紅砂鎧の庭師と火山教団 第7話「第6章」
サイレンが空を引き裂いた。金属の高い音が街を震わせ、硫黄の匂いが喉の奥を刺す。避難用の通りは一瞬で人の渦になり、肩がぶつかり合うたびに小さな悲鳴が混じった。噴気が風に乗って黒い粒を撒き散らし、赤い砂の粒子が唇に張りついた。
サイレンが空を引き裂いた。金属の高い音が街を震わせ、硫黄の匂いが喉の奥を刺す。避難用の通りは一瞬で人の渦になり、肩がぶつかり合うたびに小さな悲鳴が混じった。噴気が風に乗って黒い粒を撒き散らし、赤い砂の粒子が唇に張りついた。
「道が、ふさがってる!」ソラが叫ぶ。彼は前方の幅しかない石橋を指差した。橋の上は荷車と、焦げた車両の残骸で完全に詰まっていた。向こう側には幼い子供たちの群れ。声が途切れ、代わりに雑踏の低いうめきが増えてくる。
ユウナは立ち止まった。掌に感じる紅砂の冷たさが、いつもより深く、重く感じられた。砂はいつだって彼女の背中を撫でるようなものだった。紅砂鎧──作戦を共有して仲間と一度だけ実現する、その条件の下でしか動かない道具。一度でも仲間の承諾があれば、その力は「場」を作り、すべてが協調する。だが今は、誰もが別々の方向に押しやられていて、承諾を取りに回る余裕などなかった。
「ユウナ、どうする?」リツの声が耳に届く。彼女は背後で腕を引かれ、体を震わせながらこちらを見ていた。リツはいつも約束を重んじる。作戦を決める前にやるべきことがあると、できる限り守る人だ。
ユウナは握りこぶしを作った。紅砂が指の間から染み出してきて、微かに温かい。もし今、紅砂鎧を展開すれば――橋を塞ぐ瓦礫を浮かせ、道を作ることができる。だが作動は一度きり。通常は仲間の合意が必要で、合意がなければ能力は制御を失いやすい。使うたびに、代償は身体に刻みつく。先に一回使ったとき、ユウナは嗅覚の一部を失った。次は視覚のどこかが、誰かの記憶の一部が、消えるかもしれない。
だが、子供たちの声が届かなくなりつつある。子供の一人が石段でつまずき、首をすくめる。橋の向こうで古い瓦屋根が崩れ、砂煙が管状に立ち上る。火山の鳴動が、鼓膜の奥で鋭く鳴った。
ユウナは息を吸った。口の中が乾いている。彼女の指の中で紅砂が生き物のように蠢き、外側へと広がろうとする。承諾を取る時間はない。リツの目がほんの一瞬、恐れと理解を見せた。ソラは振り返る余裕すらない。ユウナの胸の奥で何かが割れた。
「やるよ」そう呟くと、彼女は紅砂を解放した。
砂は肌をなぞるようにまとわりつき、瞬間、鋼のような感覚が背中に走った。鎧が伸びる感触は冷たく、耳の穴を通って脳に直結するようだった。紅砂は彼女の意志を媒介にして道路を這う。瓦礫が轟音を立てて浮き上がり、斜めに流転する。橋の上の車両が、ほんの一瞬だけ宙に舞い、向くべき方向へと整列していく。空気が裂けるような効果音とともに、救いの道が開いた。
だが、合意はなかった。ユウナの意思は、近くにいる誰のものでもない。赤い波紋は無差別に広がった。目に見えない糸で結ばれたように、周囲の「意思」に触れ、反応する。向かってきた教団の執行者たちの足取りが止まる。彼らの武器が地面に落ち、叫び声が一瞬止まった。紅砂は彼らの手から意志を引き剥がし、無力化したのだ。
その同じ瞬間、違う方向で惨事が始まった。橋の脇に固められていた、地元青年団が急遽作った簡易防護壁が崩れた。紅砂が引き起こした気流の変化で、阻害されていた瓦礫のバランスが崩れ、崖下にいた人々を飲み込んだ。叫びが襲いかかる。熱気と共に、焦げた匂いが強くなった。ユウナはその場に立ち尽くし、世界がスローモーションになるのを感じた。
