光を偽る占い師は夜明けを疑う

光を偽る占い師は夜明けを疑う 第22話「第20章」

石積みの門をくぐると、空気が一段と重くなった。埃と古い油の匂いに混じって、かすかな金属のような香り——夜核が放つ残り火の匂いだ。足もとで砂利が乾いた音を立てる。屋根の影に縁取られた中庭には、古びた祭壇が一つだけ残されていた。木彫りの台座の上に、薄い銀糸のような器具が置かれている。昼間でも吸い込まれるような暗さを、その細工がぎりぎりで受け止めていた。

石積みの門をくぐると、空気が一段と重くなった。埃と古い油の匂いに混じって、かすかな金属のような香り——夜核が放つ残り火の匂いだ。足もとで砂利が乾いた音を立てる。屋根の影に縁取られた中庭には、古びた祭壇が一つだけ残されていた。木彫りの台座の上に、薄い銀糸のような器具が置かれている。昼間でも吸い込まれるような暗さを、その細工がぎりぎりで受け止めていた。

「ここが、かつて夜を守っていた場所……」カズマが低く呟く。彼の指先は台座の縁に触れた。触れた瞬間、掌に一瞬だけ冷たい刺痛が走り、わずかに青く脈打つような光が見えた。だがそれはレイナの見間違いではなかった。光は血管の下で踊るように、けれど外には出ない。

祭壇の向こう、木戸の影に老人がいた。しわ深い顔に刻まれた線は、夜に身を投じてきた年月そのものだった。背を丸め、杖を杖としてだけでなく身体の一部のように頼るその人が、一族の長だと名乗った。朔(さく)という名。声は思ったよりもはっきりしていた。

「ここに来たのか、占い師さん。あんたの噂は遠くまで届いとる。だが噂は噂。夜核は噂以上のもんじゃ。触れて知る者じゃなけりゃ、ただの火遊びで終わる」朔は祭具に手を伸ばしてから、止めた。指先は触れず、ただ空気を撫でるだけだった。

「私たちは、夜が盗まれているのを見てきました」レイナは静かに言う。言葉を選ぶたび、心の中に薄い緊張が走る。彼女の術は言葉と証言を繋ぎ、真実を編む。だがそれは、確かな代償を伴う。記憶が薄れる。それはいつも、何か大切なものが霧のように消えていく形で始まる。

朔はレイナの顔をじっと見た。老人の目には、見聞きした数百の夜が映っている。やがて朔は小さく息をつき、言葉を選んだ。

「夜核——我らはそれを『選択を守る器』と呼んでいた。人々の意思を受け止め、夜の守り手としての役目を果たす。だが器は、使う人が変われば道具になる。器の原理は選択を可視化することにある。合意がなければ動かない。だが合意は、外から作られるものではない」

そのとき、庭の片隅から子供のすすり泣きが割り込んだ。薄い毛布にくるまった少女が、床にうずくまっている。顔は蒼白で、瞳の中に異物が漂っているようだった。近寄ると、少女の胸は荒く、呼吸のたびに胸を刺すような細い痛みが走るのがわかった。

「ミルだ……」誰かが小さく呟いた。ミルは朔の孫だと説明があった。近年、都市側の呪術による『夜消え』の影響は辺境にも及んでいた。小さな体が、制度の波に揺れている。

「助けてほしい」朔の声が震えた。老人の手が震えている。だが目には強い意志が残っていた。ここで、合意の話が現実の痛みに接触する。レイナは何をすべきかを瞬時に判断しなければならなかった。

「証言を寄せてください」レイナは低く言った。彼女の指の先で、微かに光が生まれる。偽りの光。見せかけの灯り。彼女が術を展開するとき、呼吸はいつも少し浅くなる。光は言葉を編み、記憶の断片をひも状に結びつける。だが縒り合わせるたび、彼女自身の織り糸が解けていく。

近くにいた老女と、若い鍛冶の男、そして朔が見た不審な夜の訪問者——三つの記憶が集められた。老女はキッチンの窓から、薄い布を纏った影が路地を滑っていったと語った。鍛冶は鉄を熱する中で、鋭い音とともに夜が裂けるような感覚を覚えたと言う。朔は、かつて夜核を預かっていたものとして、ある儀礼の欠落を挙げた。言葉はいずれも細部が違った。だがレイナは、その違いを編み、共通の線を探り当てる。

