇を噛んで、一枚の紙を握りしめた。その紙には、「霧で包む/手作業で避難」と二択が書かれている。投票箱の上には既に数枚の紙が入っている。箱は揺れ、紙が擦れ合う音が銃声の合間にかすかに混じった。弾着が瓦礫を砕き、海面が遠くで白く泡立つたび、箱の中の選択が揺れる。

「もし合意が取れたら、銃は――」アオイは静かに言葉を切った。自分が引き金を引いたときの記憶が、胸の奥でざわつく。最後に単独で使ったとき、アオイは右耳の音を失った。高い音域の世界が消え、風も声も距離感もおかしくなった。目を閉じると、世界は砂に埋もれたかのように遅れて揺れた。あの代償は痛かった。仲間の合意を尊重する理由は、能力の効用だけでなく、代償の公平さでもある。だが公平さが通じないのが戦場だ。

「ハルナは賛成だ」ハルナが肩越しに言う。「霧で隠せば民は船に乗せられる。港の守りは薄い。ここで手をこまねくより、霧を選ばないか?」

「俺は手作業で避難させる」リクが即答した。「子どももいる。濡れたり滑ったり、霧で混乱して二次被害起こすのを見たくない」

「両方はできないのか?」ミコトが言う。彼は投票箱を見下ろし、そこに入った紙を数えた気配で目を閉じる。だが銃の仕様がそれを許さない。共有投票は一度に一つの作戦を実現する。複数の案を同時に実行すれば相殺されるか、まったく別の結果を招く。ここでの選択は、単純に見えて残酷だ。

艦砲の軋む音が近づいた。鉄道皇国の装甲車が角を曲がる。砂塵と鉄粉が空気を引き裂き、路地にひしゃげた錆の味が混じる。民衆の子どもたちが鼻をすすり、老人が目を閉じる。サヤは深く息を吸って、ようやく紙を折ると投票箱に近づいた。

「私は霧に一票」サヤは低く言って、紙を箱の投入口に滑り込ませた。箱の中で紙が一枚、勢いよく寄せられ、他の紙にぶつかる。アオイはその音を、かつてよりも鮮明に感じ取れた。だが、それと同時に――遠くで何かがぶっつりと切れるような鋭い痛みが、頭の中を走った。右の耳に火が走り、世界の音が一瞬だけ抜けた。銃の機構に手が触れる。あれは予兆だった。投票箱の針は、もう一つの意思を求めている。

「賛成が増える。まだ投票していない人もいる」ミコトが言った。しかし瞬間、別の声が割り込む。

「待て!」ハルナの手が、アオイの腕を掴んだ。彼女の指先は冷たく震えている。「アオイ、一緒にやるなら合意を取らないと――」

「誰も――」アオイは言いかけて、言葉を噛み締めた。振り向けば、路地の影の中に制服の姿が見える。鉄道皇国の将校だ。古いコートの裾に弾丸のしぶきが赤く光る。将校の手にあるのは小型の無線器。彼は何かを叫び、動きを指示している。路地の角にいた斥候が、すでに突入を始めた。

「うるさい、今だ」リクが前に飛び出し、短銃を構える。弾丸が板に打ち込み、木屑が飛ぶ。だが弾道は一つ一つ相殺され、前方の装甲車は屋根から火花を散らしている。時間は確実に失われていった。

サヤがもう一度投票箱の蓋を開け、震える手で紙を取り出しかけた瞬間、ハルナが決断した。彼女は投票箱の横に置かれた潮騒銃を取り上げ、銃身を路地の出口に向けた。塩粒が銃の溝にきらめく。ハルナの瞳は白い決意で固まっている。

「もう待てない」彼女は短く言う。「自分でやる」

誰も賛同していない。箱の中にはまだ賛成・反対が混在していた。ハルナはそれを無視して、機関部に設えられた小さな鍵穴に指を入れ、引き金に手をかけた。合意を取る時間は、もう無かった。

アオイは止めようと手を伸ばしたが、手先は届かなかった。拳の震えだけがハルナの腕に触れ、そして銃声とも違う、深い潮の音が一度だけ鳴った。音ではない何かが、空間を震わせた。ハルナの身体が一瞬縮むように見え、彼女の肩で小さな泡が弾けるように息が漏れた。

耳が完全に、断続的に割れる。アオイは自分の内側で何かが切り替わるのを感じた。潮騒銃の力が起動したのだ。だが、ハルナは単独で使った。ルールが示す通りの代価と帰結が即座に起こる。

ハルナの顔が歪んだ。片方の耳を手で押さえ、膝を折る。彼女の目からは、血のように赤い涙が一粒こぼれ落ちた。しばらくして、彼女は聞こえない世界の中で口を動かした。

「……聞こえない」ハルナの声は空気に溶け、アオイには震えだけが伝わった。彼女は歯を食いしばると、震える手で銃を下ろした。代償が、鮮烈に現れたのだ。

だが同時に、路地の向こうに立っていた鉄道皇国の歩哨たちが、急に動きを止めた。彼らの足元で、海が不自然に盛り上がり、白い霧が急速に索のように伸び始めた。港の方角から湧いた海霧が、一気に路地を覆う。視界が裂け、匂いが濃密になった。塩と鉄と、人間の汗の混ざった匂いが、まるで粘土を練るように重くのしかかる。

「やった……のか?」リクは喉を鳴らす。彼の視界も波打ち、霧が袖をばんと叩くように打ち付けた。

奴らも影響を受けていた。装甲車のセンサーが乱れ、無線がざわつき、将校は指を震わせる。だがハルナが片耳を失ったのと同時に、敵にも同じ不確かさが降りかかった。鉄道皇国の兵士たちの動きは、ふとした瞬間にアオイたちと同調するように見えた。彼らの前進は霧に遮られ、意図しない方