光を偽る占い師は夜明けを疑う

光を偽る占い師は夜明けを疑う 第16話「第14章」

夜の広場は、光と煙の鼓動で呼吸していた。偽りの灯りが石畳の目地を撫で、はじけるたびに周囲の影が小さく震える。空気には焦げた砂糖の匂いと、何か金属が溶けるような生臭さが混じっていた。群衆の声は遠ざかる波のようにぶつかり合い、だれかが叫ぶたびにその波紋が偽光に反射して乱反射した。

夜の広場は、光と煙の鼓動で呼吸していた。偽りの灯りが石畳の目地を撫で、はじけるたびに周囲の影が小さく震える。空気には焦げた砂糖の匂いと、何か金属が溶けるような生臭さが混じっていた。群衆の声は遠ざかる波のようにぶつかり合い、だれかが叫ぶたびにその波紋が偽光に反射して乱反射した。

「レイナ!」

肩を掴む手の冷たさに、彼女は現実に引き戻された。ルカの顔が近づく。額には汗、まつげに灰。彼は深く息を吸い、唇を震わせながら言った。

「どうして、あんなことを——」

レイナの胸の奥に、冷たい裂け目のような痛みが走る。掌の中に、まだ温かい。そこに収まっているのは、かつて彼女が綴ったはずの証の端切れのひとつだ。ほんの小さな光の粒が、黒ずんだ膜に包まれて指の皺に沈んでいる。触れると芯から細い振動が伝わり、いやな記憶の断片が瞬間的に浮かんでは消えた。

「——名前が、出てこない」

レイナは自分の声の薄さに気づく。さっきまで確かに知っていたはずの、救った女の子の名前が、どうしても唇に乗らない。思い出そうとすると、記憶の縫い目が引っぱられるような感覚があって、代わりに何か別の景色が押し出される。小さな葉擦れの音、刃物を研ぐ匕首の冷たさ、母の香水の残り香——それらは断片として残るが、本来の名前は砂のように指の間を逃げていく。

「君がやったんだ、強制救済を……」群集の中から誰かが唾を吐く音が聞こえた。非難の矢は自然と彼女に向いている。彼女自身もその矢を感じていた。だが怒りの矢の先にあるのは、彼女の胸を貫いた"種"であり、それが今、街の偽光を喰らわせている。

「違う、違うんだ。あれは──」レイナは言いかけて止まった。言葉が自分の口から溢れる前に、頭の中の景色が切り替わる。術を行った瞬間、後背で渦を巻くような共振があり、彼女の術式は群衆の怯えた声と、公の装置に組み込まれた信号に触れ合った。触れ合った先で何かが応え、彼女の『証綴り』は強制の型を取ってしまったのだ。

ミナが近づいてきて、ルカと言い合うように腕を組む。目は固くて、瞳孔に光が映っている。

「責めるのは簡単よ。でも、今必要なのは止めること。増幅した夜核を放っておけば人がもっと壊れる」彼女の声は冷静だが、震えで縁取られている。

「止めるって、どうやって? あの偽光はただの灯りじゃない。あれは──」ルカが指差す先で、偽光の合間から黒い煙が渦を巻いて立ち上がった。光が脈打つたびに煙の縁が赤黒く煌めき、そこから小さな破片が零れ落ちては群衆に向けて散っていく。破片が触れた人の頬に一瞬、フラッシュのような笑顔が貼りつく。だがそれは笑顔の骨格だけを取り出したような、不自然な輪郭だった。

「強制したのは、私だ。私が救済の呪文を押し込んだ。だけど——その代償で、私は名前を忘れた。あの子の顔も、笑い声も、全部が薄れる」レイナは腕の中の黒い粒を見つめる。粒の表面には微かに街の灯りが反射して、まるで小さな夜そのものを内包しているようだった。

手が震え、指先から微かな冷えが脳を叩く。彼女が『証綴り』で当事者たちの証言を束ねるたびに、その束ねた真実は彼女の中で実体化する。だが実体化は等価交換だった。真実を武器に使うほど、彼女の記憶は薄れる。彼女が「救済」を強制すれば、その救済は呪いを逆に増幅させる。今その現れが、広場の上で蠢いている。

