灯火斧の観測員と夢見兵団

灯火斧の観測員と夢見兵団 第22話「第20章」

雨に濡れた路面が、街灯の光を引き裂くように細長い光を落としていた。倉庫街の角を曲がると、鉄扉一枚分の暗がりがあって、そこだけ空気が冷たく沈んでいる。ミカは灯火斧を抱えたまま立ち止まり、剥がれかけたポスターに指先を引っ掻けるようにして呼吸を整えた。斧の柄はいつもより重く感じた。冷たさが、芯までじわりと染みてくる。

雨に濡れた路面が、街灯の光を引き裂くように細長い光を落としていた。倉庫街の角を曲がると、鉄扉一枚分の暗がりがあって、そこだけ空気が冷たく沈んでいる。ミカは灯火斧を抱えたまま立ち止まり、剥がれかけたポスターに指先を引っ掻けるようにして呼吸を整えた。斧の柄はいつもより重く感じた。冷たさが、芯までじわりと染みてくる。

「カエデはどこだ?」

リオの声が低く、震えていた。計画室を出たのはほんの数分前だった。地図と避難経路の上で指を走らせ、最後の確認をしているときにカエデから短いメッセージが来た。『外でいろいろ話があるみたい。すぐ戻る』――それが最後だった。着信はそこで切れ、以後応答はなかった。

「足跡はこっちだ。車が出た痕跡──」ハルが指さす方向には、泥にはめ込まれた小さなタイヤ跡が伸びている。近くの路地で止まったハイヤーの背の高い影。ミカは太陽のように灯った斧をぎゅっと抱えた。灯火は今は赤くも橙ともつかない、くすんだ光を内側で揺らしている。

「待て。急げば無茶をする。灯火斧は──」サヤが声を落とす。彼女は医療キットを肩に掛け、不安そうにミカの顔を見る。

ミカは、すぐに使え、と言いたかった。カエデの温度、声の震え、引き裂かれた袖の感触──彼女の存在が頭の中でうるさく鳴り続けている。灯火斧があれば一度だけ、味方と共有した作戦を現実にすることができる。ミカはそれを握ることで、仲間と同じ映像と動きをただ一瞬、世界に刻める。カエデを──今、ここで取り戻せる確信があった。

だが、条件があった。仲間の合意を無視すれば、能力は敵にも作用する。単独で使えば、その反動で感覚の一部を失う。ミカは、これまでに二度、感覚の欠落を味わってきた。小さな代償は受け入れてきたが、今回また失うたびに戻ってこないものが増える。だからこそ、彼女は走る前に立ち止まった。合意を取る時間は、狙う連中に安堵を与えるかもしれない。だが、合意なしに斧を振れば──。

「選ぶのはミカじゃない。俺たち全員だ」リオが言った。彼の手は震えているが、眼差しは真っ直ぐだった。「無理させる気はない。でも、ルールがある。ルールを破れば、もっと代償を払うことになる。俺たちを見て、カエデを見て、それでも一人で行くか?」

沈黙が降りた。雨音と遠くで鳴るトラックのエンジンだけが聞こえる。ミカは灯火斧の柄を指先で確かめた。木肌は手に馴染んでいるはずなのに、冷たい。斧の刃元からは、かすかな煙の匂い。心臓が高鳴る。目の前にいる仲間たちの顔が、暗闇に赤味を帯びて浮かんでいる。

「全員の合意、だね」ハルがうなずいた。「行くなら、いい形で行こう。俺たち全員で行く。前にあいつが言ってた──連携が生まれたときの感覚を、共有しようって」

サヤはポケットから小さなペンライトを取り出し、軟らかい光で四人の手を照らした。「もし誰かが反対だったら、止めるべきよ。灯火斧のことは、私たちだけの秘密じゃない。敵も情報を持ってる。合意を取る時間で奴らがどれだけ動いてるかは分からない。でも、無茶して一人でやるのは、もっと危険よ」

リオは口を引き結び、深く息を吸った。「では意思表示を。声に出して、『合意する』と」

濡れた手のひらをミカの周りに置くようにして、四人は斧の柄を囲んだ。木が指に伝わる。斧は微かに震え、まるで呼吸を合わせるかのように温度を上げる。ミカは喉の渇きで声が震えるのを感じながら、最初に言った。

