逆光銃の護衛と凍結政府

逆光銃の護衛と凍結政府 第18話「第16章」

朝焼けの残り香がテント村の低い雲を染める頃、蒼井ハルはいつものように逆光銃を抱え、手袋越しの金属の冷たさを確かめた。右目の視界が、まだ白い膜のように欠けている。短い間隔で訪れる、ひゅんと抜けるような記憶の抜け──さっき話したはずの言葉が落ちて、次の瞬間には空っぽになっている。そのたびに胸が締め付けられる。

朝焼けの残り香がテント村の低い雲を染める頃、蒼井ハルはいつものように逆光銃を抱え、手袋越しの金属の冷たさを確かめた。右目の視界が、まだ白い膜のように欠けている。短い間隔で訪れる、ひゅんと抜けるような記憶の抜け──さっき話したはずの言葉が落ちて、次の瞬間には空っぽになっている。そのたびに胸が締め付けられる。

「ハル、大丈夫か?」ミサキがそっと声を掛ける。彼女の声は近くて安心する。ミサキの手が帽子の下から伸びて、ハルの顎を軽く持ち上げる。ハルは瞬間の記憶の欠片を手繰りながら、ミサキの目を見た。目は曇りなく、決意だけがある。

「見える。右が薄いけど……動ける」簡単に言ったつもりだったが、言葉を紡いだ直後、昨日の夜に交わした約束の半分しか思い出せない感覚が襲う。計画、合図、誰が退路を確保するか。どれもすり抜ける砂のようだ。

「無理はするな。凍結局の巡察が増えてる。梅本少佐が来るって情報が入った」ケンジが無骨に言った。彼は道具箱を肩にかけ、煙草の匂いを残していた。ケンジの目は機械的に周囲を計測している。彼の手には通信ジャマーの試作品と、小さく折り畳まれた地図。ハルは地図の端を触り、何か大事な線が隠れているような感覚に捕まったが、その線が何を示すのか記憶が引きちぎられていた。

テントの外、金属の車輪が砂を噛む音が遠くから聞こえた。凍結政府の巡回車だ。白い外套に寒そうな青が差す制服。巡回は単なる偵察ではない。接収の予告、選別のための書類、そして――逆光銃を「危険物」として押収するための命令を携えている。

「来たか」千代が呟く。村の長老である彼女は、顔じゅうに茶色い皺を刻んで笑う癖があるが、今は笑っていない。千代はテントを出て、群がる避難民たちをなだめに回る。どの顔も疲れていて、どこか諦めの色が混じっている。ハルはその諦めを見ないように視線を左に向けた。右の視界の欠けが、他人の表情を半ば消し去る。

巡回車が停まり、ドアが開いた。凍結局の執行官、梅本少佐が降りる。低い声で命令を放つその姿は、制度の冷たさを体現していた。「避難民の登録と携行品の点検を行う。非登録の装備は凍結司令部に移送する」

「逆光銃も対象ですか?」ミサキが静かに訊く。訊ね方に剣呑さはなく、しかしその声は周囲に伝わる。

梅本の視線がハルに留まる。鋭い。曖昧さを容赦しない。「可能性がある装備は全て。国家の安寧に反するものは排除する」

排除、安寧。言葉は紙のように薄いが、重い。ハルは手で銃の鞘を握り直した。金具の感触だけが確かな世界だ。

「ハル、ここは正面から行くのは危ない。合意がないと――」ミサキが言いかけて、言葉を詰まらせた。二人とも、その先の説明を知っている。逆光銃は媒介だ。仲間と作戦を共有し、すべての意思が揃って初めて一つの戦術が現出する。だが、同意なしに起動しようとすれば、銃は敵にまでその作用を及ぼす。敵さえ"影響"させてしまう。その"影響"がどういう形を取るかは、いつも曖昧で、だからこそ恐ろしい。さらに、単独で引金を引けば反動は身体に返ってくる。感覚の一部を奪い、記憶を削る。ハルはそれを知っている。身をもって知った。

「私たちの合意を無視して使うと、敵にも同じものが降りかかる。それで善き結果が出るとは限らない」千代が低く言った。彼女は群衆を見渡し、幾人かの目を確かめる。合意は存在するか。誰かの怖れや圧力によって上書きされていないか。

