鳴雷槌の操縦士と翼の税関

鳴雷槌の操縦士と翼の税関 第24話「第22章」

倉庫の扉は、既に昼の光を拒んでいた。古い滑走路わきの格納庫群の一角。塩と油の匂いに混じって、金属が鳴るような低い振動が壁を伝ってくる。莉子(りこ)は息を呑んで足を止めた。鳴雷槌はその中心にあった。木の柄に黒い筋、頭部を囲むように巻かれた細い銅線が暗い光を吐いている。触れた空気が薄く震え、耳の奥に蝉の鳴くような余韻が残った。

倉庫の扉は、既に昼の光を拒んでいた。古い滑走路わきの格納庫群の一角。塩と油の匂いに混じって、金属が鳴るような低い振動が壁を伝ってくる。莉子(りこ)は息を呑んで足を止めた。鳴雷槌はその中心にあった。木の柄に黒い筋、頭部を囲むように巻かれた細い銅線が暗い光を吐いている。触れた空気が薄く震え、耳の奥に蝉の鳴くような余韻が残った。

「河合、そこで何をしているんだ」

声は意外にも冷静だった。声に合わせて、格納庫の奥から人影が現れる。河合透――かつて仲間を守るための対策会議で名前を挙げた男だ。眉間に深い皺を寄せ、手には半ば分解された鳴雷槌の一部を持っていた。指先に油と同じくらいの緊張が滲んでいる。

「莉子か。来るのが早いな」河合はひとつ笑ったが、目は笑っていなかった。「これを改変すれば、俺たちは守る側から攻める側になれる。翼の税関が『避難』を管理するなら、力で選択肢を作るしかないんだ」

莉子の心臓が跳ねた。言葉の端に、彼らがこれまで抱えてきた不満がある。だが、その先にあるものを思えば言葉が出ない。鳴雷槌は、仲間で合意した作戦だけを一度だけ実現する媒介――そのはずだ。合意を破ることは、約束だけでなく代償を呼ぶ。

「通すわけにはいかない。暗闇で決める問題じゃない。話し合いだって何度もしたはずだ」

河合はカットした銅線を握りしめ、低く返す。「話し合いは時間の無駄だ。税関はレスキューの選択肢を奪い、拒否した者を強制的に隔離する。俺たちが押し付けられた『安心』のために人が滅びるのを見ていられるか。もう待てないんだ」

莉子の手が震えた。彼女の胸に、鳴雷槌を巡る規則が翻る――単独使用は反動として感覚の一部を奪う。だが河合は、自分さえ失えば済むという立場で動いているようにも見える。あるいは、別の意図があるのかもしれない:合意を無視して敵にも作用させれば、税関の目を逸らし一度に大きな打撃を与えられる。利得は大きいが、被害もまた甚大になる。

「河合、やめて」莉子は一歩前に出た。床に転がる工具が微かに共鳴する。彼女は自分の声が震えているのを感じた。「そんなやり方は、仲間の命を賭けることだよ。君は自分の正義を他人に押し付けようとしている。ここで止める。私が止める」

河合の顔から表情が消え、鋭く静かな動きで頭部に取り付けられたカバーをはずした。銅線が空気に絡みつくように光を帯びる。金属が鳴る――内部から稲妻が潜み出すのを莉子は感じた。ほんの数秒、世界が引き伸ばされたように遅くなる。彼女の歯は金属の味を感じ、耳鳴りが強くなってきた。

「君は……やるのか?」

「やる」と河合は言った。声に後悔はない。彼は鳴雷槌の柄を抱え、目を閉じた。莉子は慌てて駆け寄ろうとした瞬間、――光が裂けた。黒い銅線から放たれた閃光が、格納庫の内壁に稲妻のような模様を描く。

その直後、河合の顔が歪んだ。彼は両手を離し、頭を抱える。口から小さな声が漏れ、床に膝をつく。莉子は駆け寄って彼の肩を掴んだ。

「聞こえるか? 河合!」

返ってきたのは、湿った息遣いだけだった。河合は手で耳を抑える。両耳の内側で鈍い空洞が開いたような感覚。唇を震わせて振り向いた顔色は土のように青い。片耳かと思えば、音が戻る兆候はなく、視界の端に光の残像が踊っている。