視界の右側が、音を吸い込むように薄くなった。赤い砂の残滓がまだ空中で回り、噴煙と混ざって渦を描く。カットされたようにユウナの視界が割れ、瞬間がフラッシュバックとして裂ける。笑っていた子供の顔、瓦礫を押し上げる紅砂、倒れた青年の手、そして――黒い空白。
「ユウナ!」リツの叫びが遠い。声が彼方から戻ってきたとき、ユウナは自分の右目で周囲の色と形をうまく識別できなくなっていることに気づいた。物の輪郭がざらつき、明瞭さを欠いている。左目は問題ないが、右側の視野がぼやけ、色が抜け落ちていた。まるで世界の一部が消えたようだった。
「どうしたの?」ソラが言う。彼の声が震えている。ユウナはゆっくりと右手で顔を覆うと、指の間から見えた景色が歪む。砂の粒が皮膚の溝に入り込み、冷たい痛みが走る。彼女は唇を噛み、音を立てた。
「助けた人は、たくさんいる」ユウナは言った。声がかすれていた。「でも……」
「でも?」リツの目が光る。彼女は急に立ち上がり、前に進もうとしたが、足元にまだ倒れた人々がいる。泥と血が混じった匂いが鼻をつく。
ユウナは周囲を見回した。助かった人々の顔には安堵が混じるが、何人かが震えながら地面に座り込んでいる。その横で、三人の執行者が仰向けに倒れて、動かない。彼らの武器は遠くへ投げ出されている。効力は一時的なものだろう。誰かが息をする音が、粗く空気を切る。救護に向かった人々の半分は、瓦礫の下敷きになっていた。
「犠牲が出た……」ソラが呟いた。言葉は誰に向けられたのか分からなかった。目を瞑れば、瓦礫の山の間に見えた小さな足と、そこに挟まれた手の指先がぷるぷると震えている。
ユウナの胸の中で怒りと羞恥が絡まり合った。紅砂が敵を無力化した。それは確かに戦術としての成功だった。だが同時に、彼女の単独の判断が別の命を奪った。合意があれば生じなかったはずの連鎖が、今ここにある。
「なぜ、同意を取らなかったんだよ!」リツは叫んだ。その声には苛立ちが混じっていたが、どこか震えていた。彼女はユウナに駆け寄り、顔を覗き込む。ユウナの右目は、まるで薄い膜の向こうから世界を見ているように、色が抜けていた。
ユウナは首を振る。言い訳はできなかった。時間がなかった。子供たちが死ぬかもしれなかった。それでも、合意を無視したことの代償は重かった。
救助活動は混乱の中で続いた。負傷者の一人、トミエおばあさんが微かな声で「ユウナちゃん」と呼んだ。彼女の顔は土だらけで、唇は紫色になっている。ユウナが駆け寄ると、おばあさんは片手を伸ばして何かを握っていた。そっと手から受け取ると、それは古ぼけた守り札だった。トミエは笑顔のような、疲れ切った表情で言った。
「よくやってくれたよ。あんたがいなかったら、もっと……」その言葉はここで途切れた。ユウナの胸が締めつけられる。
「でも……」トミエの目がユウナの視力の異変に気づき、顔をしかめた。「あんた、目の色が、変わってないか?」
その問いにユウナは答えられなかった。自分の代償を、誰かが指摘することは、一層痛かった。
執行者の一人がよろめきながら立ち上がる。ふらついた足取りだが、目には怨恨と驚きが混じっている。紅砂の影響は時間で薄れる。彼らは無力化されたが、教団はすぐに別の手を打つだろう。ユウナはそれが怖かった。力が敵にも作用することで、敵の反応を引き出し、別の犠牲をもたらした。自分一人の裁量で、その波を起こした。
リツは手をギュッと握りしめた。「次にあんなことをするなら、私は――」言葉を続けられず、肩が震えた。彼女の背後でソラが箱から簡易包帯を取り出し、動いている。仲間たちは皆、それぞれに次の行動を決めようとしていたが、ユウナの決断で分断されていることは明白だった。
「謝るよ。ごめん」ユウナは小さな声で言った。言葉の重み