光導斧の航海士と図書兵器庫

光導斧の航海士と図書兵器庫 第15話「第13章」

会議室の窓は、古い紗のカーテン越しに薄青い朝を透かしていた。紙の匂いとコーヒーの焦げた香りが混じり、長テーブルの上には折りたたんだ作戦図と、誰かが読みかけにして置いた児童書の表紙が不自然に並んでいる。背後の書架に差し込まれた斑の光が、一冊の本の角をつまんだ埃の粒を浮かび上がらせた。空気は張り詰めている。誰もがミラの安否に心を取られていた。

会議室の窓は、古い紗のカーテン越しに薄青い朝を透かしていた。紙の匂いとコーヒーの焦げた香りが混じり、長テーブルの上には折りたたんだ作戦図と、誰かが読みかけにして置いた児童書の表紙が不自然に並んでいる。背後の書架に差し込まれた斑の光が、一冊の本の角をつまんだ埃の粒を浮かび上がらせた。空気は張り詰めている。誰もがミラの安否に心を取られていた。

「三案しかない。突入、潜入、交渉」エレナが冷静に紙を指で押し広げる。声は低いが確信がある。「突入はカナメの斧を使う。あれは一度で枠を作り、図書兵器庫の収束を解ける。潜入はハルの装置で監視を切る、交渉はソウマが使ってる連絡線を使って時間を稼ぐ」

「時間を稼ぐ時間がない。監視に穴が開いても、ミラはもう——」ハルの言葉は途中で潰れ、指先が震えた。彼はテーブルの端に寄りかかり、工具箱を抱えたように腕を組む。

カナメは光導斧を膝の上で握っていた。鉄ではない、刃は白い光の塊だ。手に吸い付くように温度がある。昔の船の羅針盤みたいに、手の中で小さな軌道を描く感覚がある。掌に伝わる振動は、航海中に潮流を読むときのそれと同じ種類の確かさだが、いつもそれには代償がついて回った。

「突入は一度だけだ。傍にいて、同じ作戦を共有した相手の意志を合図に起動する――それが規則」エレナは視線をカナメに合わせる。「今回の図書兵器庫は、合意の紋章に過敏に反応する。誤った合図は、想定外の反動を生む」

「誤った合図って」ソウマが前に手を伸ばす。「つまり、カナメが勝手にやったらどうなるんだ?」

言葉は誰も否定できないほど直球だった。カナメの指が僅かに強く握りしめられる。記憶の端に、痛みが走った――自分が光導斧を独りで振った夜。海の上で霧に迷ったとき、自分だけで進路を無理に切り開いてしまったとき。帰還後、何かがずれて、味覚が抜け落ちた。甘さだけが消え、世界にあったはずの一色が隙間を開けていた。

「感覚を失う」カナメが吐いた。声は自分でも驚くほど冷たい。テーブルの木目が指先にざらついて伝わる。カナメの左耳の周辺がひりりと痺れて、聞こえ方が遠くなる。振り返ると、そこにいたらしいミラの笑い声が胸に刺さった。どこかで彼女がまだ笑っているのなら、それを取り戻したい。

そのとき、ハルが小型の端末をテーブルに置いた。記録された声が行間のように震えを持って伝わる。ミラの声だった。断続的で、ところどころノイズが混ざっているが、確かに彼女のものだ。

「カナメ、もしこれを聞いているなら――」ミラの声がひどく遠く、しかしはっきりしている。「ここは、書架が……選ぶんだ。私の答えを取り戻せって、書が言う。私を動かしているのは彼らじゃない。私自身のページだよ」

端末のノイズで、ミラの最後の言葉がところどころ欠けた。ソウマがグッと拳を握る。エレナの眉が少し崩れ、唇の端が硬くなった。

「選ぶ、って何だ」ソウマは尋ねた。「本が選ぶって、どういう意味だ。拘束は肉体だけじゃないのか?」

「図書兵器庫は、記述と意思を同一化する装置よ」エレナは言葉を選んで説明する。「人が何を選ぶか、その物語の枝を本に読み込ませる。選ばれなかった枝は、記録から削られる。ミラが言ってるのは、自分の物語を取り戻す方法があるかもしれないということ」

