月刃機の巡回員と魔導庁 第11話「第10章」
広場の空気が一枚、薄い金属の膜のように張り詰めていた。足元の石畳が震えるほどの低周波が、遠方の高架から伝ってくる。月刃機──円環状に配置された銀色の機体群が、広場を取り囲む。昼とも夜ともつかない青白い光が、機械の縁からじんわりと漏れていた。光はいつでも切り裂きうる冷たさを孕んでいる。誰もがその光を見ると、本能的に身を縮めた。
広場の空気が一枚、薄い金属の膜のように張り詰めていた。足元の石畳が震えるほどの低周波が、遠方の高架から伝ってくる。月刃機──円環状に配置された銀色の機体群が、広場を取り囲む。昼とも夜ともつかない青白い光が、機械の縁からじんわりと漏れていた。光はいつでも切り裂きうる冷たさを孕んでいる。誰もがその光を見ると、本能的に身を縮めた。
ルイは月刃機のすぐ外側で、仲間たちと並んで立っていた。セレナは顎を引き、手の甲を冷たい石に押し当てている。タツキは膝に手を置き、指先の震えを抑えきれない。避難民の列は広場の反対側にかたまっており、子どもが泣き、老人が腕にある包みを抱きしめている。魔導庁の執行部隊は鎧のような外套を纏い、移送用の拘束具を抱えてゆっくりと進軍してきた。肩に載ったエンブレムが光に反射して、白い線がひとつ走る。
「ここからは強行です。移送対象は全員確保します。抵抗は無意味です」スピーカー越しの声音は機械じみていて、遠くても耳を突き刺す。空中に展開した小型ドローンが、指示の一覧をプロジェクターのように人々の顔に映し出す。移送計画、理由、異議申立ての期限──どれも紙片ほどに薄い常套句だ。
ルイは唇を噛み締めた。月刃機と繋ぐとき、いつも底に流れる不快な絵の具の匂いが鼻腔をくすぐる。自分の能力は、月刃機を媒介に「仲間と共有した作戦」を一度だけ現実化する。合意の輪がはっきりしていれば、作戦は精確に、破壊的に働く。その代償は明白だ:単独使用は感覚の一部を奪う。仲間の合意を無視すれば、力は敵にも作用する──しかも彼らに対しても、作戦がどういう形で押し付けられるかは制御できない。仲間たちの意志が作戦の刃を研ぐ。だから「誰が合意するか」が今日の勝敗を左右する。
セレナが顔を上げた。「ルイ、ここで待ってはいられない。あの囮部隊を引き付ける間に、人々の退避ルートを確保しよう。合意人数は五人だ。君を含めて四人なら確実に成功する」
タツキが前へ出る。汗が額を伝う。「俺が行く。ルイ、一緒にやろう。──ただし、俺はあの……代償のこと、もう一度聞かせてくれ。今回は一人で使うなよな?」
「ひとりで使えば、聴覚か触覚のどちらかを失う。完全には戻らない」ルイは答えた。言葉が空気にしわを寄せる。彼は自分の右耳の奥で、いつも小さな鈍いこだまを感じている。それは去年、単独で作戦を起動したときに残った痕だ。あのとき彼は、仲間の合意が間に合わず、敵の退路を断つために刃を振った。敵は確かに押し戻せた。だがその代わりに、ルイはあの日以来、雨の音が二つに分かれて聞こえる。夜の静寂は空洞になり、笑い声が遠くなる。
避難民の一団の中から、年配の女性が前へ出た。ヒサコと呼ばれるその人は、毛糸のマフラーをぎゅっと握っている。皺が深く、目に覚悟が宿っていた。彼女は周囲の息を吸い込む音を聞き分けるのか、わずかに顎を引いてルイたちを見た。
「私に選ばせてくれ」ヒサコの声は思っていたより強かった。「若い者ばかりが前へ出るべきだとは、私も思わない。でもね、どれだけ長く耐えればいいのか分からない。もし合意が必要なら、私は合意する。私のことはもう終わりよ。みんなを、ただ、連れて行って」
