噴火槍の鍵師と雲上連邦

噴火槍の鍵師と雲上連邦 第21話「第19章」

窓の外で雲が寄り集まり、灰色の帯になって町を押すように流れていく。体育館の梁にぶら下がったランプが小さく揺れ、紙コップの湯気が細い筋を描いた。梶原梢は噴火槍の柄を両手で抱え、節のひとつひとつを指先で確かめるように撫でた。槍先は黒曜のように冷たく、柄にはかつて鍵を削ったときの癖が出ている。鍵師の手つきが抜けないのだ。

窓の外で雲が寄り集まり、灰色の帯になって町を押すように流れていく。体育館の梁にぶら下がったランプが小さく揺れ、紙コップの湯気が細い筋を描いた。梶原梢は噴火槍の柄を両手で抱え、節のひとつひとつを指先で確かめるように撫でた。槍先は黒曜のように冷たく、柄にはかつて鍵を削ったときの癖が出ている。鍵師の手つきが抜けないのだ。

「時間はあと十八分だ」声は真琴(まこと)。地図に赤い鉛筆で線を引きながら言った。真琴の手は震えていたが、視線は揺れない。机の上の簡易ディスプレイに雲上巡視機の航跡が白い点線で現れ、着実にこちらへ迫っている。

「ルートはここだ。橋の下の排水路を抜ければ、密林の旧道まで二十分。そこで分散すれば本隊から逸れられる」稲荷(いなり)が指を差す。彼女は通信のエキスパートで、無線のスクランブルを読み解くのが得意だ。だが、彼女の顔に浮かぶ暗さが消えることはなかった。

梢は噴火槍を膝に立て、槍身に残った乾いた火山灰の粉を指の腹で払った。噴火槍――それは単なる武具ではない。梢が「共有する作戦」を一度だけ、文字通り現前させる道具だった。合意の輪に入った者たちを対象に、時間と空間を一瞬だけ同期させる。仲間の意思が揃えば、危機は奇跡のように折り畳まれる。だが条件は厳格だ。合意がなければ、力は敵にも作用し、梢が単独で使えば感覚の一部を失うという代償が待っている。

「全員の合意が必要だ。ここにいる全員が動けるという確認がいる」真琴の声に、体育館のざわめきが止まる。テーブルの向こうでエミコが目を伏せた。避難民の背中にある皺や針のような骨の痕が、梢の胸を針で刺す。

「俺は出ないよ」小柄な老人、松井が口を開いた。声はかすれて、床に落ちた紙屑を踏む。彼の手には古い鍵が握られていた。鍵はいつも彼の指先にあった。かつての家の扉の主であり、今はこの町の記憶を守るだけだ。

「家に残る」松井は言った。「ここで待ってる。誰かが来てくれるかもしれん。俺はもう走れん」

他にも躊躇する者がいる。高齢の女性、赤ん坊を抱えた母、足に古い怪我を抱えた青年。稲荷が小声で、だが明確に言った。

「噴火槍の場は同意した人だけを包む。合意しない人がその場にいると——その人の意思は尊重されるが、装置は周囲をも変調させる。敵側に対しても作用する可能性がある。制御不全が起きれば、巡視機の反応を引き起こすかもしれない」

梢は槍の柄の刻みをなぞった。鍵を削るときと同じ感覚が、指先に戻ってくる。内側で折れていった過去の音が蘇る。あのときも、自分が勝手に鍵を作り替えたせいで、とある扉が誤作動を起こし、人が傷ついた。あの罪の匂いがまだ消えていない。

「じゃあ、どうすればいいんだ」ソウタがテーブルに拳をついた。元民兵だ、顔に痕跡のある男だ。彼の目は怒りで細くなった。「俺たちはここを出る。合意しない奴を置いていくわけにはいかない」

「でも合意がなければ装置はぶれる。敵に見つかったら全員アウトだ」エミコが喉を噛むように言う。

梢の胸で何かがざわついた。鍵師だった頃、鍵をかけるのは選択を固定することだった。だがその固定は時に人を閉じ込める。彼女は噴火槍を抱えている今、その責任を体の中で重く感じていた。自分が使えば、確実に道は開ける。だが代償はまた、聴覚の一部を失うこと—既に片耳を失っている梢は、さらに何かを失う覚悟が必要だった。