そのとき、巷にいた一人の男が小さく立ち上がった。若い家族の父親。顔は硬く、手は震えていた。「渡せば子供を安全にしてくれるって言ってるんだろう。俺は……」声が切れた。恐れと安堵。彼の言葉が群衆の間に波紋を広げる。黙って降伏する方が楽だという誘惑。ハルはその男の名前を思い出せない。記憶の欠片がまた零れる。

「合意がゆらぐなら、それでも使うべきだと?」梅本はほくそ笑んだ。「合意がなくとも、装備を作動させれば効果は敵にも及ぶ。貴君が望む安全をすぐ届けられる。それが嫌なら、装備を渡せ」

敵を巻き込むことを肯定する口ぶり。罠のように信用できる言葉だった。

ハルの手が銃のグリップに触れた。冷たさが骨の奥に届く。身体の中で、昨日の使用の代償が再燃した。右目の奥で白い裂け目が走り、視界の端から景色が崩れる。耳鳴りのように、昨日の断片が干渉してきた:合図は左三つ、後退は二段、ケンジは上水路の栓を閉める──その断片は刃物のように短く、掴もうとすると消える。

「やめてくれ」ハルの声は思ったよりも細かった。「勝ち負けを敵に委ねるな。合意は、奪われたら意味がない」

「合意がない、あるいは偽装されている状態で使うと、どうなる?」梅本は質問を返した。彼は知っていた。制度は知っていた。逆光銃の条件は、制度の歯車として利用できる。それが彼らの狙いだ。合意を偽造し、武器を起動させ、結果として出た“効果”の責任を避ける。影響は被害者を選ばない。だが法律はそれを正当化する。

群衆の中で議論が起こる。ある者は降伏に傾き、ある者は抵抗を願う。合意は揺れる。ハルは指先にかかる微かな震えを押さえ、不確かな記憶の断片を押し戻すために深呼吸をした。過去の自分なら、計算して即座に動いた。前世の護衛としての身体が、無意識のうちに敵の位置を予測していた。しかし今は、計算のいくつかが欠落している。

「私たちの選択でしか守れないものがある」ミサキが言った。声は低く、しかし確かだ。「敵に"代わり"をやらせるわけにはいかない。ハルが一人で引くことは許さない。できるなら、皆の意思で守る。そうでなければ、違う方法を探す」

ケンジが動いた。彼はテントから小さな機械を取り出し、巡回車のアンテナに向けて向けた。ジャマーのスイッチを入れ、低いビーピー音が村全体を包む。「通信を切る。外からの命令が偽造される余地を少しでも奪うんだ」彼の計算はシンプルだ。時間を稼げば、合意を得られる可能性が上がる。

だが梅本は軽く笑った。「国家の手続きはネットワークだけじゃない。現場の記録は担当官の判断で成立する。君たちが通信を切っても、我々は法によって動く」彼の言葉は剣だった。制度はいつでも抜刀できる。

事態が緊迫する中、千代が一歩前に出た。彼女の手には古い布が握られている。布の中には、誰かの証書の束。村の古老たちの署名、簡単な意思確認の文書。完璧とは言えないが、抵抗と結束の証だった。千代はそれを梅本に差し向ける。「私たちは自分たちのことを決める。誰かを説得して、誰かを脅して得た合意は無効だ」

梅本の顔が硬くなる。彼は一瞬、躊躇した。行政と現場、法と正義の間で僅かな迷いが見えた。その僅かな隙を、ハルは見逃さなかった。ハルはポケットからもう一つの紙切れを取り出した。手が震える。そこには、昨日の移動ルートと合図の一部が走り書きされている。覚えている限りを必死に書き残したものだ。

「私が決める。私の手でやるわけじゃない。皆の合意で」ハルは言った。言葉が重くなる。右目の裂けはさらに広がり、色が淡くなる。もう長くは持たない。この選択は彼一人の身体に重い代償を付けてくる。

「合意か?」梅本が低く尋ねる。彼の目は細く、ハルの表情を探る。

千代が周囲に目を回す。避難