蒼雷冠の書記と逆風皇帝

蒼雷冠の書記と逆風皇帝 第25話「第23章」

ミラの放送局の天井から、素早く並んだライトが白い網目のように落ちる。蒼雷冠は円卓の中央で青い静電気を撒き散らし、金属の縁がライトを受けて脆く震えていた。カメラが一台、二台、ゆっくりと回りながら聴衆の顔をなぞる。おのおのの目に、疲労と不安、そして決意の光が交錯している。燐はテーブルの端に座り、蒼雷冠からほんの十センチほどのところで手を組んだ。右手の感覚は蠱惑的に欠けている。冷たい金属に触れても、暖かさが抜け落ちたように何も返ってこないのを、彼はいつものように確かめた。

ミラの放送局の天井から、素早く並んだライトが白い網目のように落ちる。蒼雷冠は円卓の中央で青い静電気を撒き散らし、金属の縁がライトを受けて脆く震えていた。カメラが一台、二台、ゆっくりと回りながら聴衆の顔をなぞる。おのおのの目に、疲労と不安、そして決意の光が交錯している。燐はテーブルの端に座り、蒼雷冠からほんの十センチほどのところで手を組んだ。右手の感覚は蠱惑的に欠けている。冷たい金属に触れても、暖かさが抜け落ちたように何も返ってこないのを、彼はいつものように確かめた。

「配信の回線は切り替えた。ローカルの中継だけで行く」ミラがヘッドセット越しに告げる。声は沈着だが、背後のスタジオには緊張が張っている。住民を代表する円卓には十人ほどが座り、その周りに残留民や仲間たちが立ち尽くしていた。向かい合う入口の外、逆風院の副使・垣間(かきま)が黒いコートの襟を立て、薄い笑みを浮かべていた。彼の背後には数人の制服が列を作る。垣間の腰に、いつものように端末がぶら下がっている。

「始めるわよ。各自、短く、どうしたいかを語って」ミラはマイクに顔を寄せる。カメラが円卓に食い込み、蒼雷冠を中心にして手が上がる様子をフレームに収めていく。

最初に声を上げたのは中年の女性、名を芳村(よしむら)という。爪でハンカチをぎゅっと握りしめ、震える指で何度も袖を擦る。「私は、ここを出たくない。子どもがいる。逆風院の避難所は――私たちが選べる場所じゃないんです。自分で決めたいんです」

掌が上がり、次の掌が続く。映像は手の列を横切り、蒼雷冠の冷たい光がそれらを輪で抱く。誰かの提案が採決の形を取るのではない。ここでは「私たちがどう動きたいか」を声にすることが、選択の本体だ。

だが、会場の空気は途端に引き戻された。入口の扉が乱暴に開き、垣間の横に立つ男が歩み出た。制服の肩章が光る。垣間は穏やかに言った。「これは混乱を招く危険な場だ。住民の安全と秩序のために、ここは一旦逆風院の管理下に置かれるべきだ。選択肢は二つ、受け入れるか、移送を待つか」

その言葉に、会場中がざわめいた。小さな声が一次、二次と広がる。移送の言葉は脅しであり、約束でもある。垣間は端末を掲げると、外の大画面に古い映像を流した。整然とした避難所、整備された区画、配給の列。映像の端には柔らかなナレーションが重ねられる。安全、秩序、効率――逆風院の訴えは完璧に作られていた。

その瞬間、奥の方から一人の若者が立ち上がった。彼の名は栄(さかえ)。顔色が土のように青く、子どものような剣幕で蒼雷冠へと走る。「もう待てないんだ! 私たちを守るって言うなら――今、決めるんだ!」言いながら手を伸ばし、あろうことか蒼雷冠に触れた。

金属は予期しない応答を返した。掌と冠の間で微かな放電が走り、空気が震える。栄の体が小さく痙攣し、同時に入口付近にいた制服の男がよろめいた。垣間の顔が一瞬、驚愕に引きつる。効果は局所的だったが明確だった。誰もが同時にそれを見た。蒼雷冠は、単独の手による接触を「受けた」。その結果、衝撃は場の両側へと跳んだのだ。

栄は床に崩れ落ち、顔に冷や汗を浮かべている。制服の男は膝を突き、しばらく動けない。会場に重い沈黙が落ちる。誰かがかすれた声で言った。「……燐の言ってたことは本当だった。仲間の合意を無視すれば、敵にも作用する──その意味が」

