心臓を借りる兵士は生まれ直さない

心臓を借りる兵士は生まれ直さない 第6話「第5章」

蝋燭の炎が、書架の隙間に細く揺れていた。石造りの記録室は冷え切り、届く空気は古い羊皮紙の匂いと金属のわずかな酸味で満ちている。ユウキはゆっくりと息を吐いた。息とともに、胸の奥に常にある黒い重みが小さく、だが確かに震えた。

蝋燭の炎が、書架の隙間に細く揺れていた。石造りの記録室は冷え切り、届く空気は古い羊皮紙の匂いと金属のわずかな酸味で満ちている。ユウキはゆっくりと息を吐いた。息とともに、胸の奥に常にある黒い重みが小さく、だが確かに震えた。

「こっちだ」ソウタが指差す。細い手の先には、厚い巻物を納めた一段だけ開いた棚。外套の縁で埃を払うと、古色を帯びた革の綴じが現れた。綴じの中央には、小さな印が押されている。幾重にも重なった細い線が、心臓を象った印章を囲んでいた。

「始原──心臓貸与法の初期記録。これが本物かどうかは、ページを開けば分かる」ソウタの声は震えていなかったが、掌だけが微かに震えている。彼は寺院で教えを受けた元修復師だ。灯が揺れるたびに、その掌が巻物の縁に触れて、微かな音を立てた。

ミナは二つの蝋燭を並べ、その炎を寄せた。近づいた炎が、羊皮紙の表面に薄い影を投じる。そこに描かれていたのは図式と文字、そして小さな挿絵だ。挿絵は、儀式の形式を示している。中央に据えられた箱。箱の蓋の上に、取り出された小さな器官のスケッチ。周囲には人々が円になり、何かを唱えている。

「心臓を借りる──か」ガルドの声は低く、ゴツゴツとした指先が図に触れると紙が軋んだ。ガルドは戦場を渡り歩いてきた男で、口数は少ないが仲間を守るためなら躊躇しない。ユウキはその背に、自分が守るべきものを思った。生まれ直さないために、彼はこの事実を暴かねばならない。

「ここに書かれているのは、最初の貸与者たちの証言だ」ソウタが囁いた。「ただの儀式記録じゃない。証言を集めて、互いに裏付ける形で成立させた──術式の根幹が、観察された『事実』を重ねていくところにあるらしい」

ユウキは巻物に手を伸ばした。触れた瞬間、冷たさが指先から腹まで走り、蝋燭の炎が一斉に揺れた。火の影が床に長い指を伸ばし、棚の奥に潜んでいた小さなガラス箱の中にあるものを照らす。そこには、白化した小さな器官が布に包まれて横たわっていた。干からびた小指のような它が、彼らの息遣いを吸うようにそこにあった。

ユウキは息を飲む。言葉以前の嫌悪と畏怖が胸を締め上げる。彼は目を閉じ、瓦の音が遠ざかるように心を静めた。能力はいつもそうだ。証言を束ねるために、まず“声”を呼び寄せる。だが今回は大量の“初期の声”が、紙と蝋燭と器官の間に満ちていた。

「やるなら、少しずつにしよう」ライラが言った。彼女はユウキと同じくらいの年齢で、戦友で、ユウキが忘れまいと胸に刻んだ顔の一つだった。ライラの指先が、ユウキの肩に軽く触れる。冷たさを感じた。彼女の目が揺れていた。恐怖なのか、あるいは──期待なのか。ユウキには見分けがつかなかった。

ユウキは息を吸った。能力を使うとき、彼は自分の中の小さな鉱脈を開かなければならない。そこから“当事者の声”を引き出し、互いに重ね合わさせる。そのとき、真実は鋭く整う。しかし代価は不可逆だ。彼はいつも、代価を胸の奥で感じる。今回はその痛みが、冷たい金属の味になって口に残る。

最初の一文を口に出す。低く、ほとんど自分にしか聞こえない声で。

「証言を束ねる。ここに記された者たちの言葉を、ひとつに。真実として刻まれよ」

火が一つ、また一つと強く燃え、蝋燭の上で小さな映像が現れた。映像は透明で、炎の奥に人影が浮かび上がる。それぞれが薄い声で言葉を紡ぐ。最初は幼い女の声、次に老いた男の静かな呻き。声は重なり、リズムを作る。ユウキの胸の奥が引き裂かれるようだった。

