月を裁く鍛冶師は人間でいる

月を裁く鍛冶師は人間でいる 第10話「第9章」

雨は橋の欄干を叩き、鉄の音に似た小さな拍子を刻んでいた。油紙の笠が滴を弾き、顔にかかる冷たさが縦に走る。橋の中央、欄干に寄りかかる人物が二つ。ひとつは濡れた鍛冶屋の外套をまとった綾城鋼(あやしろ はがね)——長い掌と焼けた指先。もう一方は艶のある外套に白く縫い目の通った官服を重ねた若い中間官、葛城理央(かつらぎ りお)だった。雨に照らされた月の反射が水面で二つに割れ、揺れるたびに鋭い刃のような光を落としている。

雨は橋の欄干を叩き、鉄の音に似た小さな拍子を刻んでいた。油紙の笠が滴を弾き、顔にかかる冷たさが縦に走る。橋の中央、欄干に寄りかかる人物が二つ。ひとつは濡れた鍛冶屋の外套をまとった綾城鋼(あやしろ はがね)——長い掌と焼けた指先。もう一方は艶のある外套に白く縫い目の通った官服を重ねた若い中間官、葛城理央(かつらぎ りお)だった。雨に照らされた月の反射が水面で二つに割れ、揺れるたびに鋭い刃のような光を落としている。

「来てくれて、ありがとう」理央は声を潜めた。声の端に役所の油の匂いが混じっているようで、冷静だが緊張が隠せない。濡れた髪の一本が額に張り付く。

鋼は短くうなずいた。背後に控える二人の仲間がいる——志摩杏奈(しま あんな)は黒い革の外套を着て、雨粒を弾くたびに唇を引き結んでいる。小柄なユキは傘を閉じ、藁のようなざらついた感覚を手のひらで確かめるようにしていた。三人とも、灯りのない橋の上で息を吐くと白い湯気が立った。

「あなたが言っていた――評議の中に」鋼は言葉を継いだ。「本当に、内部に希望があると?」

理央の瞳が短く揺れた。濡れた睫毛が水滴を落とす。「希望、という言葉は大げさです。ただ、制度の一部が壊れ始めている。だが、外からの圧力がないと動けない。あなたの……やり方が必要だ。あの夜の——」と理央は言葉を切った。彼の手が内側の袂を探り、数枚の紙を取り出す。紙は濡れていない。役所の薄く乾いた匂いがする。

橋の下を流れる水の面で、月は三つに裂けて見えた。鋼の心臓が一度攫(さら)われるような感覚を覚える。彼の能力は、目で見るものを裁断するように、他人の記憶を束ねて真実を浮かび上がらせる。しかし束ねるほど、鋼の内側から何かが消える。代償の冷たさはいつも右手の先で、指先を眠らせるようにやってくる。

「何を望む?」鋼の声は低かった。

理央は紙を差し出す。「この地区で行われた『月裁』の記録です。公式の記録とは別に、秘密裏に行われた判定一覧。証言者がいる。かつて執行に関わった兵卒、一人。儀式の補助をした聖堂の従者、一人。被裁を経験した者の親族、一人。あなたのその……力で、彼らの言葉を束ね、制度の機械仕掛けを露にしてほしい。証拠があれば、議会に掛けられる。変えられるかもしれない」

「議会にかける」杏奈の鼻先が僅かに動いた。声にならない不満がある。ユキは指で雨を掻くようにして、欄干の濡れた縁を確かめた。

「だが、条件は?」鋼が尋ねる。知っている。理央が目を伏せたのを見れば、条件は重い。

「あなたに代価を払うつもりはない。代わりに、提出された束を我々の公的な法制度に組み入れさせてほしい。——公の場で裁きをさせれば、被裁者の家族に救済が行き渡る。長年の隠蔽を断つには、法の力が必要です」理央の声は硬く、だが言葉の後ろで揺れるものが見えた。

鋼は指先を確かめた。右手の肉がひんやりと痛む。過去に同じ選択をしたとき、幼い頃に聞かせてもらった父の話の調子が掠れ、彼の母が編んだ赤いスカーフの模様がぼやけていった。それはいつも、記憶の広さが削られる感覚だった。

「公に出せば、救済はあるかもしれない」杏奈が言う。「でも『救済』はいつも判定だ。制度の手にかかるということは、同じ術を別の道具に渡すということよ。あんたはそれを望むのか?」

