火薬花の教官と擬態兵団

火薬花の教官と擬態兵団 第13話「第12章」

火薬花の光が、天井の裂け目からゆっくりと落ちていった。白と藍の粒子が雲のように広がり、影織の視界を薄く覆う。床の金属板が、微かな振動音を伝え、遠くで鋼の足音が節を刻む。火薬の匂い。焦げた硝煙の香りが喉の奥を掠め、影織は一度、息を詰めた。指先が震える。耳が、確かに、遠くなっていく。

火薬花の光が、天井の裂け目からゆっくりと落ちていった。白と藍の粒子が雲のように広がり、影織の視界を薄く覆う。床の金属板が、微かな振動音を伝え、遠くで鋼の足音が節を刻む。火薬の匂い。焦げた硝煙の香りが喉の奥を掠め、影織は一度、息を詰めた。指先が震える。耳が、確かに、遠くなっていく。

「来い、影織。」低い声。籠目(かごめ)──擬態兵団の司令は、作業台の影から姿を現した。顔は高性能な擬態で老若男女の皺を重ねている。だが立ち居振る舞いが、嘘を暴いていた。彼の目は、いつでも人を測る計器のように冷たい。

「ここまで来たのは、あんただけじゃない。外に意志を持つ人間がいる。合意が行われれば、火薬花は──」影織は言葉を切った。火薬花は媒介だ。共有された作戦を「一度だけ」現実にする。だが単独で触れれば、感覚の一部を失う。仲間の合意を無視すれば、能力は敵にも作用する。それを籠目は嘗て利用して、人々の選択を奪ってきた。

「合意だと? お前の教官風情が仲間を募るのか。」籠目は鼻で笑った。「弱い者の選択を守るだって? 選択は我々が軽くする。負担から解放してやる。合意など、演出でいい。放送で一斉に『同意』と言えばいいのだ。お前が迷う必要もない」

薄いモニターに、ルカの声が割れて入る。外からだ。影織は視界の端で、火薬花の粒がルカの背中を照らしているのを見た。ルカは、住民たちと肩を並べていた。ひとりひとりが、小さな火薬花の芯を持っている。手の中で温かく揺れる光。それは合図であり、同意の印だった。

「ルカ、本当に──全員が投票するのか?」影織は問いかける。耳が遠くなっていく。籠目の声が、遠雷のように響いた。

ルカの返事は静かで、だが砕けない。 「強制の同意なら意味がない。テレビや拡声器で『同意』を流すやり方は、やめさせた。今いる全員に、顔を見て、手を触れて、意思を確認してもらっている。だれかが逃げたら、その人は外れる。自分が参加するかどうかを自分で決める。それが約束よ」

手続きは単純だった。住民は円になり、互いに掌を合わせ、声を出して「私は選ぶ」と言った。声は震えたが、本物だった。強制ではない意思。影織は、それが作戦成功の鍵であることを知っていた。擬態兵団の力は、選択を奪う制度によって補完されていた。たいして、火薬花の能力は選択を起点に機能する。両者は同じ根を共有していた。制御する側が他者の選択を握れば、技は支配の道具になる。逆に選択を取り戻せば、技は守るための道具になり得る。

だが籠目は、画策を仕掛けていた。先刻、放送に混じって偽の「同意」音声を流していた。彼は一つの賭けに出る──影織が合意を重んじる間に、彼は「演出」で一斉に合意をねつ造し、火薬花を敵に向けさせるつもりだった。敵にも作用するという禁止事項を覆し、逆に影織を罠に嵌める。もし影織が単独で触れれば、感覚を失う代償を支払いながら、籠目を打ち負かせる。だがそれは影織を英雄として祭り上げるのではなく、彼を孤立させ、再び誰かの選択を奪う結果を生む可能性があった。

影織の掌は、机の縁に食い込んでいる。手に伝わる冷たさが、彼を現実に引き戻した。

「お前は一度、感覚を失ったな。」籠目は近づき、囁くように言った。「もう一度なら、完全に奪える。使え、影織。単独でやれ。誰もお前の代償を取るな」

影織の胸の中に、古い記憶が浮かんだ。前世の現場で、彼が教官として命を預かった瞬間。犠牲を数え、他者に託したときの手応え。人を守るとは、決して独りで背負うことではない。だが目の前で揺れる火薬花は、彼の中の習性を刺激した。即座に動き、痛みで抑える──それは楽な道にも見えた。

