鳴雷槌の操縦士と翼の税関

鳴雷槌の操縦士と翼の税関 第26話「第24章」

雨はまだ止まなかった。薄暗い滑走路の端、仮設のシートで囲われた避難区画の上を、細かい水滴が絶え間なく叩く。蒼井凪は、鳴雷槌を膝に抱えたまま、湿った木の匂いと、金属が放つ微かな静電気の匂いを嗅いでいた。槌の頭部に打ち付けられた小さな鈴が、雨粒のリズムに合わせてかすかに震える。光は、そこからほんのわずかに青く漏れていた。

雨はまだ止まなかった。薄暗い滑走路の端、仮設のシートで囲われた避難区画の上を、細かい水滴が絶え間なく叩く。蒼井凪は、鳴雷槌を膝に抱えたまま、湿った木の匂いと、金属が放つ微かな静電気の匂いを嗅いでいた。槌の頭部に打ち付けられた小さな鈴が、雨粒のリズムに合わせてかすかに震える。光は、そこからほんのわずかに青く漏れていた。

「締め切りまであと二分。」加賀圭が無線の受信機を握りしめ、小さな声で告げる。彼の声はいつもより硬かった。板倉空は端末をのぞき込み、画面のグラフを指でなぞる。「ドローン群は、一斉索敵を始めてる。三宅班の指示が通れば、ここは封鎖される。電子盾も広がるだろう」

伊万里澄が避難民の列を見渡す。小さな子どもが毛布にくるまって眠っている。青年が祈るように手を組んでいる。澄はそっと唇を噛んだ。「みんな、合意を取れる状態じゃない。半数に満たないかもしれない」

凪は握った槌の柄を見下ろした。槌の表面には、古い操縦席の裂け目を思わせる擦り傷が十字に走っている。稲光のような紋様が、その傷の間を走り、指先をほんのりと痺れさせた。

「一度だけ、仲間と共有した作戦だけを実現する」──その制約はいつも彼女を縛っていた。合意の式と心の共有がなければ、鳴雷槌は問答無用の反応を返す。だが、墜ちた者を見殺しにはできない。凪は静かに喉を鳴らした。

「投票で決めよう」澄が提案する。だが、投票には時間がいる。周囲はざわめき、税関のスピーカーが雨をかき消すように機械的な声で告げる。「此処にとどまるか、移動するか。十秒で決断を求む。拒否は許されぬ」

圭が顔を上げた。「十秒で同意を取るのは無理だ。子どもたちだって、あの声に縛られてる」

空は端末を投げ出すように腕を伸ばし、やけになったように笑った。「守るための同意が取れないなら、守る手段も意味を失う。理屈じゃどうにもならない」

凪は掌に汗を感じた。槌の鈴が、雨音の中で明瞭に一つ、鳴った。彼女の胸に何かが弾ける。稲妻の記憶が、操縦席の匂いとともにフラッシュする──前世で支えた危険な現場の瞬間、仲間達が一つの動きを共有した時の静かな確信。だが、代償も知っている。単独で使えば、感覚の一部を失う。仲間の合意を無視すれば、能力は無差別に作用する。

「行くよ」凪は短く言った。声はほとんど震えていなかった。

「何を言ってる、凪!」圭の叫びが飛ぶ。だが彼は動かなかった。澄が凪を見つめる。空の指先は震えている。反対の声がいくつか上がる。合意は取れていない。だが、赤ん坊のすすり泣きが空気を切る。税関の車列が滑走路の明かりを照らし出す。秒針が十一を、十二を告げる前に、決断はできるだけ早く迫ってきた。

凪は目を閉じ、槌の鈴を耳に当てた。ふたつ、鳴った。鈴の音の中に、小さな合図が混じる。彼女はかつてないほどはっきりと、誰とも共有していない「彼らを抜けさせる」というイメージだけを描いた。腕の中の槌が急に温かくなって、鼓動のように律動を刻む。

「やめて!」圭が凪の袖を掴む。彼の拳の熱が伝わる。「同意がなきゃ、奴らも、お前も――」

「大丈夫」凪は言い切った。言葉に嘘はあったが、揺るぎはしなかった。「ここで止めてたら、全員捕まる。今は…私が代償を払う」

そう言って、凪は静かに鳴雷槌を振り上げた。稲妻のような青い筋が槌の頭から帯になって飛び出し、雨粒を裂く。鈴は高い音を一度、深く震わせた。空気が厚くなるのを、みんなが感じた。