「——っ!」河合の喉が掠れる。声はかすれ、彼の視界が斜めに揺れた。莉子はすぐに理解した。単独で鳴雷槌を使った。反動が来たのだ。感覚の一部を奪われたのだ。

「自分だけじゃ済まないはずだ」莉子が言うと、河合はぼんやりと笑った。笑いに嘲りはなく、疲れと達成感が混じっていた。だがその直後、格納庫の外から遠く機械が影響を受けるような音が聞こえた。防犯ドローンのモーター音が一瞬高鳴り、遠くの街灯の電球が瞬いた。河合が放ったエネルギーは周囲の電子装置に干渉を与えたらしい。

「狙いどおりだ」と河合は囁いた。「これで税関の監視に切り込みが作れる。敵にも作用する。こっちが有利になる」

莉子の指が鳴雷槌に触れた。銅線はまだ震えており、指先に小さな刺すような電流が流れた。鋭い金属の香りが彼女の鼻を突き、彼女の頭に冷たい汗がにじんだ。河合の片側の世界が静かに歪んでいる。彼は聞き取れないはずの囁きに耳を澄ましているようだった。

そのとき、後ろから声がした。「動くぞ」

尾崎蒼(おざき あおい)が格納庫の門を蹴って入り、二人の間に割って入った。彼女は拘束具を抱え、目が鋭く光る。ここの雰囲気は一瞬で締まった。莉子は尾崎の姿を見ると、ほっとした気持ちと共に冷えた決意が胸に湧いた。

「河合を止める。皆に知らせる。隠すべきじゃないって説明する時間を与える。強行ではない。拘束、公開、議論。選択肢は市民が持つべきだ」

尾崎の言葉は単刀直入だった。莉子が河合の腕を取る。河合は驚きの色を浮かべたが、感覚の喪失のせいで反撃は鈍かった。尾崎が拘束具を巻きつけ、河合の手首を固める。彼女の指先は震えていない。莉子の胸に、何かが折れるような音がして、涙がひとすじ頬を伝った。

「なんで公開なんだ、裏で処理すれば静かに済むだろう」河合は吐き捨てるように言う。声が弱い。視界の端で半透明の光が踊る。

「静かに済ませるのは、もう無理だ」尾崎が答える。「これで何を隠し、誰が決めてきたかをはっきりさせる。君のやったことは許されない。だが隠すことも、暴発することも、同じくらい罪深い。公にしよう。議論の場を作る。市民が決める。君にはその責任を持ってもらう」

河合は唇を噛んだ。静かな怒りと疲労が混ざった表情で、やがて諦めるように目を伏せた。莉子は、彼が何かを失っているのを見て胸が痛んだ。だが、これが最小の被害に留める道だと信じた。

尾崎は格納庫の端にある通信端末に向かって叫んだ。「ライブ配信を使え! 隠したり取り繕ったりする時間はない。住民広場に来い――今から公開討論を始める!」

画面は点灯し、格納庫の入口に輝く小さなモニターに河合の顔が映る。莉子は目を閉じて深呼吸し、手の震えを抑えた。外では既に何人かの見張りが動揺して走ってくる音がする。通りの向こうの夜明け前の空が薄く色づき始め、空気が変わり始めているのがわかった。

「公の場でやるってことは――市民は二つに割れるかもしれない」莉子は尾崎に耳打ちする。言葉は最低限の声量であったが、尾崎はうなずいた。

「割れるだろう。だけど、分断は避けられない。だが隠し事で作られた統一は偽りだ。露わになる痛みをどう受け止めるか、そこから新しい仕組みが生まれるはずだ。私たちが決めるのではなく、市民が決める」

莉子は鳴雷槌を見た。銅線のひと房がどこかに欠けている。河合の使用で生まれた模様は、格納庫の壁に白い稲妻を残した。稲妻の端に、見えない輪郭のような干渉痕が残っている。それは単なる光の残像ではなかった。莉子の技師としての眼が、それに不自然な規則性を見出した。

「尾崎、これ——」莉子は指差して、声を震わせながら言った。「この放電のパターン。偶然のものじゃない。通信的なシグネチャを含んでいる。誰かに『鳴雷槌が使われた』と伝えるために組み込まれている可能性がある」

尾崎の目が鋭くなる。河合の行動は単独の暴発かもし