光を偽る占い師は夜明けを疑う

光を偽る占い師は夜明けを疑う 第9話「第8章」

雨はやがて細い針のようになって、石畳の溝に縦線を刻んだ。路地の向こうからは兵舎の灯が漏れ、風に乗って時折、鉄靴の擦れる音が響く。レイナは黒いフードを深く被り、冷えた空気を肺に押し込んだ。左手の手首には、昨夜──無理やり引き出した証言を束ねたときに瞬いて現れた痕が薄く浮いている。刻まれた紋様は指の腹に冷たい凹凸を残し、時折わずかに脈打った。

雨はやがて細い針のようになって、石畳の溝に縦線を刻んだ。路地の向こうからは兵舎の灯が漏れ、風に乗って時折、鉄靴の擦れる音が響く。レイナは黒いフードを深く被り、冷えた空気を肺に押し込んだ。左手の手首には、昨夜──無理やり引き出した証言を束ねたときに瞬いて現れた痕が薄く浮いている。刻まれた紋様は指の腹に冷たい凹凸を残し、時折わずかに脈打った。

「ここで待っていろって言ったのに、すぐに動くなんて相変わらずね」

声は低く、しかし苛立ちよりもっと深い疲労が混じっていた。セラが傘をたたみ、雨に濡れた髪を耳の後ろに押しやる。彼女の手には小さな工具箱。屋根を落とす仕事はセラの担当だ。隣にはミロがいて、彼は荒っぽくも正義の感覚を持つ若者だ。遠くでカリムが影のように動くのが見えた。彼らはそれぞれ別の行動に出ている──屋根裏を伝って偽光の配線に触れる者、裏通りで守りを引きつける者、中心に潜入する者。レイナはいつもそうだった。声を集め、他人の声を束ねて「真実」を作る。だが今夜は、仲間が独断で動いた。計画はずれている。だから、彼らと再合流するための──証言の急ぎが必要だった。

「相手は、強制徴用された女工たち。昨日、倉の奥で何かを焼いたって噂がある。現場にいた人間は三人、うち二人は監視下だった。意志は囚われてるけど、『当事者の声』はまだ残る。あなたの術で束ねられる」

セラの瞳が冷たく光る。レイナはうなずいた。術は万能ではない。彼女ができるのは、言葉を繋ぎ当事者たちの体験を「証」に変えることだけだ。誰か一人の記憶だけでは、王の宣告の前で押し潰される。複数の声が一致したとき、初めて真実は手ごたえを持つ。だがそのたびに、彼女の内側から何かが薄れていく──色、匂い、指先の感覚。犠牲は明確だった。

倉の裏手には、濡れた木箱と古い麻袋が山のように積まれている。そこに座っていたのは女工の安津(あんず)だった。薄い毛布に肩をすくめ、顔は灰に汚れていた。彼女は指先で小さな布きれを何度も揉んでいる。

「焼かれるんだ。おもちゃとか、手紙とか。朝の光の中で笑っていた人の写真も、灰にするの。命令で」

安津の声は無機質に震えた。言葉が出るたび、目の奥に小さな灯りがゆらめいて消える。レイナはゆっくりと手を差し出した。声を束ねるとき、彼女は相手の視線を自分の胸に引き寄せるようにする。証言は糸のように見えることがある──薄い銀糸、かすかな光を放つ。それをレイナは指で撚(よ)って、胸の内の器に結び留める。器とは幻影でもあり、記録でもある。束ね終えると、彼女の胸に冷たい空洞が一つ残る。

一つ目の声が器に入ると、彼女は何か小さな記憶を失った。小さなやけどのように、指先から温度の感覚が消えた。レイナは手のひらを覗き込む。冬の朝にいつも感じた硬い朝風の痛みが、そこから引き剥がされていた。

「気にするな」安津は言った。「私たちが話すのを見られたら、容赦はしない。だから早く──」

語りは終わらず、次々と出てくる。子供たちの歌の紙切れ、校庭で泣いた小さな影、夜中に運ばれた箱。三つ、四つ、五つ。レイナは糸を撚り続けた。心の奥で何かが確実に遠ざかる。夕焼けの色を表す語彙が、いつの間にか舌に引っかかるようになっていた。

