逆光銃の護衛と凍結政府

逆光銃の護衛と凍結政府 第19話「第17章」

雨は止まなかった。体育館の屋根に打ちつける音が、古いステンレスのテーブルを振るわせる。ランプの白い縁がぶれるたびに、机の上の広げられた紙地図に黒い雨粒の影が落ちる。星野紺は、ひどく遠くから聞こえる自分の呼吸を追っていた。手の中にはまだ逆光銃がある。金属は冷たく、銃口の後ろから差し込む逆光が刃のように輪郭を描いた。光はいつもより薄く見える。あるいは、紺の視界が薄れているのだ。

雨は止まなかった。体育館の屋根に打ちつける音が、古いステンレスのテーブルを振るわせる。ランプの白い縁がぶれるたびに、机の上の広げられた紙地図に黒い雨粒の影が落ちる。星野紺は、ひどく遠くから聞こえる自分の呼吸を追っていた。手の中にはまだ逆光銃がある。金属は冷たく、銃口の後ろから差し込む逆光が刃のように輪郭を描いた。光はいつもより薄く見える。あるいは、紺の視界が薄れているのだ。

「紺、こっちだ。耳はどうだ」海藤寧の声が、テーブルの向こう側から届く。短く確かな指示。寧の手は地図の一点――南門抜け路のところを素早く指でなぞった。藤堂茜が隣で頷き、柳原透は予備のトランシーバーを手首に巻き直した。美園詩乃は携帯端末の画面を睨み、蓮は毛布を抱えた子供に視線を落とす。

だが紺の世界は、重なったガラスに映る断片でしかなかった。色が分離している。声はガラス越しのこだまのように輪郭だけで伝わり、触覚は薄膜の向こうにある。逆光銃を使った代償が身体に残っている。先に一度、彼が単独で装置に触れた時――それが何より高い代価を払わせたことを、まだ指先が覚えている。使い手が孤立したまま発射すれば、感覚の一部を失う。紺はそれを理解していたから、自分はもう一度、独断であの引き金に指をかけるつもりはなかった。だが、心の奥底で、もし押し通せば仲間を守れるのではないかという衝動が蠢く。仲間の合意なしに使えば、能力は敵にも作用する。そこで何が起きるか、紺は理解している。だからこそ怖かった。

「我々はあと二手に割る。寧、あなたは南門確保。透、監視網と通信を落とせ。茜は避難ルートを率いてくれ」紺は言おうとした。言葉は喉から出るものの、きちんと形にならない。響きが薄れて、空気の中に溶けてしまう。寧が眉を寄せ、紺の目を覗き込む。

「無理すんな。代わりは俺らが取る」寧の声には苛立ちもあったが、揺らぎはない。彼は紺の手から逆光銃を引き、軽く置いた。金属が木の机に触れる音が、紺には遠くの打楽器のように聞こえた。その瞬間、紺の胸に小さな安堵が差し込むと同時に、罪悪感がざらりとよみがえった。自分が指示を出すべきなのに、それができない。指揮を奪われたわけではない。身体が指揮を許さないのだ。

「敵のハードラインが動き始めた。外の通りで装甲車の群れを増やしてる。緊張派だ、撤収よりも制圧を選ぶタイプ」美園が言った。言葉に含まれた情報は、体育館の内側を一気に冷たくした。彼女はかつて市庁の記録室にアクセスしたことがある。今、彼女の端末は拘束令状と配備計画のスキャンでいっぱいだ。端末の画面を紺に向けられても、紺は読めない。文字が踊って見える。

「堀内からの裏取りは?」柳原が尋ねる。彼は小柄だが、目つきは鋭く、鍵盤を叩く指先が相手の意思を裂く。

「堀内は…いい。現場で足止めしてくれてる。輸送路の一本を封鎖するって。時間稼ぎにはなる」美園の声は落ち着いていたが、どこか震えている。堀内という名前に紺は反応した。堀内は凍結政府内部の改革派だった。堀内が足止めしているということは、硬直派の増援を遅らせる余地がある。だがそれも紙一重だ。堀内の行動はいつ裏切りに変わるか分からない。紺は昔、堀内の手紙を一枚だけ読んだことがある。手紙には「選択肢を残す」とだけ書かれていた。今、それがどれほど脆い言葉かを紺は理解していた。