「いや、ゆっくり──」ソウタが懇願する。しかしユウキの掌は止まらない。彼は証言を求め、身を投げ出した。炎の中から引き出された声は、はじめは外側の者を語る。それでも声が増すごとに、蝋燭の光がユウキの頭蓋に染み込むように間接的な記憶を映し出した。戦場で見た風景、儀式のあった広場、誰かの泣き声──だが同じとき、彼の胸にしまってあった何かが溶けていく。

一つ、二つ、鮮明な映像が消えるたび、ユウキの中の細い鮮明さが薄れる。最初は時計の音、次は昼下がりの匂い、そして──最後に、ライラの顔。ああ、と彼は思ったが――その「思った」が何を指すのかがつかめなかった。顔の輪郭が指の間からこぼれ落ちるように、細部が消える。鼻の形、笑い皺、額に走る小さな痣。彼はそれらを掴もうとしても、掌の中は空っぽだった。

「ユウキ?」ライラが声を震わせた。彼はその声を聞いたとき、胸の中の空洞が音に反応して、さらに冷たさを吐き出した。言葉が口をついて出る。だがそれは呼び名ではなく、ただの音だった。

「大丈夫か?」ガルドが近づく。ガルドの呼び声に力がある。彼の手がユウキの肩を掴んだとき、皮膚越しに暖かさが伝わり、ユウキは一瞬、何かを思い出しかけた。だがその断片はまた、蝋燭の炎に吸われるように消えた。

ソウタが巻物を押し開く。文字が彼の目に燃えるように飛び込む。声を紡いでいた蝋燭の炎は、やがて一つの白い心臓の像を形作った。映像は滑らかにその輪郭を描き、細い血管のような線がまるで糸のように伸び、ユウキの胸に向かって一本の光の紐となって伸びる。そして、その瞬間、ユウキは確信する──自分がなにかを差し出していることを。記憶という名の代価を。

「何を見えなくした?」ライラが尋ねる。ユウキは唇を震わせて反応する。なにを、という問いは、もはや答えを結べない網の端を撫でるようだった。

「……顔が、」やっと出た言葉に、ユウキは自分自身が震えているのを感じた。「君の、顔が──うまく、浮かばない」

その言葉を聞いた瞬間、ライラの目が濡れた。彼女は膝を折り、ユウキの目の前に座り込む。彼女の表情は、ユウキにとっておそらく最も馴染み深いものだったはずだ。だがユウキの脳はその表情を再構成できない。彼女の頬の丸み、唇の微かな傷、眉間の癖──どれもが、池に沈む小石のように波紋のあとだけを残して消えていった。

「私を忘れるの?」ライラが、もはや怒りでも懇願でもない、ただ静かな問いを投げる。ユウキは首を振った。だが、その首振りはなぜか空虚だった。忘れるつもりなどなかった。生まれ直さないという誓いのひとつに、彼女の顔を胸にしまっておくことが含まれていた。だが能力の代償は、誓いを引き裂く形で支払われる。

「忘却は、この術式の補填になるんだ」ソウタが言った。彼の息は荒い。巻物の隅に記された小さな字を指でなぞる。そこには、予想もしなかった一節があった。「当事者の証言を無理に合致させると、補助成分として記憶の放出を要す。特に『個人的情感』は落ちやすい」

ユウキの胸の中で、黒い重みがさらに深く沈む。個人的情感とは何だ。ライラの名前を口にするたび、微かな香りがした。戦場で交わした短い言葉、燃えた旗の匂い、泥の感触──それが彼の心の中に残っているはずだった。だが今はそれが薄い膜一枚のようで、触れたら破れそうだ。

ミナが片膝をつき、ライラの手を取る。細い指が温かく、ユウキはその温度を頼りにしようとする。ミナの瞳が真っすぐにユウキを見据えた。

「証言は力だよ。だけど、あんたが払ったものは取り返せない。私たちがどう使うか、今は決めなきゃ」ミナの声は震えていない。彼女はいつもなら冗談をはさ