「合意する。」

リオ、ハル、サヤと続いた。言葉は短い。だが、そこに込められた意志は重かった。四つの声が倉庫の壁にぶつかって反響する。その瞬間、灯火斧の中心から薄い光の糸が四者の掌に伸び、皮膚を伝って胸の奥へと吸い込まれていくような感覚があった。共鳴だ──観測員として幾たびも味わった連携の感触が、脳の奥に一斉に書き換えられていく。彼らの頭の中に、同じ作戦図が立ち上がった。

計画は言葉ではなかった。視覚でも、音でもない。時間が一瞬だけ圧縮され、各自の身体が互いの運動を知るようになる。ミカは自分の右手の動きがリオの左足の位置と同期しているのを感じ、ハルの息のリズムが自分の心拍と正確に重なるのを感じた。世界は分割され、四人だけのスローモーションに入ったかのように滑り出す。

倉庫の扉が一瞬、遠くに感じられた。鉄扉の陰に潜む二人の影、床に落ちている箱の軋み、油の染み。共有された直感が示すルートに沿って、四人の身体が勝手に動いた。ミカが斧の柄を引くように微妙に調整すると、リオの足が正確に後ろの箱を蹴り、カバーの下に隠れていた手錠を弾き出した。ハルは無駄のない直線で相手の重心を崩し、サヤは包帯と手際を合わせるように敵の視界を一瞬遮った。すべてが噛み合い、倉庫の空間が彼らの意思で塗り替えられていく。

光が走った。斧がほんの一瞬だけ白く燃え、影を切り裂いた。敵は驚き、その隙を突いてカエデは引き寄せられるようにして腕を取り戻された。彼女の髪は泥に濡れ、唇は青ざめている。ミカはその顔を見て、あまりの熱さに声を上げかけたが、口から出たのは静かな息だった。

だが、同時に、何かがどこかで抜け落ちる感覚があった。灯火斧がエネルギーを放つたび、ミカの中から小さな光のかけらが消えていくように感じる。最初は音だった。高い金属音や小石の弾ける音がふっと薄くなる。前の使用で耳の奥に空いた小さな穴がまた広がっていくのが分かった。今回は、それだけでは終わらなかった。救出が終わり、四人で倉庫の外へと引きずり出したとき、ミカは世界の色が落ちていくのを感じた。

「ミカ?」カエデの声が震えた。彼女は濡れた手でミカを探るように触れ、顔を近づける。ミカは首を振ってみるが、色が薄れる感覚は確かにあった。赤が、緑が、青が──それらが一つの灰色に溶けていく。夕焼けの赤が、ただの明度の差になった。

「匂いは?」サヤが尋ねる。ミカは鼻をすするが、雨と油と鉄の匂いが以前のように強く入ってこない。煙の嗅ぎ分けもできない。カエデの髪の匂いも、救出直後の血の匂いも、鈍く遠い。

「聞こえる?」リオが手で耳を探る。ミカは頷いたが、耳の奥にあるひっかかりが疼いた。高い金属音や、遠くで鳴る子供の笑い声の輪郭が消え、代わりに重低音だけがのしかかるようだ。色と匂いが抜けた世界に、時間だけが重々しく残っている。

「代償は……」ハルが言葉を飲み込む。手当を優先しながら、彼の目が灯火斧に向く。斧は、刃の辺りが薄く光を残しているだけで、あとはただの黒い金属になっていた。灯火は消えてしまったのか、それとも微かな残滓が残っているのか──ミカには判断がつかなかった。

カエデを倉庫の外へと引き出したとき、彼女は膝をつき、額を地面につけるほどに疲弊していた。手錠の痕が腕に赤く付いている。ミカはしゃがんでカエデの顔を覗き込み、濡れた髪を耳の後ろへ押した。カエデの瞳は血走っていて、何かを言いたげに震えている。

「奴らは──」カエデの声は砂を噛んだように掠れていた。「夢見兵団の、補助部隊って名乗ってた。違法じゃないかって問い詰めたら、笑ってこう言ったの。『これが一手目だ。灯火を使わせておけば、次の獲物はもっと大きい』って」

四人は同時に顔を見合わせた。雨音が近距離