ルイは息を呑んだ。ヒサコの合意が意味するものを一瞬で計算した。もし彼女が仲間の合意の一人に入れば、合意の重みは「守られるべき立場」──避難民代表の意思を含む。作戦はより明確に、避難民を中心に設計できる。だが、それはヒサコ自身に代償を押し付けることでもある。ルイは目を逸らしたくなった。
そのとき、執行部隊の前列が動いた。二人の隊員が、手に光る端末を掲げる。端末の反射で、月刃機の光が一瞬あざむかれるように波打った。近接した空気がピリピリと裂ける。隊長の声が広場に落ちる。「ここで任務を完遂する。協力者は速やかに自発的申告を行え。拒否は強制執行に値する」
拒否。あの言葉はいつも人の背筋を冷たく走らせる。拒否したところで誰も得をしないと知っている人間の瞳に、諦めが灯る。何人かがそのまま膝を折り、手を出す。ロープのような拘束具が一斉に展開され、数人の腕を囲む。ひとりの若者が叫ぶと、群衆の隙間を縫うように少年が押し出され、拘束の中に連れ込まれた。
「合意は本当に自由か?」セレナが低く呟く。「こいつらは『自発的申告』と叫べば、それが合意に見える仕組みを持っている。私が調べた範囲じゃ、執行端末は意思の波形を読み取って正当性を判定する。でも、それを操作する装置が今朝から配備されているらしい。つまり、『合意の見せかけ』を作れる」
その言葉は小石のように広場へ投げられ、波紋を広げた。もし執行側が合意の偽装を行えるのなら、誰が本当に同意しているのか分からない。ルイの胸の中で、計画の枠組みが熱を持って軋んだ。月刃機は"合意の輪"を形にする。その輪に偽りが混じれば、刃は狙った通りに研がれない。
「じゃあ本当に同意した人間だけを認める方法は?」タツキが前に出て、指先を月刃機の縁にかざす。触れはしない。彼の目に青い光が映る。ルイは彼の手の震えに気づいた。タツキはいつも二の足を踏むが、今は違った。彼は逃げ遅れた弟妹の顔を思い浮かべているのだろう。
ルイは決断を迫られた。合意を集めるには時間がいる。だが時間は魔導庁のドローンの羽音で削られていく。単独で発動すれば、代償が待っている。もし合意が偽なら、力は敵にも及ぶ。そして敵に及ぶと、どんな形であれ避難民の身体へも押し付けられる恐れがある。それはルイが絶対に避けたい結果だ。
「俺が一回だけ使う」タツキが言った。言葉は刃のように鋭く、しかし震えていた。「代償は俺が受ける。ルイはその分、指揮を取れ。合意の輪を作るのは俺だ。……だが、もしあの端末が合意を偽装するなら──」
手を握る音。タツキの手のひらをルイが掴む。肌に伝わる温度が、ほんの少しだけ安定させる。合意は言葉だけでなく、肌の接触によっても確かめられる。月刃機は複数の波形を合わせることで、互いの意思の"共振"を読み取る。それが本意であれば、微かな心拍のリズムが合う。だが機械はこれを模倣することができるのだろうか。
「いいか」ルイは低く言った。「誰が合意するか。今ここで決める。避難民の代表が二人、君と俺、そしてセレナ。五人だ。ヒサコさんがそのうちに入るなら──それで作戦を組む。だが皆にその代償を説明する。強制は絶対にしない」
ヒサコは静かに首を縦に振った。彼女の手からは、こわばりと決断が同時に滲んでいる。だがその瞬間、広場の一角で小さな光が走った。ドローンのひとつが、子どもの頭上を旋回して映像を拡げる。プロジェクションは茜色に染まり、ミナという名前の女の子の顔が一瞬だけ拡大される。彼女はルイたちにとって見慣れた顔だった。母親の腕から離れ、広場の端でじっとこちらを見ている。
「ミナ!」誰かが叫んだ。だが次の瞬間、月刃機の円環の一つがかすかに波打ち、ルイの胸に小さな違和感を残す。光が彼の背後で引っ掻いたような痛みだった。
セレナが低い声で叫んだ。「見ろ──端末が合意の判定を始めた。それを逆手に取ってる。プロジェクションは、特定の個体に『公認の同意表示』を投影することができる。つまり、ミナ