ユキが口を開いた。声は小さいが真剣だった。「私たちが自分のやり方で広めるべきじゃないの? 役所に任せたら、また誰かが裏で歪めるかもしれない。理央さんがいい人でも、次の人はそうとは限らない」

理央は肩をすくめた。「私もそれは承知しています。だから、あなたに頼むのです。一度、真実を束ねてこの紙に刻んでくれ。それを見て判断する人間がいる。腐敗を暴ける人がいるかどうか、あなたには判断の材料になる」

静かな駆け引きだった。橋の上では雨が一段と激しくなる。月の裂け目が水面でまた振動し、反射が小さく千切れて落ちる。鋼は息を吐いた。思考の縁に、いつもある小さな顔——母の笑みが浮かぶが、濡れた夜風に溶けそうでつかめない。

理央は三人に向けて目を向けた。「今、ここで、簡単な証言を取れます。彼らは逃げない。兵卒は罰に怯え、従者は悔恨で枯れている。親族は真実を欲している。あなたが束ねれば、私がその一部を持ち帰り、議会に提出します。公の手続きで、少なくともこの地区の同様の手続きは停止させられるはずだ」

二つの選択肢が闇の中で揺れた。鋼は拳を握る。掌の肉の感触、焼けた鋼を冷ますときの冷たさ。能力を使うたびに、彼は何かを失う。失うものはいつも、彼が「人間でいる」ための小さな証だ。思い出、名前、匂い。だが放置すれば、制度は変わらず人を裁く。彼は誰を守るために鍛冶屋になったのか——その初心が胸を締め付けた。

「やってみよう」鋼の声が出た。決断は瞬く間に彼の骨格を通り抜けた。仲間の顔を順に見る。杏奈は眉を寄せたが、目には従うという決意の色がある。ユキは震える手を握り、わずかな水玉が指先から落ちた。

理央は軽くうなずき、差し出した紙を鋼に渡す。「証言者は橋の西側に待っています。短時間で済ませましょう。公の手続きに回すためには、あなたの『束ね』が必要だ」

鋼は深く息をつき、周囲の音を拾う。雨。人の呼吸。水が石に当たる音。彼の触覚が研ぎ澄まされ、指先に血のにおいが広がるような気がした。能力は相手の言葉を一つの芯に巻きつけ、記憶の糸を引き出して形にする。その行為は、誰のものでもない鋼の内世界を削り取る。だが今は、それが必要だと判断した。

「来い」鋼は仲間に合図して欄干を降りた。橋の下へ続く石段は濡れて滑りやすい。歩を進めるごとに、彼の胸の内の景色が変わる。幼い日の鍛冶屋の台所、父のざらついた掌。蝶番の音。指先が震え、そこから薄い灰色の像が削ぎ落とされる感覚があった。だが彼は言葉を紡ぐため、声を集めるために前へ出た。

西の暗がりに三つの影。兵卒は顔を伏せ、聖堂の従者は白い手を握りしめ、親族は震える声で子の名を呼んでいた。鋼は距離を詰め、目を閉じた。雨がまぶたを叩く。彼の内側で、微かな金属音が鳴る。言葉を編む準備ができた合図だ。

「あなたの名は?」鋼は尋ねた。能力は言葉を待ち、言葉を必要とする。

兵卒の声は砂利を踏むようだった。「佐山──佐山義成(さやま よしなり)。執行を命じられた」

従者は喉をごしごしと鳴らした。「カデア。聖堂の従者です。儀式の補助をしました。私はただ、やらされただけです」

親族は嗚咽をかみ殺しながら、子の年を、最後に言葉を発した夜の匂いを、そして役人が来たときの握りしめた紙果たすを語り始めた。言葉は濡れていた。声が折れ、ぽたりと雨が落ちるたびに記憶の小片が弾ける。

鋼はそれらの断片を指先で撫で取るように受け止め、内部で束ね上げた。音が金属に鳴る。彼の能力が働くとき、外界の声は一本の線に収束し、透明な刃のように光る真実が生まれる。真実が形成されると同時に、鋼の胸の奥の盒がひとつ、ぴりりと裂けた。

最初の変化は小さかった。右手の指先がさらに冷たくなり、何かを忘れたかのように空白ができる。次いで、胸の奥にあった母の編んだスカーフの模様が、確かに赤いはずの細い線が消えた