「どうして強制になったの?」ハルが小声で問うた。彼は若く、まだ現場の圧力を完全に理解していないようだった。彼の手には観察用の小さな記録器が握られている。彼は録画した映像を全て確認すべきだと考えている。冷静な行動をしたい、だがどこかで彼もまた感情に飲まれかけている。

「公共の装置に、"合図"が仕込まれていたのよ」ミナが眉間に皺を寄せて答えた。彼女はレイナの手の中の粒を凝視し、そこに浮かぶ微かな符号を見つけたようだった。「術と装置は接続していて、不協和音を起こすと強制のモードに入る。あれは"偶然"なんかじゃない。組織の誰かが、私たちがやることを前提にして仕掛けた」

ルカの指先が硬くなる。彼は軍服の切れ端を腰に差していたころの癖で、ベルトを握り締めた。

「つまり、向こうが私たちの術式を読み解いて、それを利用したってことか。術師を道具にする——傲慢だ」彼の声は静かだが、怒りの渦は深い。彼にはかつて"治安"と名のつく正義の側にいた記憶がある。組織はそれを忘れさせた。今も忘れさせようとしている。

レイナはゆっくりと息を吐いた。肺の中の空気が灰と共に入ってくる。目の前の景色がかすんで、彼女は世界の輪郭を掴み損ねる。記憶が削れる感覚は、痛みに近い。髪の襟元に触れたとき、彼女は自分が昔愛用していた飾り紐の色を忘れていることに気づいた。

「私は……自分が誰かを思い出せなくなるのが怖い」小さな声で、レイナは言った。「でも、それで救える人がいるなら——そう、思ってきた。だから私がやったんだ。だけど、あの時、誰かの仕込みがあって、私の手が勝手に"強制"の鍵を回した。意志の外で救済を押し付けてしまった。増幅の応答が起きたのは、その瞬間」

ミナがぐっと息を吸ってから、静かに首を振った。

「故意か過失かは問い分ける必要がある。でも今は、増幅をどう抑えるかが先決だ。あなたを罰している暇はない。街が壊れるわ」

群衆の声がまた、一つの方向に集束する。誰かが祭壇のように作った高台に向けて、粗末な焚き火が積まれている。そこに近づくほど、偽光の脈動は強くなる。黒い煙は焚き火の上で旋回し、火の色を飲み込んでいく。

「救済を強制した者の心臓に、夜核は宿る」と誰かが言った。言葉は何処からともなく聞こえ、群衆をざわつかせる。かつての言い伝えが、今の事態にそのまま当てはまるように響いた。だがそれは迷信で片付けられる話ではない。彼女の胸の中にある黒い粒は確かに、振動を与えるたびに小さく輝き、増すたびに街の偽光が大きくなる。

ルカが、一つの決断をしたように言った。

「外科的に取り出すしかないかもしれない。夜核の宿りはそのままにしておけば広がる。だが取り出すには代償がいる。あんたの記憶のどこかを差し出すことになる。術師の核を切り離す手順は、いくら古い治具があっても、完全なものではない」

ミナが顔色を変え、ハルが息を詰める。レイナはその言葉を聞いた瞬間、深い闇の底へ落ちるような気持ちになった。記憶を切り取られることは、彼女が恐れていたことであり、しかしこのまま呪いを放置すれば街は滅びかねない。

「どの記憶を差し出す?」ルカが続けて問うた。「妹のことか。それとも……いつも頼っているあの人の名か?」

レイナの喉が渇く。妹の顔が瞬間的に、確かに浮かんだ。笑って駆け寄ってくる小さな影。だがその顔はすぐに薄れ、目の端に白い粗い粒子が散る。記憶の量を目に見える形で数える術はない。だが彼女は知っていた。失われるのは小さな事実ではなく、芯になるものだということを。

「私を裁くのは後でいい。まずは核を摘出する術を持つ者を探す。公の機構は関与しているかもしれない。だからここで取り押さえれば、彼らにデータを取られる。それは敵の思う壺になる」ミナが言う。彼女の瞳には決意が宿っている。彼女は情