逆光銃の護衛と凍結政府

逆光銃の護衛と凍結政府 第9話「第8章」

蛍光灯が低く唸る地下通路の角で、葵は手袋の指先で逆光銃の冷たい金属を確かめていた。ランタン代わりの小さな発光パネルが、薄い白光を銃身に滑らせ、内側のレンズが逆光を拾って芯だけを黒く浮かび上がらせる。外の避難民キャンプから漏れる暖かな電球色は、ここまで届かず、空気は乾いていた。金属と古い油の匂い、遠くで誰かがぶつかったときの金属音。それらが、蛍光灯の低いハム音の上に重なっていた。

蛍光灯が低く唸る地下通路の角で、葵は手袋の指先で逆光銃の冷たい金属を確かめていた。ランタン代わりの小さな発光パネルが、薄い白光を銃身に滑らせ、内側のレンズが逆光を拾って芯だけを黒く浮かび上がらせる。外の避難民キャンプから漏れる暖かな電球色は、ここまで届かず、空気は乾いていた。金属と古い油の匂い、遠くで誰かがぶつかったときの金属音。それらが、蛍光灯の低いハム音の上に重なっていた。

「司が、勝手に動いたって聞いたけど——本当?」赤根茜が息を切らして通路に入ってきた。息が白く、声が震えている。彼女の目は赤く充血していた。葵は顔を上げ、茜の肩越しに暗がりを見た。奥の方で、かすかなあわただしい声と靴の擦れる音が響く。

「ええ。現場からの通報で分かった。東通路の一部が閉鎖されて、避難民が足止めされているって——」茜は胸を押さえ、言葉を切った。「片桐って奴と連絡取ったって。氷門局の中堅らしい。『抜け道を一時的に見せる』って。司はそれを信じて行っちゃった」

葵は手にした銃の冷たさを指先に感じながら、唇を噛んだ。逆光銃は、仲間と共有した作戦だけを現実にする。合意があってはじめて、その狭い世界の射線が重なり、見えない道筋を引き直す。葵たちはそれをまだ「一度」も完全には使っていない。だが道具が混ざると、使い方を誤れば——予想外の代償が出る。

通路の反対側から、かすかな金属のひらめきと、呻き声。葵と茜は駆け出した。音は近づくほどに雑で、断続的な叫びや子どもの泣き声が混じる。東通路の入口に差し掛かると、そこは混乱そのものだった。避難民が柵に押し詰められ、数人が床に倒れている。彼らを囲むように氷門局の装甲隊が並び、動作が妙にそろって見えた。まるで誰かの合図で同じ振りをしているかのように。

「伏せろ!」茜が咄嗟に庇い、背中越しに葵が逆光銃を構えた。だが、銃はまだ起動していない。音の方に視線を向けると、そこに司が俯いていた。右耳から血が滲んでいて、顔は青ざめている。彼はゆっくりと、しかし確かに笑ったように見えた。

「葵……ごめん。時間が——待てなかったんだ」司は声を出したが、返ってきたのは金属的な無感情さだった。装甲隊の一人が、計器のように頭をかしげた。彼らの動作はさらに揃い、避難民を押す方向を微妙に変えた。そこにあったのは、単なる押し合いではなく「同時に同じ意思で動かされている」ような不気味な連携だ。

茜が司に駆け寄り、膝をついた。「何をしたの、司! 逆光銃を――」

「合意を取る時間がなかったんだ。皆が死ぬんだ、あのままじゃ」司の声は震え、空気に溶けた。彼の手のひらに、まだ銃の温もりがある。茜はその手を見て、顔を歪めた。「勝手に使ったのね。葵に言わないで」

葵は息をする。あの規則のもう一つの顔が、ここに立ち現れていた。仲間の合意を無視して使えば、能力は味方だけに限定されず、敵にも「作用する」——あの警句は曖昧だったが、今、目の前で意味を成していた。司が投げ込んだのは、救援の『おおまかな計画』だった。だがその「おおまかな計画」は装甲隊の中にも動きを生み、彼らは意図せずして同じリズムで押し込んだ。計画が両者に重なってしまったのだ。

