声を奪う魔導士は明日を選び直す

声を奪う魔導士は明日を選び直す 第20話「第18章」

朝靄がまだ街路の石畳を湿らせている。サルヴェの広場は、いつもの市場の喧騒を失っていた。代わりに、丸い透明のスクリーンが据えられている。日光を透かすと、内部を走る光の線が血管のように脈打って見えた。スクリーンの縁には、ロープのように編んだ細い金属糸――共有枠を固定するための補助具が繋がれている。匂いは、松脂と焼きたてのパン、そして緊張の汗だった。

朝靄がまだ街路の石畳を湿らせている。サルヴェの広場は、いつもの市場の喧騒を失っていた。代わりに、丸い透明のスクリーンが据えられている。日光を透かすと、内部を走る光の線が血管のように脈打って見えた。スクリーンの縁には、ロープのように編んだ細い金属糸――共有枠を固定するための補助具が繋がれている。匂いは、松脂と焼きたてのパン、そして緊張の汗だった。

「準備はいいか?」と、ミラが低く囁く。彼女は古い写本のページを抱え、ペンを指で回していた。ミラの目は今朝に限って青く冴えている。対照的に、エリアスの手は冷たかった。掌にある小さな布袋を反芻するように指でなぞる。中には、彼の最初の呪文の断片を織り込んだ黒い石が一つだけ入っている。

「いいさ」とエリアスは言ったが、言葉に確信はない。声帯の裏に何かが引っかかるような違和感。思い出が、指の間から砂の粒のように滑り落ちる感覚が、ここ数日増していた。彼は今日、もう一つの賭けを抱えている。共有記録を、住民たちの手で初めて起動させること。そこに彼の力を懸ける代わりに、自分の記憶をいくらか差し出す──提案したのは彼自身だった。

「ロドリク、君たちの承認は?」エリアスが町長に向かって問う。ロドリクは顎に白い髭を生やした、重い顔つきの男だ。ため息が広場の空気に溶ける。

「民の半数が触れること、そして記録は公開される。匿名は保証しないが、改竄は不可能であるという条件で」ロドリクはゆっくり答える。指が震えているのをエリアスは見逃さなかった。民主的な決定──それがこの実験の要点だった。呪いを統治に利用する者たちは、選択肢を奪うことで秩序を作ってきた。エリアスはそこを突破したかった。だが、突破には代価がつく。

広場の端に並んだ椅子に、十数人が座っている。洗濯女のマーラ、鍛冶屋の子アント、修道院を抜け出した修道士と名乗るタレル。子供の声も一つ。彼らの表情はまちまちだが、共通しているのは「恐るような決意」だった。声を失うことを恐れつつ、声を取り戻すためにここに来ている。

エリアスは深く息を吸った。吐くとき、手をスクリーンに触れた。冷たかった。金属の縁を伝って、微かな振動が掌の奥に届く。彼は黒い石を取り出し、胸の前で両手を合わせるようにして祈る。呪文の形は古く、しかし彼が変えたところもある。被害者自身の記憶と証言を結い合わせることで、「一つの真実」を作る。それを公に示すとき、制度は揺らぐはずだった。

最初の流れは穏やかに、しかし確実に立ち上がった。マーラが口を開くと、声はスクリーンと接触するように細く伸び、つむじのような螺旋を描いて消えていった。その瞬間、スクリーンの内部にマーラの言葉が文字になって浮かんだ。文字は透明で、でも読む者の胸の奥に針を差すような生々しさを持っている。

「私の夫は、夜に連れて行かれた。窓を叩いても誰も出ず、朝には戸に『沈黙を守れ』と墨で書かれていた」

文字は淡い血の色で灯り、周囲の空気に冷たく反射した。住民の一人が顔を伏せる。誰も、その墨で書かれた恐怖を無関係とは言えない。

だが、真実を引き出すたび、エリアスは自分の中の何かを失っていった。最初は些細なものだった。台所にかかっていた青い鍋の匂いとか、母親が使っていた小さな木の匙の形。次にもっと固いものが滑り落ちる。彼はふと、自分の左手薬指を見た。そこにあったはずの小さな傷跡が、まるで薄墨で消えかけているように見えた。

