銀河鉄拳の侍従と石英軍

銀河鉄拳の侍従と石英軍 第19話「第17章」

円卓の木板に置かれた紙コップが、誰かの手の震えで微かに鳴った。遠景から見ればただの集まりだった。だがその場にいる全員の呼吸は、テーブルの上で交わされる言葉よりずっと早く、揺れていた。

円卓の木板に置かれた紙コップが、誰かの手の震えで微かに鳴った。遠景から見ればただの集まりだった。だがその場にいる全員の呼吸は、テーブルの上で交わされる言葉よりずっと早く、揺れていた。

「――一人ずつ、任務を分担する。出口の見張り、荷車の押し手、迷子担当。声を上げる者は前に出て、その人だけ一列で動く。多数決で決めて、合図は三回の灯りだ」

カイの声は低く、けれどはっきりしていた。斥候としての経験が、避難民の中で最も説得力を持っている。円卓の上には粗末な地図。街路の陰にどこが見張りの目に触れにくいかを鉛筆で示してある。上からのショットのように、澪はその地図を見下ろしていた。自分がかつて侍従として支えた現場の合図や走り方が、ここで反復されると思うと胸の奥が痺れる。

「でも、全員が同意するのが前提って言ったろ?」と年配の女性が言った。指先は紙コップの縁を掴んで離さない。「私の孫は夜行が怖い。あの筒(つつ)みたいな――光の鉄の棒が見えたら泣き出す。私は連れて行けないわ」

「分かる。ここで無理強いはできない」とカイは言った。「だが、全員の了承が無ければ――」

言葉を濁した。澪はそれを知っていた。銀河鉄拳を媒介にしたあの能力は、仲間と共有した作戦だけを一度だけ現実にする。合意があるからこそ、それは味方にだけ働く。だが合意がないときは、――その作用範囲が拡張する。彼女は言葉で繕うより、自分の身体で説明する方が早いことを何度も学んだ。

「反対します」小さな声が円卓の端から上がった。若い男が手を震わせて立ち上がり、短く淀んだ目でみんなを見る。彼は盗難に遭って以来、共同体への信頼を失っていた。「合意だって? 誰が決める? あなた達だろ。俺たちはいつも後からついていくだけだ」

その言葉が、会議の空気を硬くした。数人の視線がその若者――ヒロと呼ばれている――に向く。ヒロの妻は出産が近く、彼は家族を守ると誓っている。賛成票は多い。だが全員一致ではない。合図は作動しない。銀河鉄拳は静かに澪の手に寄り添っていた。腕の中で冷たい金属が微かに振動する。彼女の胸が、それに合わせて波打つ。

外から、鉄輪の音が遠ざかって近づいてくる。石英軍の足音だ。窓の外を見れば、夜の通りが銀色の軍用灯で断ち割られている。出て行けば銃口の前しかない。残れば当局の検査を受けるかもしれない。誰かが子を差し出すよう強要される可能性もある。選択を奪うのは制度だ。石英軍は「秩序」と「保護」の名で、弱い者の判断を容赦なく抑え込んできた。

「やるしかない」とカイが囁いた。「一部分だけでも――」

澪の指が銀河鉄拳の甲に絡みついた。稲光のように金属が震え、掌の皮膚が吸われるような感覚が走る。彼女は合意の輪を見渡した。賛成の手が十本以上、確かに上がっている。けれどヒロの背中は動かなかった。澪は記憶の中の侍従の姿を思い出す。危険な現場で、決断を先延ばしにすることで人が死ぬのを何度も見てきた。今回は違うはずだと、自分に言い聞かせた。

「――私がやる」

声は小さく、だが周囲を掴む強さがあった。誰も制止しなかった。一人でやることの代償は、体の一部の感覚を失うことだと澪は分かっている。触覚ならば、戦いの最中に手元を失う。聴覚なら合図を聞けない。あるいは味覚を失って、空腹がただの空虚になる。代償は不確定だが必ずある。だが目の前の子どもが泣いている。彼女は手袋の金属をさらに押し付けた。