「やられた……」茜の歯が鳴った。「こっちに合わせてこられたら、避難民が押し潰される!」

狭い隙間で、子どものすすり泣きが震えた。葵は咄嗟に目を閉じ、逆光銃の細部を握りしめる。ルールはもう一つ。単独で使うと、使った者は感覚の一部を失うという代償。司は合意なしに使ったことで、結果的に敵も巻き込んだ。ここで誰かが、誰のために代償を払うのか。選択は残酷だった。

「私がやる」葵は声を絞り出し、立ち上がる。茜が叫んだ。「ダメ! 葵、聞いて——」

「聞く時間はない」葵の言葉は硬かった。彼女は銃口を避難民と自分たちの間に向け、銃身に手をかけた。逆光銃は、共有された作戦を一度だけ現実にする。葵が単独で起動すれば、それは達成されるだろう。ただし代償は自分に返ってくる——聴覚の一部、もしくは色覚、触覚の一部。何が失われるかは使う者によってランダムのようなものだと、彼女は過去の噂で聞いていた。だが今、目の前で圧し潰されようとしている人々を思えば、選べなかった。

引き金に力を込めると、銃身の内部で光が裂けた。蛍光灯の白が濃く吸い取られるように、周囲のコントラストが鋭くなり、葵の頭の中に「指示」が降りてきた。身体が勝手に動く。茜と司の位置、子どもたちの抱き方、押してくる装甲隊の間隔まで、見えない糸が結ばれた。葵は声を出して指示を出すのではない。動きが同期し、彼女の意図した撤退の形が、そこにいる全員の身体に宿った。

だが、代償はすぐに来た。光の裂け目が閉じると同時に、葵の頭の右側で高い金属的な鳴りが残った。音が消え、世界が少し遠くなる。右耳に綿を詰めたように、音は厚く、欠落している。指先の温度感覚も霞み、茜の手が震える感触がうまく掴めない。葵は銃を落としそうになり、床に膝をついた。胸を圧するような疲労の波が来る。

「葵、何をしたの!」茜が憤りと恐怖で叫んだが、避難はすでに進み始めていた。装甲隊も混乱し、両者がぶつかり合う寸前で、葵が引いた線が滑り込むように道を作った。人の流れが一方へとすべり、柵の間を抜け出す。声が少しずつ聞こえる。だが葵の世界は、確かに欠けていた。

司が片膝をつき、謝った。「葵……俺が勝手に動いたせいで、危険にさせてしまった。代償まで——」

茜は司に向かって拳を握り、震える声で返す。「勝手にするなって言っただろう! 私たちは、みんなで決めて動くんだ!」

空気が冷たく、蛍光灯の光は容赦なく物を白く浮かび上がらせる。外の暖かな光は、安堵と疲労が混ざった小さな光の玉のように遠く揺れている。救援は成功したが、何かが壊れた。葵は右耳を押さえ、指先の鈍い感覚を確かめた。世界の輪郭が少しずつ変わっていくのが分かる。

そのとき、薄いドアの影から一人の男が出てきた。背広ではなく、局の紋章が入った灰色の作業着。片桐透——茜が言った名前の人間が、蛍光灯の冷たい光の中で顔を見せた。彼の表情は疲れているが、どこか穏やかな諦観があった。彼は避難民を見回し、そして葵の方にゆっくりと歩み寄る。

「すまない。手が早過ぎた。私の指示があれば、こちらも動じなかったはずだ」片桐は声を低くした。彼の声は、蛍光灯の反響で乾いて聞こえた。葵は問いかける前に、茜が前に出た。「片桐さん、本当に何を望んでいたの? なぜ司に——」

片桐は瞳を伏せ、ゆっくりと拳を握った。「私も被害者だよ。氷門局の指令は、人々の『選択』を奪うためのものだ。私はその内側で、許されない命令を見てきた。だが外と繋がれば、私にはやるべきことがある。それをするには、君たちの協力——ないし、逆光銃の情報が必要なんだ」

茜の眉が鋭く動く。茜の言葉はすぐに出た。「つまり、協力する代わりに、私たちを利用する? 私たちを監視するつもり?」

片桐は悲しそうに笑った。「そう見えるかもしれない。だが方法は二つだ。君たちが我々を通して制度を一時的に『凍結』できるようにしてやるか、あるいは我々が君たちの行動を利用して制度を強化するか——選ぶのは君たちだ」