「大丈夫か?」ミラが手を伸ばす。彼女の指先がエリアスの頬に触れたとき、冷たさが彼の胸を引っ掻いた。ミラは言葉を飲み込み、ただ黙ってエリアスの目を覗き込む。そこにあるのは憂慮と怒り、そして守るべき決意だ。

次に立ち上がったのはタレルだった。修道士の外套の下に、いくつもの皺と涙が隠れている。タレルの声は震え、しかし確かに、制度と呼ばれるものの秤を揺らすには十分だった。

「教団は『祈ることの秩序』を乱す者に罰を与えた。…それは言葉を封じることと同義だ、と長老は言った」

その瞬間、スクリーンの文字の一部が白く耀いた。文字の脈絡が結びつき、細い線が走る。エリアスの脳裏に、一つの像が滑り込む。古い文書の端。円に向かって開く四つの線。彼はその形を見たことがあるはずだ。胸の奥の何かがきしむ。だが、呼び出されたイメージは同時に別のものを消していった。彼は自分が誰かに約束した日のことを思い出せない。約束の中身は、彼にとっても個人的な救いだったはずなのに。

「エリアス?」誰かが彼の名を呼ぶ。彼は名を聞いて応えたが、応えた声は少し他人のもののように聞こえた。自分の過去に繋がる鍵を自ら捨てるような痛みが、胸の奥で広がる。彼はペンを落としそうになったが、指先を噛んで堪えた。

共有記録は働いていた。住民の証言が文節となり、繋がりを作り、制度の「穴」を浮かび上がらせる。だが同時に、いくつかの声が薄れていった。スクリーンの一隅で、ある若い女性の文字が徐々に薄れていく。その女性が必死で言葉を繋ごうとするたび、彼女の口元から音が出ない。隣にいた子供――アントの妹が、急に胸を押さえて倒れそうになる。アントが彼女を抱き起こし、唇に耳を当てる。沈黙。小さな瞳が闇の色に濡れている。

「ど、どうして……」誰かが叫んだ。恐怖が広場を襲う。

そのとき、広場の東側で鉄靴の音がした。王権の巡察隊が視線を固めて近づいてくる。彼らは白い襷を掛け、肩に紋章を付けている。襷には常に同じ言葉が記される。秩序。従属。沈黙。長い槍の先端が陽を反射して光った。

「すべての集会は許可を要する、ここは違法の場だ」隊長が発音する。言葉は冷たい刃のようで、周囲の空気が一息に凍る。

エリアスは見た。見ている限りでは、彼らはただの徴兵員に過ぎない。だが、徴兵員が動くとき、制度は声を刈り取る。エリアスの胸の中で、守るべきものの輪郭が鋭くなる。目の前の子供が拘束されそうになる。子供の喉元には、証言がまだ生きている。もし連れて行かれたら、その声はもう二度とスクリーンに現れないかもしれない。

理性は囁いた。力は代償を伴う。彼が無理に救えば、呪いは反応し、他の誰かの声を奪い、記憶をさらに磨り減らすだろうと。エリアスはその知識を知り尽くしている。だが胸の奥にある小さな光が、無言で叫んだ。

「行く」とエリアスは言った。周りは驚いた。ミラがエリアスの腕を掴む。「やめて!」と彼女は叫んだ。だが彼の足はもう動き出していた。

エリアスは黒い石を掲げ、尖った呪符を地に刻む。風が起きた。表皮の下で冷たい波がうねるように、空気が歪む。彼は強引に一つの護りを、そしてその護りを破る誰かの手から子供を引き離すための押し引きを行った。魔力は粗野で、安定していなかった。彼が放ったのは「解放」の一振り。子供は空中に浮かび、抱きかかえられて安全な位置へと運ばれた。巡察隊の兵士たちは驚きと恐怖で一瞬怯んだ。アントは崩れ落ち、妹をしがみつかせた。

だが魔力の放出に合わせて、広場の空気が一度に重くなった。スクリーンの文字列が波打ち、透明だった声が一斉に灰色へと色を変えた。民衆が持っていたはずの数声分が、視界から消えた。どこかで、鐘が虚ろに鳴った。その音は誰のものでもなく、まる