紅砂鎧の庭師と火山教団

紅砂鎧の庭師と火山教団 第15話「第13章」

歯車の咬み合う音が、地下工場の肋骨を震わせる。冷たい鉄と熱の混じった空気の中を、紅砂が音もなく流れていた。ギアの溝に挟まった赤い粒子が、回転のたびに細い滝のように零れ落ち、金属の肌を艶やかに塗り替えている。ユウナはその光景を目に焼きつけながら、自分のからだに伝わらない振動を探した。失くした聴覚の隙間を、目と皮膚と仲間の呼吸で埋めていく。

歯車の咬み合う音が、地下工場の肋骨を震わせる。冷たい鉄と熱の混じった空気の中を、紅砂が音もなく流れていた。ギアの溝に挟まった赤い粒子が、回転のたびに細い滝のように零れ落ち、金属の肌を艶やかに塗り替えている。ユウナはその光景を目に焼きつけながら、自分のからだに伝わらない振動を探した。失くした聴覚の隙間を、目と皮膚と仲間の呼吸で埋めていく。

「隠れて。あの一列の歯車を越えれば、メインシャフトの整備室だ」エイが低く囁く。機工師の手には、油に濡れたドライバーと、小さなバール。彼の指先は震えている。ユウナは彼の手を見て、自分の決めどころがそこにあることを確かめた。

「ここから先は、物理で潰すしかないんだ」とエイが続ける。「スプロケットの軸をずらして、紅砂の流路を断つ。動力が落ちる間にコアを外せば――済むはずだ。だが、あの回転を止めるには相当な同調が必要だ。数人で、同じ一瞬に力を合わせる。でないと歯車がはじける。人が死ぬ。」

ユウナの目が砂の流れに吸い寄せられる。紅砂はただ美しいだけじゃない。彼女にとって、紅砂は約束であり、檻でもある。紅砂鎧——彼女の能力は、仲間と「共有した作戦」だけを一度きり実現できる。その一度を使えば、仲間たちの動きは一糸乱れず噛み合う。けれど、ひとりで使えば感覚の一部を奪う反動が帰ってくる。仲間の合意を踏みにじれば、能力は敵にも作用する。昔、その禁忌を犯して左耳を失った日の疼きが、胸に冷たく蘇る。

「ユウナ、どうする?」ミコトが脇から顔を出す。情報屋の瞳には、疲労と決意が混じっている。彼女の手には小型の無線機があり、そこからは市街の雑踏と、ミコトが歩いて回った住宅地の声が微かに流れてくる。彼女は先ほどまで屋上で説得を続けていた。キャンペーンは始まった。けれど、まだ十分な人数の同意撤回を取れてはいない。

「同意を同時に——」ユウナは言葉を探す。自分がその「同時」をつくる道具になれるのだと考えると、胸の奥が熱くなる反面、昔の痛みが脈打つ。「一度だけだ。私がやれば、皆の動きは完璧になる。エイの言うタイミングも合わせられる。でも――」

「あなたが一人で使う気なの?」ミコトの声に怒りはない。だがその瞳は狭まり、言葉には鋭さがある。「ユウナ。あの時と同じやり方で私たちを守ってくれなんて、誰も言ってない。あなたは、もう一人じゃないのよ。私たちは、選べるようにしたいだけ。強制じゃなくて。」

ユウナはミコトの肩越しに歯車の列を見た。巨大なホッパーから送り込まれる紅砂が、工場の心臓部へと滑り込んでいく。そこで生成される共有符は、火山教団の支配を文字どおり市中に流通させる装置の一部だ。内部には合意を増幅する回路と、同時に「合意の回復」を阻むフェイルセーフが組み込まれていた。ミコトの調べでは、装置が外的な力で壊されると、それに伴って直近の同意信号を逆流させる危険がある。つまり、物理的破壊は「同意を奪われた」市民たちに直結する可能性がある。

エイが小声で舌打ちした。「それが厄介なんだ。コアには自己防衛回路がある。破壊信号を受けた場合、装置は“最後に登録された合意”を全域に投げ直す。要するに、操作をミスれば今ここで、教団が市民へ直接影響を返す。人間の意思を奪いかねないんだ。」

