音速鞭の案内人と境界警備隊 第5話「第4章」
赤い光が鋭く夜を引き裂いた。境界の検問はいつでも冷たく、いつでも機械じみている。光線の先で、金属のゲートがゆっくりと閉じ始めた。錆びた歯車が引っかかるような音がして、群れの足元に影を落とす。
赤い光が鋭く夜を引き裂いた。境界の検問はいつでも冷たく、いつでも機械じみている。光線の先で、金属のゲートがゆっくりと閉じ始めた。錆びた歯車が引っかかるような音がして、群れの足元に影を落とす。
「時間がない」
蓮斗が低く言った。息が荒く、指の節は青くなっている。彼は検問の外側で黒いコンクリートに手をついて、目を細めていた。彼の前には避難民の列。子ども、年寄り、疲れ切った若い母親。ひとりの小さな女の子が母親の手にしがみついて、まぶたをぎゅっと閉じている。名は小春。彼女の靴底には泥がこびりついていた。
鞭──音速鞭は、私の右肩から垂れている。細い鉄の芯が繊維に包まれ、先端が闇の中でわずかに光った。触れると、それは微かに振動した。振動は空気を切り、私の歯の奥でわずかな金属音を響かせる。いつもより音が鋭い。警備隊の赤いライトにその振動が波及し、光の縁が微かにぶれるのが見えた。まるで針で引っかいたガラス窓を遠くから覗くような、薄い揺らぎ。
「今だ、鞭で通路を作る。駆け込ませるんだ!」
蓮斗の声は震えていたが、ためらいはない。彼は仲間を守る。そのためにいつでも先頭に立つ男だ。
「蓮斗、待って」
夏芽が手を握りしめ、私の腕にもう一方の手を重ねた。彼女の掌は汗ばんでいて、血色は悪い。夏芽は医師代わりであり、私たちの理性的な声でもある。「合意が要るの。私たち全員と、参加する人間の合意。鞭は一度だけしか──」
「今は時間なんてない!」
蓮斗の声が走った。背後の人々がざわめき、金属バリケードの軋みがそれに続く。検問側のマイクからは白井隊長の冷たい命令が流れてくる。誰一人通さない。強制収容だ。スキャナーに引っかかった者は沈黙のうちに連れて行かれる。
合意。言葉は私につけられた枷のようだ。鞭は一度だけ、私が媒介となって「共有した作戦」を現実化する。だがそれは、参加者全員の意志に基づかなければ危険だと夏芽は言う。合意を無視して私が勝手に振れば、能力は味方の意図を無視して敵にも影響を及ぼす。しかも、単独で使えば感覚の一部を失う──私の耳はその代償をすでに一度、知っていた。
耳鳴りがした。過去の夜が、突き刺すように戻る。あの時、私が誰にも告げずに振った。目の前で救えたはずの数人を散らしたかわりに、私は右耳の高音を失った。会話が曇り、笑い声が薄くなった。あの代償の感触が、今も摘まんだ棘のように残っている。
「鞭は触れた者の意思を通す道具。触れた手が合意であり、意思の矢印が通る。言葉を合わせて、タイミングを整えるの」
夏芽がそう小さく教えた。彼女はいつも説明してくれるが、今は説明の時間はない。赤い光が女の子の髪を赤く染める。女の子は私を見た。目が真っ黒で、恐怖があるだけだった。
「小春を優先するか、仲間を優先するか」
蓮斗の低い声。夏芽が眉をひそめる。蓮斗は躊躇を知らない。仲間が最優先。私には彼の言わんとすることが分かる。だが同時に、目の前の小春が母親の袖を握りしめて離さない。あの母親が連れて行かれたら、二度と会えないかもしれない。私が一度だけの力を使えば、通路を裂いてみんなを押し出せる。だが合意なく振れば、どんな結果を招くか分からない。敵にも自分たちにも。
「自分で決めるな」夏芽が言った。「この場にいる人たちに選ばせて。自分たちの運命を。私たちだけで決めるんじゃない」