外から、ルカの声が割り込む。 「影織、こっち。今だよ。合意は揃った。自分の言葉を聞いて。選ぶのは私たちだ」

彼は、決断を迫られた。単独行動で籠目を排するか、共同で擬態兵団を剥ぎ取るか。もし彼が単独でまた再び感覚を代償にすれば、籠目は確実に壊れるだろう。だが失われるものは、彼がずっと守ろうとしていた「選ぶ権利」に似たものだった。

影織は唇を噛んだ。煙の中で、微かな金属音が聞こえる。外で住民が一人、短く笑ったような音を立てた。決意は風のように訪れる。

「いいか、籠目。僕はもう、誰かの代わりにはならない。僕たちは僕たちのやり方で解く」影織の声は、以前のような確信を含んでいた。耳鳴りが高くなるのを感じたが、言葉は揺るがなかった。「君を一人で倒すことはできない。だけど、皆で君の嘘を剥がすことはできる」

籠目は眉を上げた。「だから、それを実行してみろ。合意があるなら、どうなるか見せてみろ」

影織は両手を広げ、携えていた火薬花の芯を掲げた。手の震えは止まらない。だが振動の中で、彼はルカに目配せする。外では住民全員が指を火薬花に沿わせ、揃って自らの意思を声にしていた。「私は選ぶ」「私は選ぶ」──声がカスケードのように広がる。合意の輪が確かに形を成した瞬間、火薬花の粒子が反応する。光が、破裂ではなく、結合を示すように変わった。

「今だ!」ルカの掛け声。影織は祭壇のような場所に芯を打ち込んだ。火薬花は媒介として動いた。媒介の中心に、住民たちの合意がある。だが同時に、籠目は放送で偽の合意を流し続けようとする。擬態兵団の数人が、合意の輪の端に紛れ込もうと手を伸ばした。だが住民たちはもう騙されない。手を見て、顔を見て、息遣いを確かめる。三人の村人が、その偽物を認めると同時に声を上げた。「あなたはここに属していない。出て行け」

声は集団の意思になり、火薬花はその意思に応えた。粒子は籠目たちの表皮を透かし、擬態の下の機械的な骨格を浮かび上がらせる。金属と合成繊維の匂いが走り、偽りの笑みが引き攣る。擬態兵団は、外からの合意によって初めて「真正」の住民の輪に触れた。能力は住民たちの本当の同意にだけ反応した。それは彼らの選択という鍵でしか開かない扉だった。

籠目は、焦った。放送で合意を偽装していても、実際の手のぬくもりや視線には替えがなかった。だが籠目はもっと狡猾だった。彼は影織に目を据えると、言った。「お前は今こそ一人でもう一度使える。誰もが合意していると偽れば、全員に作用する。お前が単独でやれば、我々を滅ぼせる。だがその代償は──」

影織は握りしめた手を緩め、短く息を吐いた。耳はもうほとんど戻らない。だが彼は理解していた。もし彼が単独で暴発させれば、確かに籠目は崩れる。だがそのやり方は、また誰かの選択を飛ばす可能性を孕んでいる。彼は自分が以前に払った代償を思い出した。失ったのは、ただ感覚だけではない。誰かに決定を押し付けることで、守るはずの人々の尊厳を削ってしまうことも、同時に奪っていたのだ。

「最後の賭けに出る」と籠目が吐いた。だが皮肉にも、籠目の脆さこそが敗因だった。住民のそばで、小さな子が泣いた。子の母親がそっとその手を握り、囁く。「あなたはここにいる。選んだのよ」

その声を聞いて、影織は動いた。完全な単独暴発ではない。だが彼は、自らの聴覚を犠牲にして、籠目の中枢に近い機構だけを叩くための半端な接続を行った。「これで終いにする」彼は自分に言い聞かせるように、火薬花の芯を深く差し込む。合意は既に起動してい