燐は立ち上がって栄の元へ駆け寄る。栄の掌には焦げたような赤い痕が浮かんでいた。燐は指先でそれに触れようとするが、その瞬間、冠の冷気が指先へ走り、燐の世界が一瞬だけ引き抜かれるように暗くなった。右耳が、まるで凍りついたかのように音を失う。周囲の声が遠く、薄い布越しに聞こえる。彼は慌てて手を引いた。耳の奥に微かなひりつきが残る。

「なにをやってる、燐!」セドが声を張る。だが燐は言葉を返さなかった。右手の欠落した感覚が、より深く、鮮明に彼の中を蝕む。あの喪失は過去に起きたものだが、接触はそれを一度、掻き出してしまった。彼はまた、何かを失う準備があるかどうかを自身に問う。

ミラが迅速に判断した。画面の切り替えを操作しながら、彼女は穏やかながら決然と告げる。「外部回線は垣間たちがコントロールしている。向こうは映像での操作を狙ってくる。だが私のローカル録画は物理メディアだ。今から、各自の発言を映像で記録する。声と顔、両方をだ」彼女はカメラワークを変え、会場の隅々を映し始めた。誰かがその記録を消せる可能性はある。だが生の映像があれば、後で証拠として示すことはできる。

「これ以上の混乱は避ける。だから、順番に一人ずつ話してほしい」ミラはテーブルに近づく。彼女の指先が蒼雷冠の縁にかすかに触れた。冷たさが指先を凍らせるが、彼女は笑って振り払った。「冠はここに置いておく。使うかどうかは――住民の声が決めるのよ」

だが燐の胸には別の計算があった。冠は、味方と共有した作戦のみを一度だけ実現する。もしそれを仲間の合意を無視して燐が単独で動かせば、効果は敵にも及ぶ。ここでの敵とは、垣間の制服たちだけではない。秩序と移送を強制する「仕組み」そのものだ。燐の中で二つの欲求がぶつかった。一つは、今ここで動いて護ること。もう一つは、住民の自立した選択を残すこと。

「燐、どうする?」カイトの問いが耳に届いた。だが右耳の欠落が、言葉の輪郭を引き裂く。彼は息を深く吸い、指先を冠に向ける。掌を翳すだけで済ませたい。しかし彼は知っていた。掌を完全に覆えば、代償はまた一段と重くなる。失う感覚は、今回どれほど深いものになるかは分からない。だが、もしこれで住民の選択が守れるなら――そんな計算が彼の胸を掠める。

その時、ミラの端末が震えた。彼女は画面を覗き込み、顔を硬くした。「妨害が来てる。外の回線を抑えるための暗号化が破られた形跡がある。垣間たちは、ここでの開票結果を外側で書き換えようとしている。私たちの映像だけが残る、でも時間が足りない」ミラの手が小刻みに震えるのを燐は見逃さなかった。

会場の空気が凍りつく。もし外部が結果を書き換えられるなら、ここでの住民の声は意味を持たない。ローカルの映像は証拠にはなるが、即時の「選択」としては薄い。垣間の目は笑っていた。外では補助部隊の靴音が近づいている。

そして燐は決めた。右手が蒼雷冠に、ゆっくりと、確かに触れた。金属は冷たく、微かな振動が手の平を伝う。指先が温度を感じる間もなく、冠は青い灯を強めた。彼の胸を突くように、失うことの記憶が波打つ。右耳の欠落が拡がり、鼻先の香りの輪郭が薄れる――嗅覚がひとつ溶け出すような気配。だが、その喪失は今はまだ浅い。燐は自分の中で天秤を弾いた。自分の感覚を代償にしてでも、ここにいる人たちの選択を守るのか。それとも、住民に最後の判断の機会を残すのか。

ミラが目を丸くしていた。「燐……」

「俺のやり方は単独だ。仲間の合意を得られなかったら、効果はあいつらにも行く。だが、あいつらの手が結果を奪うなら、俺が今――」燐は言葉を断ち切り、掌を冠の上に広げた。蒼雷冠は冷たく、鋭く光り、周囲の空気がひりついた瞬間、外のドアの向こうで重たい足音が踵を鳴らした。

掌と金属が完全に接触したその時、