指先でかすかな糸を操ると、言葉が空気の中で重なり合い、透けるような網になった。網の中に、ミルが笑っていた記憶と、夜の裂け目から流れ出る冷たい光の像が重なっていく。網は真実を形作る。人々の証言が紡がれ、ひとつの場面を照らし出した。

だがその瞬間、レイナは何かを失った。胸の奥にしまってあった母の笑い声が、ふっと消えた。彼女の手にあった指輪の感触がぼやけ、いつもそばにあった重みが軽くなった。思い出そうとすると、そこに在ったはずの顔が曖昧な輪郭だけになる。香り、声の高さ、指の皺——記憶の一つ一つが砂の粒のように指の間からこぼれ落ちていく。

「レイナ!」ソラが咄嗟に叫ぶ。若い技術者の顔が青ざめ、彼女の肩を掴む。だがレイナは目を閉じると、さらに糸を撚った。証を強く束ねるほど、網は鋭くなり、真実は確かに見えた。ミルの胸に落ちていた黒い印。都市側が行う『選別の灯』の痕跡だ。小さな光を借りて選択を奪う、それが夜の裂け目から流れ出る方法だと網は示した。

網を押し当てるように、レイナはその真実をミルに当てた。強制的な救済——彼女の術は当事者の記憶を「見せる」ことで、呪いの認知を動かし、呪いの帰属を確定する。ミルの体にあった不穏な印は、ぐにゃりと波打って裂け、薄い煙のように解けていく。少女は大きな呻き声を上げ、目を見開いた。息を吸い込むと、はじめて彼女は泣き笑いのような、混じった顔をした。

その瞬間、庭の空気が裂けた。遠くの方角から地鳴りのような音が伝わり、空が薄く歪んだ。ミルの体から解け出したはずの黒い印が、ふわりと一瞬光って、レイナの手の甲に吸い付いた。ひんやりとした痛みとともに、指先からひざまで筋肉がぎゅっと収縮した。レイナは膝をついて、吐き出すように息をした。

「呪いが……増した」朔の声は震えていた。彼の目にはかすかな恐れが浮かぶ。ミルの胸のあった場所には、小さな空洞ができたように見えた。助かったはずの子供の体の一部が、どこか虚脱している。

「そうなる」とレイナは言った。彼女の声は震えていたが、そこに嘘はなかった。彼女が強制的に救済を行うと、その呪いの負荷は自らに寄せられる。今回のように、解けた痕の一部が彼女に付着した。痛みは肉体だけでなく、記憶の奥底を引っ掻いた。さっき消えた母の笑いは、もう二度とその形を取り戻さないかもしれない。

朔は祭壇に手を置き、静かに言った。「合意——それが鍵だ。夜核は、合意の音を取り込んで働く。外側の力で『合意』を作るならば、器は応えないか、あるいはねじれて光を偽る。お前の術で一つの証を固めれば、目の前の呪いは消える。だがそれは代償を呼び、器の本来の動きを傷つける。しかも合意は一つではない。ここに住む者たちの声、周囲の村々の声——すべてが揃わねば、装置は真の停止に至らぬ」

「つまり、どうすればいい?」ソラが拳を握る。若い顔は怒りと焦燥で紅潮していた。ここでの行動が、次に何を引き起こすか、彼らはもう少しも見当がつかなかった。

朔は祭壇の上にある小さな鏡のようなものを指さした。銀糸で縁取られたその板は、磨耗しているが確かに光を返した。光は刺すような冷たさを帯びていた。

「これが決断の鏡だ。合意の声がここに届けば、器は眠りにつく。しかしその声は、自らの意志で発せられねばならぬ。外の力で声を繋いだら、鏡はそれを『偽りの合意』として弾く。弾かれたとき、器は守りではなく、鎧となり、呪いを増幅する。だが——お前さんの力を使えば、証は集められる。お前さんが重ねる証だけで、ここで一時的に動かすことだって出来るかもしれん。だがその代価は、お前さんの記憶と、そして呪いの増幅だ」

レイナは倒れそうなほど疲れ