ユウナの指先が、冷たい鉄に触れる。触覚はまだ残っている。だが彼女は分かっている。力の行使は単なる物理現象じゃない。紅砂鎧が繋ぐのは、肉体の動きだけではない。共有は、意思の連続性を作る。彼女にはそれをどう使うか、慎重である義務があった。

「じゃあ、安全にやる方法は?」とミコト。

「安全にやるには、同意を“その瞬間”に引き剥がす必要がある」ミコトは無線を耳に押し当て、言葉を続ける。「つまり市民側の同意撤回が、物理破壊と同時に起きれば、逆流を受け止める“空白”が作れる。エイの言う瞬間に皆が『拒否』を選べば、装置は出力を失う。理屈上はね。でも——」

ミコトが首を振った。彼女のパケットログの一部をスクリーンに映し、声を震わせずに続ける。「問題は時間だ。ここから広い区域にメッセージを届け、個々人に自分で決めさせる。説得する時間が必要だ。脅しや誤情報で固められてしまった市民を、説得で目を覚まさせるのは簡単じゃない。」

「それで私をここに連れてきたのね」とユウナは吐き捨てるように言った。自分の一度きりの力を使えば、エイのプランは成功する確率がぐっと上がる。でも、それは仲間が“同意した作戦”を使うという前提だ。もし間に合わなければ、ユウナが単独で起動してしまう可能性──そして更なる感覚の代償。あるいは、同意を無視して使用した場合、効果は敵にも及ぶ。誘導された市民の意識を逆手にとることもできる。だが、それは守るべき誰かを操作することでもある。

ドン、という小さな衝撃が、足元の鉄板に伝わった。二人の整備員が、歯車の裏手から巡回してきたのだ。ユウナは瞬時に息を飲む。個々人の動きを合わせるその「一瞬」を創るために、彼女の能力は最適だ。けれど、合意なき使用は彼女の意思を裏切る行為であり、仲間の信頼を切り裂く。

「聞いて」エイが囁き、肩越しに示した。整備員は二人組で、手に明かりを持ち、顔には教団のマークの刺繍が見える。しかしよく見ると、その目には表情がない。彼らは“与えられた同意”をただ運ぶ歯車の一つに見えた。もしユウナが能動的に敵にも作用させれば、その二人の意志までも掴むことになる──彼らを無力化するか操るか、どちらにしても犠牲が出る。

「私を信じて」ミコトはゆっくりと歩み寄り、ユウナの手を取った。指先に冷たさを感じる。ミコトの掌には、人々を説得して回った微かな脂と煙の匂いがついている。ユウナは匂いで場所を把握できない。失った感覚を埋めるのは仲間の存在だった。

「私が屋上で合図を出す。ローガン広場から小さなスピーカーを回して、決定的な三分前合図を送る。あなたがその合図を受け、仲間と“共有された”意志で同調すればいい。使うのは一度だけ。全員がそれを了承するなら、私は——」ミコトの声が低くなった。「私は、市民を説得する。だが同時に、ここにいる私たちも選ばないといけない。あなたがそれを一人で決める権利はない。」

ユウナは深く息をする。鉄と油と紅砂の匂いが鼻腔を通り過ぎるように見えた。彼女は目を閉じ、心の中で自分の過去を見た。前世で庭師として危険な現場を支えたとき、彼女は仲間を守るために動いていた。守るということは、しばしば選択の連鎖を作ることだ。今、彼女は最後の一押しをどう使うかを選ばなければならない。

「私は一度だけ、使う」ユウナは言った。声は固かった。彼女は既に決めていたが、決定権は仲間と共有する必要がある。ユウナは周りを見回し、エイとミコト、そしてそこに隠れている数名の仲間たちの顔を追う。皆が同意の眼差しを返す。

「しかし条件がある」ユウナが続ける。「同意撤回が同時に行われること。ミコト、君が屋上で解除の合図を出す瞬間に、私が“共有の命令”を発動する。エイ、君はその二秒前に準備を済ませる。そして誰も、私の意思に従って動かない。他人を操作するために使うのは拒む。」

エイが浅く息を吐き、うなずいた。「分かった。物理的手順