「梢」真琴が彼女の名前を呼ぶ。だれもが見ている。時間は十七分を切った。

梢は立ち上がり、体育館の端に寄せられた毛布の山に向かった。そこに松井が座っている。梢はゆっくり屈んで、老人の掌に自分の槍の柄を差し出した。木の冷たさが松井の手のひらに触れる。

「俺がやる」梢が言った。「私だけが槍を使う。合意の輪に入らない人を無理に巻き込むつもりはない。でも、ここにいる人間を少しでも救いたい。代償は……受ける」

松井の手が震える。彼の目に、小さな光が宿る。「あんた、以前にも誰かのために扉を開けたことがあるんだろう。自分が痛むのは慣れたと言うのかもしれんが……」松井は笑った。「それでも、行って来い」

同意は完全ではなかった。だが梢は一つの選択をした。仲間の合意を無視するのではなく、仲間に選択肢を与えたうえで、彼女自身の身体を賭けることを選んだのだ。誰かを無理に連れていくことはしない。彼女はそれだけを自分の責任として受け取った。

槍を地に突き立てると、柄が土を薄く鳴らした。肌に触れると温度がじんわりと伝わり、掌の血が一瞬だけ逆流するような感覚があった。梢は目を閉じ、心の中で出発点と終点を思い描いた。出発は体育館の裏口。終点は橋の下の排水路。そこから分散して安全圏へ。

「行くよ」梢の声はわずかに震えた。槍にかけられた古い鍵職人としての誓いが、今ここで結実する。

槍が地面に吸い込まれるような感触とともに、空気が「キーン」と引き延ばされた。最初の音は、まるで鼓膜に直接触れたように鋭かった。梢は胸を押さえ、次の瞬間には右耳の奥で何かが切れる音を聞いた。痛みが走り、世界の音が半分だけ剥がれ落ちる。

静寂が残った。鈍い振動だけが残像のように手足を撫でる。だが同時に、梢の周りに薄い橙色の帯が伸び、合意を示す者たちの肌をやさしく包んだ。合意の輪に入った七人の顔が、柔らかい光に浮かんだ。彼らだけの時間が、梢の意思で押し広げられていく。

その瞬間、振動が増幅した。橙の帯は大気を引き裂き、熱の膜を形成する。灰が舞い、硫黄の匂いが鼻をさした。梢の身体は地面と一体になり、彼女の中の鍵師としての記憶が空間を鍵付けしていく。合意した者たちは一つの「鍵束」となり、周囲の物理をすり抜けるようにして裏口へ、排水路へと滑り込んだ。

だが合意しなかった者たちの目の前には、空気がねじれるだけだった。松井は椅子に残り、顔に穏やかな笑みを浮かべていた。梢はその姿を見て、胸の奥に違う痛みが走る。選ばれなかった人の視線が、何よりも重かった。

思ったよりも早く、合意の輪は通過を終えた。仲間たちの足音が遠ざかる。梢は槍を引き抜き、膝をついた。世界は耳鳴りに満ち、左側の雑音が厚くなっていく。彼女は手を耳にあて、そこに空洞ができたことを確かめるように指を動かした。音の欠片は彼女の体内で別の感覚に変わり、振動や温度が増幅される。喉が渇いた。

だが、警報が鳴った。遠く、金属的なアラームの断片が体育館の瓦礫の向こうから届く。巡視機の一隻が、不可思議な干渉を受けたのか旋回していたが、その機首が一瞬こちらを捉えた途端、別の信号が上がった。梢の胸に冷たいものが落ちた。敵は干渉を検知するとバックアップを呼ぶ――それは想定の内だった。だが、稲荷が顔を硬くして画面に目をやる。

「スクランブルだ。何かを送っている」稲荷の指が震える。ディスプレイの波形が尖り、白い点線が増える。そこに小さな黒い物体が落ちるように映し出された。巡視機から投下されたものが、ゆっくりと町の屋根へ落ちる。

梢は立ち上がり、手の震えを押さえる。合意の人たちはもう安全圏にいるはずだが、彼女の心は重かった。槍の作用は敵にも働いたのか。それとも敵の方が先に対策を持っていたのか。

「それ、拾ってくる」ソウタが言い、走り出