死者を数える密偵は破滅の儀式を止める 第15話「第13章」
瓦礫の教会の鐘楼の縁に、ルカは膝を抱えて座っていた。風は硝子と焦げた木の匂いを混ぜ、耳の穴に冷たい砂を流し込むように吹いた。足元の広場には、昼前に並べられた縫い合わされた布袋がいくつか散らばり、そこからはまだ蒸気のように湿った記憶が立ちのぼっていた。誰が死んだかを数える音が、彼の胸の奥で小さく繰り返された。
瓦礫の教会の鐘楼の縁に、ルカは膝を抱えて座っていた。風は硝子と焦げた木の匂いを混ぜ、耳の穴に冷たい砂を流し込むように吹いた。足元の広場には、昼前に並べられた縫い合わされた布袋がいくつか散らばり、そこからはまだ蒸気のように湿った記憶が立ちのぼっていた。誰が死んだかを数える音が、彼の胸の奥で小さく繰り返された。
「数えろ」と、風に乗って聞こえたのは、死者の声なのか彼自身の声なのか。ルカは右手を差し出した。掌には既に黒い細い線が幾つか刻まれていた。指先でその線に触れると、皮膚の感触が薄くなって、冷たく、乾いた鱗のように剥がれていく。彼は数を口に出した。ひとつ、ふたつ——そのたびに周囲の空気が震え、背後の教会堂の扉が軋んだ。
「ルカ、やめて。もう十分だよ」エナの声は震えていた。彼女はルカのすぐ近く、焼けた柱の影に寄りかかっている。顔に煤がついていたが、目だけは濡れていなかった。エナは彼の手を取った。掌の線がまた一つ光った。光はにぶい赤で、指の間を伝って、皮膚の下で小さな数が動くのが見えた。
ルカは唇を噛んだ。集める。束ねる。誰かの死を、誰かの証言にして、あの夜に向かう群れの耳にぶつけることで、儀式の一具を潰す——それが彼のやり方だった。だが今日は違った。今日の聴衆は、生きていた者と、生んだ者と、仕組んだ者が混ざり合っていた。言葉が真実になった瞬間、真実は救済にもなり得れば、破壊にもなり得る。
ルカは深く息を吸った。鉄の味が口の中に広がる。彼は最初の声を呼んだ。焼け跡から零れる、潰れた子供の名前。音は薄切りの紙のように重なり合い、風に舞ってひらひらと広場へ落ちた。ルカはそれらを指先で撫でるように拾い上げ、縦笛を吹くように、語りの節を紡いだ。語りはやがてひとつの流れになり、彼の喉から群衆へと注がれた。
「……私の名はマル。俺は変わった税を取っていた。夜に、兵のために——」老人の声。次に、子供の声。「あの灯りは母の手だった。燃える。逃げろって言ってた」女性の声。判事だったという者が、目の前で息を切らしながら自らの書類を燃やす。言葉が具体的になり、名が列挙されると、群衆の表情が変わる。安堵が走る者、怒りに顔を引きつらせる者。だが同時に、誰かの身体が痙攣して床に崩れ、過去の痛みを再び叫ぶ。
ルカは数を数え続けた。手の甲の刻は一つ増え、また一つ。最初は靴の紐の結び方や、昨日の夕食の残りが思い出せなくなるささいな喪失だった。エナがそれを見て慌てて問いかけると、ルカは一瞬首をひねった。彼女の顔をのぞき込むと、そこにあったはずの幼いころの痕跡が、霧のように消えていた。エナは息を呑み、手を強く握りしめる。
「何を忘れた?」コウギが鋭い声で尋ねる。彼はルカの隣の低い石壁にもたれ、武器の柄を両手で掴んでいた。コウギの目は職業じみた冷たさで周囲を走らせる。だがその目に、今起きているものの重さが映り、頬に汗を浮かべた。「顔だ。誰を守るって言ったんだ?」エナの声が割れる。
ルカは答えられなかった。代わりに掌に浮かぶ小さな数を見た。八。続いて九。記憶は静かに、しかし確実に消えていく。最初は音楽の旋律、次に遠い通りで交わした言葉、そして次第に人の名前が白紙になっていった。だが、それと引き換えに、彼が縒り合わせた真実は強度を増し、聞く者の胸に食い込んでいった。