「それなら……」ハルが口を開きかけて、呻くように飲み込む。「彼女がそこから出るには、自分の意思で本の枝を選ぶ必要がある。外からの力で勝手に選んだら、器庫が逆鱗に触れる。設計上、合意のない改変は――反撃を起こす」

カナメは斧を膝から少し持ち上げた。斧の光が薄く震え、壁に対照的な軌跡を映す。長い影が書架の列に沿って一つの線を引く。静かな図像だが、そこに凍りつく何かがある。誰もがその線を見て息を飲んだ。斧の光は、彼らの計画の正確な形を一度だけ具現化することができる。しかし、その白い道を辿るものは、カナメの代償を必要とした。

「カナメ、もしあなたが一人でそれを使ったら――」エレナの口調は温度を帯びた。「合意の『共有』がなければ、その現実は図書兵器庫の規則に従って再配分される。つまり、あなたの意図が彼らにも伝わる。ミラに届くはずの救いが、逆に彼女の物語を締め付けることになりかねない」

カナメの右手に湿った汗が滲む。斧の柄が微かに温かい。彼は自分の喉が締めつけられるような感覚を覚えた。過去の代償は記憶だけでなく体にも刻まれている。息を吸い込むと、左側の世界が薄くなった。音の輪郭がぼやけ、遠くの足音は代わりに鼓動のように聞こえる。使えば、また何かを失う。君が切り取るものの代わりに、君は自分の一部を置いていく。

ソウマが急に立ち上がった。「じゃあ、どうする? 待つだけか? 外の民がどうなるか考えたら、躊躇ってる暇なんてない!」

「待つ」とは別の言葉が、カナメの喉で鳴った。ミラの声が繰り返される。「私のページを返して。私の意思で選ばせて」

その瞬間、会議室の端で端末の画面が小さく光り、再生中の波形が無作為に揺れた。ミラが残した最後のメッセージは、単なる音声ではなかった。ハルが端末を拾い、データの断片を引き出した。細い光の柱が室内に立ち上がる。断片的だが、映像のように、図書兵器庫内部の静止した書架が浮かび上がった。書架の間にミラが座っている。彼女は指先で棚の背をなぞり、ある本を押した。その棚の奥に、背のない本が見える。そこには文字がない。ハルの音声が低く呟いた。

「……背のない本だと? 本に背がないってどういう——」

「目録に載らない本は、器庫のメタデータ外の存在だ」エレナが息を吐く。「そこは、外部からの介入を受けにくい。ミラがそこに触れられるなら、彼女自身のページに戻せる可能性がある。だが、その作業は当人の能動性がいる。外から押し込むと――」

言葉が止まった。皆は互いの目を見合った。カナメの掌は斧の柄を握りしめる。光はまたひとつ壁に軌跡を描く。白い線が伸び、会議室の天井をなぞった。図書兵器庫の静止した書架と、斧の光が引いた線。映像と現実が重なるような不穏さが室内を満たす。

「ミラは自分で鍵を押した。私たちの入り方は二種類しかない」エレナは静かに言った。「一つは、全員でその同じ作戦を共有して斧を一度だけ使う方法。全員の意志がそろわないと起動しない。もう一つは、外から無理に引っぱりだす方法。代償は大きい。場合によっては、ミラ自身が『彼女でない誰か』になってしまうかもしれない」

カナメは肩を落としたように見せかけて、実は全身の筋肉に力を入れていた。守るという行為が、誰かの意思を奪うことになってはいけない。それが彼の航海士としての信念だった。だが、今は舵を取るだけでは済まない。斧は舵と違って、船を代わりに揺らす。代償を払うのは自分かもしれない。ミラは、自分の物語の枝を自ら選ぶ権利をまだ持っているかもしれない。それを尊重するなら、外からの救出は選択肢を狭める。

「俺は、ミラに選ばせたい」ソウマが低く言った。言葉の裏側に怒りと後悔が混じる。「ここで俺たちが決めるのは、彼女の物語じゃない。彼女を代表する資格があるのは、彼女だけだ」

静寂が伸びる。カナメは目を閉じた。斧の光がまぶたの縁に見えるように感