体育館の入口が突如、重い轟音を立てた。外で何かが弾ける音がし、金属が曲がる音。窓越しに赤い点滅が見える。緊張派が最初の一手を打ったのだ。

「攻撃だ。南門を叩いてくる。予想より早い」寧が立ち上がる。紺は立とうとするが、立脚の感覚がまとわりつき、膝の力が抜けかける。茜が彼の肩を掴んで支えた。彼女の手の温度が現実を引き戻す。

「俺が行く。茜、避難誘導を頼む。透、監視網を落として、奴らの視界を奪え。蓮は子供を連れて体育館の裏へ」寧の声は速い。仲間は言葉を待たずに動き出す。紺はそこにいるだけで、彼らの判断を確かめることしかできない。選択はすでに共同体のものになっていた。

外の衝突は激しく、遠心的な爆発音が連続して体育館を震わせる。紺の耳はまともに拾えないが、胸に伝わる振動が音の代わりをする。透はトランシーバーに向かい、鍵を叩くように操作する。運び込まれた産業用の発電機が唸りを上げ、その振動が床を通じて紺の歯に響いた。

「監視網いける。だがQRハブのバックアップが残ってる。直さないと即復旧される」透が報告する。彼は指先一本一本が確実な人間で、今朝まで紺の肩書きを誰よりも理解していた。透はリスクを取って屋外のモジュールへ走るだろう。紺は目でそれを追い、その背中のラインに見覚えのある躊躇がないことを確かめた。

だがその時、外側の音とほぼ同時に、遠い方から別の悲鳴が重なった。硬直派の小隊が体育館の裏手、路地で何かを拾い上げた。光が閃き、奇妙な青白い放散が広がる。ひとりの兵士が手にしていた筐体から逆光銃に似た形状が突出していた。鎧のような装甲の隙間から見えたその筒は、紺の胸を鋭く締めつけた。

「奪われたのか?」茜の声は低かった。

「いや、誰かが勝手に…あれを単独で発動させた」美園がつぶやく。端末のログが彼女の指先で震え、そこに晒された通信履歴に注目が集まる。赤い文字で「発射」と書かれた痕跡。そこには発射者のIDしか残っていない。合意のフィードバックは無い。紺は記号のようにその一行を見つめた。合意がない発射――それは能力のもう一つの恐ろしいルールを示していた。

「誰も合意してないはずだ。単独発射って…」透が声を震わせた。が、すぐに誰かが吐き捨てた。

「やっぱり。硬直派だ。奴らは使えるものは何でも使う。仲間を道具にする」寧の口調には怒りが滲む。茜が唇を噛み、蓮が眉を寄せた。紺は自分が何を見ているのか理解している。逆光銃は仲間と共有した作戦だけを“実現”する装置だ。合意のない発射は、能力の方向性が無差別に広がる引き金になる。発射者の意思が強ければ強いほど、それはより多くを巻き込む。紺の中で、数年前に見た映像がうずく。ある孤立した兵が、捕まえた装置を自分だけで使った瞬間、周囲の兵士も民衆も同時に視界を奪われ、共に倒れ込んだ。彼等は互いの身体の一部を失ったように、声も光も凍った。紺はそれを"共有の代償"と呼んだ。だがそれは、いつも使い手の倫理と周囲の合意に依存する。

体育館の外で、誰かが叫んだ。短く、苦痛に満ちた声。紺はその声が、外の民衆の一人だとわかった。硬直派の単独発射は、すでに無差別な影響をもたらしている。街路灯の光が偏り、歩道にいる人々の影が歪んだ。視界が部分的に消え、音が遅れて届く。紺は手のひらに鈍い圧を感じた。もし自分がその場にいたら、何をしていただろうか。引き金を引いてしまったかもしれない。だが今は、引き金すら握れない。

「堀内が足止めしてる間に、我々で局地戦を組む。硬直派の発射を逆手に取れるかもしれない。…つまり、奴らが範囲を作った瞬間の盲点を突く」美園が言った。彼女は冷静に数字を並べ、可能性を切り出す。だがその提案は、同時に賭けでもある。範囲は予測不能だ。しかも今、逆光銃が二挺ある――一つは彼らの手の中に置かれていて、もう一つは敵の手にあ