広場の中央で、かつて囚人であった男が立ち上がり、台座の上で指を差した。そこに書かれた名前を、彼は怒髪天を衝くように叫んだ。それは上位の執政の名前だった。叫びと同時に、広場の向こうの監視塔で掲げられていた旗がくるりと反転する。黒い緋色が空に広がり、空気が急に重くなった。エナの横で、ミレが潰れた布袋を抱きしめ、顔を天に向けて嗚咽する。それは哀しみか、あるいは救いの涙だった。
「やめろ! やめろ!」コウギが群衆に向かって吠え、鉄の声を張り上げる。彼は人々を押し分け、焼けた屋台から提灯を叩き落とした。火が顔を出し、わずかな火の粉が風に乗って広場の人々の髪や服に散る。だが、血の匂いのような記憶が群衆の中を這い、ある者は己の手を見て震え、ある者は肩を寄せ合って過去を呑み込む。救済と破壊は入り混じっていた。
ルカは自分の胸が冷たくなっていくのを感じた。胸の中にあった、守ろうとしていた小さな像が粉々に崩れる。あの子の笑い声を彼は最後に聞いたのがいつなのか、もう確かめられなかった。掌の刻が十三になったとき、彼ははっきりとした空白を胸に抱えた。そこには、彼が誓った「守る対象」の顔が無くなっていた。ポケットに入れていた写真を探した。煤にまみれた紙片を取り出す。そこには小さな掌が写っていた。見覚えがあって、同時に見覚えが消えたような、揺れる感覚。
「ルカ!」エナが叫ぶ。彼女の指先は写真を取り上げ、空の掌に押し当てる。写真の角が熱を帯びて、まるで何かを示唆するかのように焦げ跡を映している。写真の裏に、かすれた文字があった。彼女はそれを読み上げるように吐き出した──「アラト」。その音は柔らかく、しかし周囲の騒ぎを一瞬止めた。
ルカの胸の奥で、遠い断片が閃いた。アラトという名。薄い声で、ある地下室。逆数の飾り。明け方の鐘。だが、その断片は糸の切れた人形のように転がり、彼の次の息で崩れ落ちた。ルカはその意味を抱え、握りしめることができなかった。記憶の代償は、ただ消えることだけではない。残った断片は、時に刃となって刃を向ける。
広場の端で、暗い塊が蠢いた。かつて儀式に加担していたと疑われる役人たちが、顔を赤らめ、泣き伏す者、あるいは怒りで手を上げる者に分かれる。救済を強制した瞬間、空気が重くなり、黒い糸のような影が街を横切った。これは呪いの反動だと誰もが理解したわけではない。だが、それが増幅であることを、ルカは本能的に知っていた。彼が真実を武器にした分だけ、呪いは力を得た。目の前の光景がそれを証明していた。
「ここを残して行くか、儀式を止めに行くか」コウギが短く告げた。選択は即座に迫っていた。もし彼らが広場に残って人々を抑え続ければ、被害はこの場で収まるかもしれない。だがその間に、地下で逆数の儀式は進行し、次の段階へと向かうだろう。逆に今すぐ向かえば、一時的に群衆を見捨てることになる。どちらも救済を伴わない犠牲を要求した。
エナはルカの顔を見つめた。涙と煤で顔は塩を撒いたように光っている。彼女はひと息ついて、ルカの腕を掴んだ。「あなたの代わりに——」言葉が途切れる。ルカは彼女の手の冷たさを感じ、その温度を頼りに記憶の縁を探した。アラト。地下。明け方。十三。手の甲の刻が今、ほんの一度だけ光を籠めた。
「行くのか」コウギが再び問うた。問いは命令にも聞こえた。群衆の叫びは増し、炎が屋台の縁をなめる。ミレは布袋を抱いて震えながら立ち上がった。彼女の瞳はいつもより頑なだった。「私、行きます。広場は任せてください。ここにいる人たちを守る」と彼女は短く言った。その声は恐怖に満ちていたが、決意が滲んでいた。
エナがルカの腕を引っ張り、彼の目をじっと覗き込む。「あなたの記憶は、もう長くは持たないかもしれない。だけど、アラトのことだけでも——」彼女は言葉を切った。ルカは喉を鳴らし、何かを取り