光導斧の航海士と図書兵器庫

光導斧の航海士と図書兵器庫 第4話「第3章」

潮の匂いが混じった湿った空気の中で、光導斧は静かに振動していた。白石湊は柄をきつく握りしめ、斧身に刻まれた細い光脈を見つめる。光は彼の呼吸と同期するように脈打ち、近くにいる仲間たちの心拍に合わせて線を描こうとしていた。

潮の匂いが混じった湿った空気の中で、光導斧は静かに振動していた。白石湊は柄をきつく握りしめ、斧身に刻まれた細い光脈を見つめる。光は彼の呼吸と同期するように脈打ち、近くにいる仲間たちの心拍に合わせて線を描こうとしていた。

「湊、はやく。子どもたちがまだ外のテントにいる」
佐伯翔の声が低く、震えを含んでいた。彼は防寒のための毛布を抱え込み、床の上で足を組んでいる避難民の群れを見回している。鼻先に焦げ臭さが残り、床には昨日の嵐で流れ込んだ泥が乾いている。

湊は斧の軸を少し上に向け、地図の代わりに浮かぶ幻影を思い描いた。彼は航海士だった。波と風を読む。本来なら羅針盤と星を使って海路を切り取り、船員に同じ航路を従わせる。今は道具の代わりに光導斧がその役目を担う。だがこの武器は万能ではない。共有の「合意」が無ければ光は切れやすく、合意を無視して一方的に使えば思いもしない代償が降りかかると教わってきた。代償はいつも身体の一部分だ。彼はそれをまだ完全に払ったことはなかった──払うとどうなるか、血の匂いのする夢で何度も見ていた。

「合意を、取るぞ」湊は仲間たちに向けて静かに言った。「連携ルートを共有する。私が斧を繋ぐ。全員が同意の印を出して」

カエデが目を伏せた。薄い包帯が右手首に巻かれ、昨日の小競り合いの名残を示している。彼女はじっと湊の斧を見つめ、指先の震えが止まらない。

「本当に…本当に、皆で決めるんだね?」カエデの声は細く、疑いを含んでいた。彼女は選ばれる側でありたくないと言ったことがある。選ぶ側でありたいと。

「そうだ。ルートは切り開くけど、行動は皆の合意で決める」湊は頷いた。仲間の信号が揃えば、光は一本の道筋となって手先に伝わる。仲間の体感が一瞬だけ重なり、誰がどの位置で動くかを各自が直感的に把握する。連携は瀬戸際での命綱になり得る。

杏里がそっと手を挙げた。彼女は小柄で、目が鋭い。集落の情報班を務める彼女の手にはいつもペンと紙がある。だが今、彼女の掌は震えていた。

「私は賛成。だけど、投票にしよう。目の前で声を上げるんじゃなくて、皆が言葉を出して示す形で。曖昧な同意は害になる」杏里の言葉に、場内は少し静かになった。

そのとき、背後の暗がりで何かが動いた。低い笑い声が、古い書棚の影から漏れた。湊は振り返り、そこの一本、古い毛布に覆われた背の高い人物が視界に入る。図書兵器庫の工作員――彼らの潜入は噂になっていた。だが証拠はつかめていなかった。今、その影がこちらを見て小さく手を挙げたように見えた。

「時間がない」佐伯が言った。「周りの混乱を見れば、待っていられない」

「待つべきだ」湊は即答した。合意が不完全なら、斧は繋がらない。だが集落の不安は突然沸騰した。誰かが子どもの泣き声をあげ、別の誰かが水を求めて声を上げる。窓の外で、遠くで何かが崩れる音がした──煙と破片が衝突する轟音。

湊の手の中で斧が熱を帯びた。光脈が彼の指の間に刺さるような感覚を伝えてくる。合意を待つ時間が、彼の顔を青くした。もし彼が一人で使えばどうなるか。彼は航路を独占してしまうと、仲間の意志が奪われる可能性を思い浮かべた。もう一つ、より恐ろしい可能性もある。仲間の同意が無視されたとき、斧の働きは敵にも等しく及ぶということ。敵が連携の情報を受け取り、先んじて動けるようになる──その結果を彼は想像して拳を締めた。