甲板のような低い音が一度、澪の胸を貫いた。銀河鉄拳が光った。光は輪になって、同意を示した者たちの胸にも瞬いた。澪は合図を出した――三度、ランタンが点く。賛同者の列が呼吸を合わせ、廊下へと滑り出した。彼らの足取りは突然精密になった。荷車は迷いなく曲がり、子どもたちは小さな手で互いの袖を掴んで離さない。澪はそれを見て、胸が熱くなるのを止められなかった。

だが同時に、窓の向こうで立っていた石英軍の兵士たちの動きも、同じリズムに染まり始めた。銃の先が同一の角度で上がり、足並みが同じテンポに吸い込まれる。それは澪が意図したものではない。彼女の能力は、合意のない者にまで波及していた。反作用だったのか、警告だったのか――瞬時に後悔が波となって押し寄せる。

「こっちだ!」カイは囁きから叫びに切り替えた。味方は訓練された群れのように通りを縫い、門の影に消えていく。銃剣が揺らめき、兵士たちもまた同じ影へと進む。誰もが同じ振り付けをなぞるように動く。狭い通路に、味方と敵が同時に吸い込まれていく。足音は螺旋状に絡まり、怖気に満ちた静寂が間に挟まれた。

――やってしまった。

澪の掌に広がる冷たさは、遠心力で削ぎ落とされるように薄れていく。最初に消えたのは触覚だった。荷車の按配、子どもの小さな手の熱、そこにかかるぬくもりを、彼女は感じられなかった。指先から世界が削られていく。布地の擦れる音は聞こえる。だが触れたものが世界に存在するという確信が消えた。澪の目が曇る。彼女は膝を曲げてしゃがんだまま、冷たい風が頬を撫でるのを知覚するだけだった。

「澪!」カイの声が背中に刺さる。だが澪はもう、彼の手を確かに握り返すことはできない。カイの手は暖かく、そこに確かな人間味があると理性は言う。だが肉体の受容は薄く、指先はその実感を取り込めない。澪の世界は、音でしかつながらないガラスの檻のようになった。

狭隘の通路で、事態は瞬時に危険へと転じた。敵味方の列が同じ空間を埋め、ぶつかり合う。一瞬、銃身と体がぶつかり合い、叫び声が混ざる。だがそこで、澪は見たくなかった事実を垣間見る。石英軍の一人、隊長セリオという名札を胸に留めた男が、仲間のリズムに逆らって一歩踏み出したのだ。彼は自らの体を盾にして、押し合う両群の間に割って入り、軍靴で地面を叩いて声を上げた。

「止めろ! やめろ、聞け!」

彼の声は澪に届いた。合図は混乱を静めるどころか、互いの動きを固定していた。しかしその男は、命令系統を無視して自分の判断で動いた。銃剣を下げ、仲間の腕を掴んで引き離す。仲間はぎょっとして彼を押し返すが、セリオはそこに立っていた。彼の瞳には疲労と後悔があった――制度に押し潰されかけている人間の表情だ。

その瞬間、敵の一角に隙が生まれた。カイはそれを見逃さなかった。彼は澪の方へ駆け寄り、彼女が感覚を失っていることを見抜くより速く、自分の手で彼女を抱き上げ、引っ張った。澪はただ、温かい重みをわずかに感じ、息をすることだけを意識した。荷車は門を抜け、子どもたちの泣き声が遠ざかる。セリオは銃を下げたまま、背を向けて走り去る群れを見送った。やがて軍の足音が後方へ引き、夜は元の乱気流に戻った。

脱出は成功した。だが代償ははっきりしていた。澪は触覚を失った。掌に残るわずかな冷たさだけが、そこに何かがあることを示しているに過ぎない。自分の手で握ったはずの助け舟が、もう実感としてはそこにないのだ。仲間たちの顔色は、勝利の安堵と不安で混ざっていた。ヒロは怒りを隠さず、澪を睨む。

「お前、一人で決めんなよ。合意ってのは、誰かを置いて行かないってことだ。お前は置き去りにした」

澪は声が出なかった。代わりに、口元から微かな血がにじんだ。味覚も、