──やめろ。

叫び声とともに、遠くで銃声がはじけた。レイナは振り向き、路地の先に走る影を見た。ミロだ。彼は、何か大きなものを引きずっていた。背後に二人の兵卒が迫る。セラが屋上で工具を閃かせ、金属の鎖が切れる音がした。計画は崩れた。ミロは護衛を引き受けるため、無理をしたのだ。狭くなった時間の中で、選択は強いられる。

「逃げて! 私がここでまとめる」レイナは叫んだ。声に力が足りなかった。彼女はそれでも安津を立たせ、最後の証言を取りにかかる。最後の一つを器に結びつければ、彼女はその証を広場で晒すことができる。人々は目撃するだろう。だがその代償はこれまでより重い──救済を強制することで呪いが増幅する。

安津は小さな手で子供の名前を書いた紙を出した。「この子が──」紙は震え、インクは滲んだ。レイナの指先が紙に触れた瞬間、彼女の胸に掠れるような冷感が走った。器が満ちるのを感じ、同時に彼女の頭の中で何かが割れた。最初は、幼い日の歌の断片、母の手が鍋をかき混ぜる音、そんなものが音もなく消えていく。次にもっと大切なものが、静かにぬけ落ちた。母の顔が、ふっと、輪郭を失った。

「思い出して!」自分自身に言い聞かせ、レイナは目を閉じた。だが記憶は指先の砂のように滑り落ちる。代わりに、掌に冷たい糸が刻まれるのがわかった。痕は黒く光り、微かに脈を打つ。安津の息が短くなる。外ではミロの叫び声、セラの命令、金属のきしみ。決断はとめどない。

レイナは器を振り絞って立ち上がり、広場へ向かった。彼女の胸には多くの声が詰まっている。声を晒せば、群衆は動くだろう。だが同時に、彼女は知っていた──公に強制的に救済を促せば、呪いは縄のように締まる。実際、広場に着いた瞬間、空の偽光が一瞬だけ震え、遠くの塔の明かりが鋭く尖った。空気が重くなり、果ての見えない圧力がレイナの肺を押し潰す。

「聞け!」レイナは声を振り絞り、器の中の証言を開いた。言葉は糸となり、夜の空に薄い光の帯を描いた。それはまるで、偽の朝を演出するための灯りに対抗するかのようだった。人々は立ち止まり、雨に濡れた顔を見合わせる。驚き、恐怖、怒り、あるいはそれでも偽光を抱きしめる選択をする人間の微かな表情──すべてが浮かび上がった。

だが、器を広げた瞬間、レイナの右手に激しい痛みが走った。痕が燃えるように熱を持ち、そこから黒い蔓(つる)が空へ向かって伸びるのが見えた。蔓が風に触れるたび、遠い塔の偽光が応えるように脈を速めた。呪いが反応したのだ。強制の代価は即座に支払われた。群衆の中で、子供の母親が震え声で助けを求めた。子は救われた。だが救済の喜びが生まれると同時に、街の別の角で小さな灯りが消えた。どこかで、見えない負債が積み上がっていく。

セラが駆け寄って来た。雨粒が彼女のまつ毛に溶ける。彼女の目は怒りに染まっていたが、その奥に同情があった。

「なんで勝手に広げたの、レイナ! 計画は──」

「私は……選べなかった。彼女の声が、子の名が、もう押し潰されるって感じたから」レイナは答えた。言葉は震え、声は細い糸のようだった。「私がやらなければ、誰が。今、この瞬間の救いを優先したの。けれど…」

「あなたはいつも『真実を武器にする』って言ってた。それが代償になるって、私たちに言ってたくせに!」ミロが飛び込んで来る。彼の肩は泥だらけで、顔には血の跡。彼の後ろには一人、倒れた兵士の形が横たわっている。彼の目は怒りと後悔で揺れていた。仲間の一人が命を落としたのは、レイナの粘りが引き金になったのかもしれない。

議論は続いた。だが争いの中で、レイナは自分の手首に触れた。痕の紋様がいつの間にか薄い光を放ち、そこからまた脈が走る。触れると、懐かしいはずのものが手の中で崩れる感覚だけが帰ってきた──母の顔を思い出す代わりに、母が作った料理の匂いの断片がかすかに残る。完全な像はない。

「これ、見て」カリムが低く言った。彼