「湊!」杏里が叫んだ。「今、多数の同意が必要だって! みんな、紙を!」

誰かが古い木箱を取り出し、即席の投票箱を叩きつける。匂いは埃、インク、残留するスパイス。人々の指が離散的に空気を切る。だが沈黙の中に、躊躇の気配がある。幾人かは自分の名前を晒すことを恐れている。工作員の影が窓に戻るように見え、湊の胸は締め付けられた。

「もう――」佐伯が唸る。指先が箱の蓋に触れかけている。

湊の内側で、古い舵輪の感覚が叫んだ。嵐が近い海で、すべてをまとめる瞬間を逃せば船はひっくり返る。彼は斧を一度、空中に水平に振った。刃から薄い光の筋が立ち上がり、仲間たちの間に細いラインを描く。しかしその光が薄れていくのを湊は見た。合意はまだ薄く、線は繋がる手前で途切れた。光の輪郭がゆっくりと消え、斧の重さだけが残る。

息の根が止まりかけた瞬間、湊は決断を下した。時間を稼げない。戸外の砲声が近づく。彼は合意のないまま、斧を振り下ろした。自分一人でも繋げる。そうすれば子どもたちを避難させ、被害を最小にできる──たとえ代償が来ようとも。

斧の光が炸裂した。きらめきは仲間たちの身体を滑るように伝わり、湊の頭の中に一瞬、見知らぬ地図が浮かんだ。位置、速度、呼吸。彼はすべてを感じ取った。だが同時に、影の中の一人の呼吸も同化した。工作員の存在が、薄い青い線として彼の網膜に刻まれる。湊はぞっとした。違和感が波紋のように広がり、斧の光が敵の目にも届いているのを見た。

その瞬間、外で大きな音。瓦礫が崩れ、人々の喚声が上がる。光が描いた連携は完全な動作に移ったが、影が先回りしていた。窓際にいた工作員が、体を低くして指示を送る。外から待ち伏せが入り、彼らは既に避難経路に合わせて配置を変えていたのだ。湊の共有したルートは、そのまま敵の作戦表になってしまった。

「裏を取られてる!」カエデが叫び、左腕を引かれて転ぶ。瓦礫の跳ねる埃が彼女の頬を打つ。砂の味が口に入って、湊は吐き出したいのに味が薄くなっていることに気づく。音が左右で違う。右耳には甲高い叫びが鋭く入り、左耳は遠くなり、むしろ沈黙が広がる。床の傾きが、いつも感じる内側の羅針盤の反応と噛み合わない。手先の感覚も鈍い。斧の柄が冷たく、指の感触が薄れていく。

「湊!」杏里の声が痛い。だがその声は遠く、まるで厚い布越しに聞こえる。湊は立ち尽くし、世界が左右非対称にずれるのを感じた。航海士としての身体的なコンパスが、部分的に消えたのだ。あの代償が現実のものになった。胸の中に熱い痛みが走り、唇の先から血の味が薄く広がる。彼は息をつけばよく分からない感覚に襲われ、視界の一部が白く滲んだ。

「やめろ!」佐伯が斧を奪い取ろうとしたが、湊はそれを制した。彼の左手が一瞬、冷たく痺れた。指の感覚が半分死んでいる。彼は自分の体が部分的に機能を失いつつあるのを悟りながらも、眼前の光景を押し戻さなければならなかった。仲間たちは自分たちの行動が敵へ漏れたと理解し、怒りと恐怖が混ざった表情で湊を睨んだ。

「何をしたんだ、お前!」カエデが吐き捨てるように言った。怒りの矢は湊に突き刺さる。だが彼は――自分の選択の重さを痛感していた。合意を取るのに失敗したこと、その焦りが最も近い代償を招いたこと。斧は使えた。だが代償は彼の体の一部だった。そして、その使い方は敵にも恩恵を与えてしまった。

「やられた――工作員は内通者だ」杏里が振り返り、床に落ちていた紙切れを拾った。そこには図書兵器庫のシンボルに似た印が薄く押してあった。指先で擦ると、インクが指に付着する。彼女の顔が一変した。「これ…計画的だ。情報をばらまいて混乱を作り、私たちの同意の劣化を待っていたんだ」

集落の中に、誰が操っているか分からない信号が巡ってい