光を偽る占い師は夜明けを疑う 第24話「第22章」
広場の空気が、計算された温度で膨らんだ。朝焼けのように金色を帯びた光が、広場に張られた白布の天幕を透かして人々の肌を柔らかく撫でる。暁誓院の旗が風に揺れ、王権の紋章を縁取るように幾重もの小さな灯が点滅していた。演壇の一角に据えられた木箱からは、用意された証言が流れるように調声士の声が漏れてくる。偽りの朝。すべてが整えられ、安心を売るために光が演じられていた。
広場の空気が、計算された温度で膨らんだ。朝焼けのように金色を帯びた光が、広場に張られた白布の天幕を透かして人々の肌を柔らかく撫でる。暁誓院の旗が風に揺れ、王権の紋章を縁取るように幾重もの小さな灯が点滅していた。演壇の一角に据えられた木箱からは、用意された証言が流れるように調声士の声が漏れてくる。偽りの朝。すべてが整えられ、安心を売るために光が演じられていた。
ミオはその光を見つめた。金色は彼女の掌を滑り抜けるようで、触った記憶がべたついて残った。彼女の右手の甲には、いつの間にか小さな切り傷の痕が幾つか刻まれている。傷口は冷たく、擦れるたびに懐かしい匂い――子供の頃に母が編んだ布団の匂い――が遠くなっていくのを感じた。思い出すべきはずの名前が、舌先で薄くなって消えかけている。
「ここで止めるんだ、ミオ」
カイの声が耳元にあった。制服を脱いだ者の黒いコートが群衆の影と混じる。カイの掌は震えていない。だが目は消耗を映して乾いていた。彼は広場の片隅に置かれた警備用の木箱を指した。普段は厳しく封印されているはずの箱だ。その蓋からは、暁誓院が「回復の証言」として配布している偽の声紋体の装置がちらりと覗いている。
「中には台本と、声を増幅する小さな結晶が入ってる。あれが光を作っているんだ。人の記憶を揺らして光らせる──現場はそういう仕組みだって、内部の一人が言ってた」
トオルが低い声で言った。かつてカイと同じ治安隊にいた男だ。今は群衆の中で、まだ制服の名残が見える肩当てを隠している。彼の手のひらには膝まで隠した鍵束と、震えた気配が残る。カイは何も言わず短く頷くと、トオルに小さな合図を送った。
広場の前方で、高官が薄笑いを浮かべながら語る。遠方のスピーカーからは偽の被害者が「朝が来た」と繰り返すテープ音が流れる。目の前の光景は狡猾に安心を編み上げ、人々の恐れをそっと鎮めようとする。だがミオはそれを「光を偽る」という字義どおりに見た。合成の朝は、誰かの記憶を搾取している証拠にしか思えなかった。
ミオはゆっくりと両手を合わせた。彼女の能力は声や映像を惹き寄せるのではない。呪いによって見せられた残酷な光景を、当事者たちの証言として束ねてしまうことができる。だがそれは不完全で、束ねるほど彼女自身の大切な記憶が薄れていくという代償がつく。使い方を誤れば、救おうとする行動が呪いを増幅させる。今日は、すべてを賭ける一手だ。
彼女が念を紡ぐと、遠くの屋根からざわめきが伝わった。舞台裏で技師が気づき、灯の調整を試みる。だがその瞬間、広場の一角でトオルが走り寄り、木箱の蓋を引き裂いた。中から出てきたのは薄い羊皮紙の束と、指先ほどの黒い結晶石、そして幾つかの赤いスタンプが押された録音筒だった。録音筒の端子をいじると、砂を嚙んだような合成声が嘶く。技師たちの顔が瞬間的に蒼白になった。光が、ぎくりと震えた。
「ばらすぞ。全部、ここにある」トオルが叫んだ。彼は紙の束を高く掲げる。そこには配分表のように見える行列と、町ごとに割り当てられた「灯の分量」が記されていた。記憶──灯料と明記されたその欄は、数字と名前で埋められていた。ミオはその紙を一瞥しただけで、胃の底が冷えた。