波紋のような音の帯が滑走路を斜めに走り、青い光のトンネルを半ばだけ形成した。そこはまるで、濡れた夜空の裂け目のように見えた。避難民たちは何が起きたか一瞬分からずに呆然と立ちすくむ。税関の車列の前にいた第一陣の兵士が、光に触れるとその場に崩れ伏した。だが同じように、圭と空も意識を失いかけ、その膝を折った。澄はよろめきながらも、必死で子どもを抱き上げ、光のトンネルへと走る。

凪はその瞬間を、全身で味わった。世界は鈍い低音で震え、雨音は遠くへ引いていった。自分の鼓動が、耳の中で二重に鳴るのを感じる。右耳の内側で、何かが切れたような冷たさが広がった。声は遠く、まるで海底で聞く雷鳴のように鈍い。手がしびれ、槌の柄が滑った。光は消え、トンネルは瞬間的に崩れたが、その間に数十人がその内側をくぐり抜けていった。

「凪!」澄の声が届く。彼女の視界はぶれる。圭が唾を吐くように床に顔を埋め、息を荒げている。空は額から血を滲ませていた。避難民は走り去ったが、何人かが転倒し、怪我を負っていた。税関の兵士は倒れている者もいれば、体を起こして無差別に銃を乱射する者もいた。効果は、明らかに均等に行き渡っていた。

凪は両手で槌の柄を握り締めた。鼓膜の奥で、鳴鈴の響きがいつまでも残る。指先の感覚が、左手の付け根から薄くなっていくのを感じる。見えている光景の輪郭が、音の欠落によって違う色を帯び始めた。

「お前、何をした」圭の声は今や怨嗟に似ていた。「仲間を――自分だけで決める権利はない!」

凪は少し笑った。いや、笑える余裕はなかったが、口角が引き上がった。謝る言葉が一瞬喉に詰まる。彼女は懸命に肩をすくめ、震える手で槌を地面に立てた。鈴はもう鳴らなかった。代わりに、粉雪のような細かな光の粒が、槌の周囲に舞って消えていく。

「すまない」それだけだった。言葉は薄かった。澄が血だらけの子どもを抱いて戻ってきて、凪の腕を掴んだ。「でも、この方法で救えたんだ。結果は出た。誰もが傷つかなかったわけじゃない。でも…逃げられた」

空は顔を上げ、涙を拭った。「お前が独断でやったせいで、僕らも被害に遭った。だが、死んだ人はいない。救ったのも事実だ」

圭はその場に崩れ落ち、髪を掻きむしった。「合意がないままに。あいつらのやり方と何が違うんだ。こっちもそれでいいのか」

凪は左耳の奥で、遠い鐘の音のようなものを聞いた。内側から何かが抜け落ちた気がした。冷たい虚無。失った感覚は、確かな穴となって凪の内側に空いている。

「代償は払った」凪の声には、本当の痛みがこもっていた。「これで私が全部正しいなんて思わない。だけど、今は――私が払う」

澄は凪の手を強く握った。血と泥が混ざる。圭は顔を上げ、唇を噛んだ。空は黙って端末を覗く。だが、空の目が端末の画面に映るものを見て、一瞬固まる。

「待って」空が小さな声で言う。「これ、なんだ…?」

みんなが端末に集まる。空が撮っていた起動時の映像に、光のトンネルが消えた瞬間、空間に走った青い筋が痕跡を残しているのが映っていた。青い筋はただの光跡ではなかった。微細な文字列のように、電子的なパターンを描いている。空はそれを拡大していくと、端末の解析モジュールが反応した。

「認証ヘッダだ」空が声を落とす。「これ…税関のプロトコルパケットと同じ署名を含んでる。鳴雷槌の放射が、通信網の一部とハンドシェイクをした痕跡だ」

凪は鈍い耳でその言葉を受け止める。雨音の中、槌の鈴の残響がずっと尾を引いているように感じられる。圭が唇を震わせた。「つまり、あの一撃で……奴らの認証を?」

「一時的に」空が続けた。「だけど、残留データがある。アクセスログ、プロトコルフレーム、認証トークン。こ