白炎剣の交渉人と偽勇者団

白炎剣の交渉人と偽勇者団 第12話「第11章」

広場の空気は、二十秒ごとに震えた。耀騎団が設えた〈選定塔〉が白い印を吐き、呼応するスピーカーが避難民の名を読み上げる。澪は風の冷たさと熱、そして床に伝わる震動で時間を計っていた。視力を失ってから、世界はそうやって厚みを持った。床板の軋み、遠くで靴底がかすれ合う音、誰かの息遣い。──だが、いま澪の前にあるのは音ではない。白炎剣の冷光が、腔にある骨を伝って、彼女の胸を重く押していた。

広場の空気は、二十秒ごとに震えた。耀騎団が設えた〈選定塔〉が白い印を吐き、呼応するスピーカーが避難民の名を読み上げる。澪は風の冷たさと熱、そして床に伝わる震動で時間を計っていた。視力を失ってから、世界はそうやって厚みを持った。床板の軋み、遠くで靴底がかすれ合う音、誰かの息遣い。──だが、いま澪の前にあるのは音ではない。白炎剣の冷光が、腔にある骨を伝って、彼女の胸を重く押していた。

「澪、時間がない。塔の出力が上がってる。これ以上引き伸ばすと……」凛の声が耳元を振るわせる。澪は頷くだけで首を振ったふりをした。瞼の裏に層を成していた黒を、今は確かめる術がない。

塔の周辺を囲む耀騎団の隊列は整然としていた。矢野蓮が高い台の上でよどみなく喋る声──命運は選ばれるべきだと、秩序と安寧のための犠牲だと。澪は矢野の言葉を耳に留めず、代わりに白炎剣の柄を握る手の冷たさに集中した。柄は鉄ではなく、何か生々しい繊維のように温度を持っていて、そこから白い炎がゆらぎなく立ち登っている。

「もう一回だけ、澪さんのやり方で強制的に止められる」春島が囁いた。春島はかつて軍にいた。機械の切断と被害最小化の計算を冷静にしている。澪はその瞳が、今は彼女に向けられていることだけを感じ取った。七瀬奈々は医療用の鞄を膝に抱え、額に汗を浮かべている。斗馬翔は、さっきまでの迷いが残るように肩を揺らしていた。彼は耀騎団内部を一度は歩いた男だ。選定のメカニズムに触れた手の跡がある。

「一度だけ。白炎剣の媒介は、一つの共有作戦だけを実現する。澪が単独で発動すれば、反動で感覚を一つ失う。仲間の合意を無視して発動したら──効果は仲間だけでなく敵にも及ぶ」澪は呟いた。自分の声が体の中で鈍く跳ね返る。情報として、条件はいつもどおりだ。だが現実はいつも、紙の上よりもずっと酷い。

凛が顔を上げた。唇が震える。「私たち、合意します。だけど、それだけじゃダメだ。あの塔は、同意を奪うために同意を装ってる。機械を切るだけじゃ、あの言葉と放送は別に生きる」

矢野の放送が途切れない。塔は白い符を吐いて、避難民の眼前で小さな装置が黒い札を吐き出した。札は順番に配られ、その札を受け取った者の表情は、驚くほど素早く平穏へと変わっていく。平穏は安心ではなく、決まった選択に沿うことの安堵だ。それを見た澪は、手首の中にある白炎剣が低く唸るのを感じた。刃は今にも何かを切れと促している。

斗馬が指先でジャケットのポケットを探った。やがて彼は小さな箱を取り出した。かつて耀騎団が内規として配った、選定に同意した証の小札だ。熱を帯びた金属のように、箱のふたが震える。彼の手は強張っていた。「俺が、塔に流してる認証を断つ。だが、塔の根幹は選ばれた者の『放棄』で動いている。人々が自らの意思を取り戻さない限り、次の誰かがまた利用する。澪、お前が使えば装置は止められる。けど――」

「けど代償がいる」奈々が言った。澪は彼女の呼吸の間隔で鼓動を測り、白炎剣を柄から引き抜いた。刃先の白さが広場を満たす。遠くの金属音が鋭く反射し、矢野の笑い声がかすかに混じる。澪は知っていた。感覚を失えば、世界は確実に狭くなる。目を奪われた代わりに得た内的計算が、音を奪われれば更に孤立する。だが今、選択肢は二つだけだ。