ミオは口を開け、小さな声で呼びかけた。最初の証言は、拘束されていた女が暗い牢で見たものだ。ミオの声に引き寄せられるように、女の声が広場に満ちていく。だがミオが束ねたのはただの再生ではない。数十人分の囁きが織り合わさり、一つの長い糸のように伸びる。言葉は重なり合い、矛盾も欠片の嘘もない「当事者の合意」へと変わっていった。
光と声がぶつかる。偽りの朝が発する均質な暖かさは、束ねられた証言の尖った真実に裂かれていく。プロジェクターの光がひび割れ、影がそこから漏れた。金色の幕の下で、舞台装置の継ぎ目が露出し、機械油と焦げた布の匂いが匂い立った。人々の顔から安心が剥がされ、既に閉じかけていたまぶたが再び開いた。
「これが、本当の声だ」ミオの声が広場を満たす。彼女の周囲で、幾つもの顔がむっと脈打った。主催側のスピーカーが歪み、画面に表示されていた被害者の笑顔が崩れた。だが代償はすぐにやってきた。力を使うたびに、ミオは小さな部分を失う。今、彼女はゆっくりとひとつの記憶が抜け落ちていくのを感じた。
母の編み物台の横で、夜の空気に混ざって笑った声。ミオはその声を呼び戻そうとするが、言葉は掠れてむなしく指先から落ちる。彼女の舌は「マ――」まで出したまま止まり、続きが出てこない。手元の感覚が綻び、指の関節に誰かの指輪の感触があったはずなのにそれも消えた。顔の片隅にあった記憶の断片が、現実の周縁に滑り落ちていくようだ。ミオは息を吸い、震える自分の掌を見つめた。
それを見たレイナが駆け寄る。傷ましいほどに冷静な瞳で、彼女はミオの肩を抱き寄せた。レイナは医療班の経験から、力を使い過ぎた者のショックを緩和する術を知っている。だがその手は、ミオの消えゆく思い出を戻すことはできない。レイナは僅かに歯を食いしばり、ミオの耳元で囁いた。
「覚えて、いることを置いておきなさい。私たちが、それを守る」
群衆のざわめきは怒号へと変わった。支持者と反対者が入り混じり、押し合いが始まる。暁誓院側は治安隊を動かして人々を抑えようとしたが、その多くが今や揺れていた。トオルの裸の紙が投げられ、誰かがそれを拾って読み上げる。配分表の一行一行が、これまで知らなかった犠牲者の名を晒していく。人々は自分たちの古い記憶が、いつの間にか照明の燃料に換えられていたことを理解しはじめた。
しかし、力の使用はもう一つの代償を生んだ。束ねた証言は人々を動かすが、救済のために行動を強制すると呪いが跳ね上がる。カイは広場の中央で判断を迫られた。人混みで危険に晒されている子供たちを見つけ、即座に引き上げろと号令をかけることはできる。だが強引な救出は彼らの意思を押し潰し、呪いをさらに肥大させることをカイは知っていた。だが子供の目は今、真っ赤に充血し、恐怖に震えていた。
カイは手を伸ばした。その瞬間、広場のあちこちで黒い斑点が現れた。最初は小さな濡れ染みのようで、次第に皮膚に浸透していく。子供の腕に広がったその斑点は、つるりとした光沢を持ち、まるで墨で描かれた呪印のように爛れていった。叫び声が広場を切り裂いた。
「やめろ!」ミオは立ち上がり、全身から何かを引き裂くような痛みを感じながらも声を張った。彼女が救いを強いることはしなかった。だが、カイの命令は既に人々の手を動かし、トオルの呼びかけで一部の市民が子供を囲って引き取り始めた。救出は生き残りを生むが、強制は呪いを餌にする。黒い斑点は救われたはずの者の腕に広がり、呪いの形をはっきりと露わにした。
ミオは胸を押さえ、吐き出すように空気を吸った。呪いが増幅した瞬間、彼女は何か鋭いものが肋骨の隙間を挟むような冷たさを感じた。代償は確かに増えた──だが、群衆の目はもう戻らなかった。人々は舞台の虚飾を見破り、自分たちの記憶が商品に変えられていたことに怒りを見せていた。
混乱の中、トオルは箱の奥からもう一つの書類を取り出した。それは封蝋のついた薄い帳面で、表紙には「