その言葉は刃のように効いた。境界警備隊は、いつも人々の選択の余地を奪う。彼らの仕事は分けること、区別すること、不在を決めることだ。私たちはそれに抗うためにここにいるというのに、私がまた決めてしまう──それも独りよがりに。夏芽の言う通り、鞭を媒介にして実行される「共有」は、本当に共有でなくてはいけない。
「合意はどの範囲だ?」蓮斗が細い声で訊ねる。「避難民全員が意思表示できる時間はあるのか?」
「私たちと、ここにいる人たちのうち、参加を望む者だけでいい」夏芽は即答した。「でも、その意思表示は明確でなくちゃ。触れるだけで、点で合意が通る。合図がいるの」
合図。それは手のひらを鞭にかざす一瞬の暖かさ、あるいは声かもしれない。私は鞭をぎゅっと握った。鉄が冷たい。振動が波のように指先から腕を伝った。赤い光の縁がさらに波打つ。検問のスピーカーから、隊長の声がはっきりと聞こえた。ゲートを閉める。最後の一人が収容される。合図を待たずに行けば、私は代償を払う。そして、それは取り返しのつかない方向に作用するかもしれない。
突然、背後から老いた男の声がした。年寄りの一平だ。彼の顔には薄い地図のように皺が刻まれている。彼は前に出て、私たちの前で手を振った。
「若いの、なにをためらう。俺は──俺はこの町の者だ。家を捨て、ここまで来た。俺が決める」声は震えているが、言葉に迷いはない。彼は人々の方に向き直り、喉を鳴らして叫んだ。「お前たち、出るか! 帰るか! 自分で決めろ!」
群衆がざわついた。誰かが泣き声を上げ、誰かが怒鳴る。小春の母が顔を上げる。母の目に、決意が灯ったように見えた。彼女は小春を抱きしめ、周りの人々を見渡した。私の手の中の鞭が鋭く振動する。震えが増す。赤い光が鞭の振動に合わせて、まるで膜の上に波紋を生じさせたように揺れた。検問のライトが不自然に歪む瞬間、世界がスローモーションになった。
風が、時間ごと空気の分子を引き裂くように感じられる。蓮斗の口の形が遅れて見える。夏芽のまぶたの瞬きが波のようだ。小春の髪が微かに浮き、母親の袖が指に残るひだのように揺れた。赤い光の筋が、鞭の振動で切り裂かれる。何かが壊れる予感。私の目は鞭と光の交差する一点に吸い寄せられた。
「今、決めろ」蓮斗の声がスローモーションの中でも烈火のように響いた。彼の瞳は、私を見る。私はその瞳を返す。決断は私の手の中にあるように思えた。けれど合意が要る。誰かが触れて、意思を示さない限り、鞭の力は暴走しかねない。
「触れて」夏芽が囁いた。「参加する者は手を上げて。触れる者は声を出して。合図は声でも、手の温もりでも。これが私たちのやり方よ、結(ゆい)。私たちはあなたの力で全てを奪わせはしない。選ばせるの」
選ぶ。私はその言葉に胃が強く締め付けられる。選ぶことは逃げることでもある。私はこれまで、多くの人の背中を押してきた。案内人として、決められない者たちを道へ導いた。自分が決める方が楽だった。責任を一手に引き受ければ、誰かが救われたなら、それで良かった。しかしそのやり方は、いつしか人の選択を奪っていたかもしれない。
「小春の母さん、あなたは?」私の声は震えた。それでも届いた。母親の手が私の手に触れた。暖かくて、すぐに引っ込められた。誰かが小さな声で「賛成」と言った。別の誰かが「待って」と叫んだ。手が鞭に触れ、離れ、また触れる。合意の輪がぎりぎりに広がっていく。
「全員の意思が揃っていない」夏芽が言い、私の耳の奥でわずかなアドレナリンが跳ねた。「揃わない限り、作用は……」
言葉がそこで途切れた。鞭の振動が一段と強くなる。赤い光の端が断続的に揺れ、検問のセンサーが微かにビープ音を鳴らす。白井隊長が、警告を発した声を上げる。「待て。誰かが勝手に動いた