「私がやる。単独で発動する」澪の声が、いつもより小さくなって、しかし周囲には届いた。凛が咄嗟に前に出ようとした手を押し留める。春島の指が拳を作る。斗馬の目に何かが揺れた。

「駄目だ」凛はがむしゃらに食い下がった。「一人で抱え込まないで。あなたはそれをする人じゃない」

「あなたが望むのは、これで終わらせることだろう」闇の中に矢野の声が笑ったように聞こえる。だが澪は、もう笑うことはなかった。彼女は白炎剣を胸元に押し付け、刀身が暖かく骨に触れるのを感じた。刃の感触は言葉のない約束を携えていた。かつての交渉人としての本能が、最後に一つの秤を提示する――仲間の合意を待つか、代償を先に受けて確実に守るか。

「私が一度だけ使う。その後は何があってもこの剣はもう働かない。だが、君たちが決めることが残る。塔の鍵を斬るのは私がやる。だが人々の選択は、君たちの行動で決めてくれ」澪は言った。

春島が息を吐いた。「それでも、仲間の意思を尊重するって言ってた澪が先に動くのか」

「交渉は、交渉で終わらせるための手段だ。今回は最後に交渉が無い。私が刃を振るうのは、そのためだ」澪は刃を上げる。白い炎が刃から弧を描き、空気が断たれるように冷えた。剣先が塔の方向を向く。そこに届いたとき、塔の符が一度だけ青白く震えた。

「澪!」奈々の手が彼女の袖を掴む。皮膚の熱が指先から伝わる。澪は振り返らないで首をかしげて見せた。所有する聴覚を手放す決断と同じ瞬間、彼女の手は剣を握り締めた。

刀身が光を吸い込み、小さな爆ぜるような音が耳に届いた。澪はそれを最後に、音の世界から手を放した。高音が、低音が、街の遠吠えが、すべて一塊になって途切れた。耳鳴りが一瞬だけ断続的に残って、次の瞬間には何もなかった。世界は静寂に満ちた。澪は空気の流れと、凛の呼吸、春島の胸の上下だけを感じ取った。音が無くなった代わりに、白炎剣は内側から震えた。

彼女が効果を発動したとき、白炎はただ塔の回路を切るだけではなかった。刃先が空間に引いた一筋の白線が、塔をぐるりと包んで、そこから伸びた光が人々の胸の奥へと触れた。選定札は黒い紙くずのように縮み、塔の投射帯はためらいなく縮小した。だが同時に、塔のスピーカーが一瞬だけ、静かな音を発した──それは「意志」の吶喊に似ていて、澪には届かない。

「澪、聞こえるか?」凛が耳元で叫んだ。澪は首を振るしかできなかった。凛は唇を噛み、仕方なく言葉を変える。「手を振れ!合図にな!」

合図を促すように、白炎剣が掌を震わせた。澪は拳を振り、刃の振動が指先から身体に伝播してくる。音の代わりに振動が情報を運ぶ。刃が触れた床は微かに鳴り、凛のアドレナリンが空気を振るわせる。春島はすぐさま塔の根元へ走り、スパナを投げ上げて配電盤に食い込ませた。斗馬は会場の小さなモニターに這いつくばって、認証コードを断つ指を震わせながら差し込んだ。奈々は医療鞄から小さな端末を取り出し、避難民の列へと駆けて行った。澪は振動で彼らの動きを追う。彼らは澪の代わりに決断を口にしている。だがその言葉は澪へは届かない。伝わるのは指先の力、足音が床に残す圧力の変化、吐息が肌に当たる湿りだけだ。

塔は切断された。しかし塔の根幹を動かしていたのは、単なる電力ではなかった。塔は「承諾の数」を燃料としていた。人々が無自覚に与えた承諾を吸い上げ、システムが自己増殖する。澪が剣で切ったのは回線だけではない。白炎は塔と避難民の間に張られた「静謐の網」を焼き切り、刃の炎が避難民の胸を撫でていく。そこで、はじめて何人かの人が声を上げた。声は小さかったが、確かに外に向けて出た。澪は振動でそれを感じた。人の喉が鳴る。唇が震える。誰かが叫び、誰かが泣いた。

だが矢野はまだ動いていた。彼は詭弁を用いて群衆を説得しようとし、耀騎団は退路を断たれたことに苛立ち、攻勢をかける。澪が味わう