星を落とす傭兵は王国の嘘を暴く

星を落とす傭兵は王国の嘘を暴く 第5話「第4章」

雨が屋根を叩く音だけが、宿屋の二階の小部屋を満たしていた。窓辺のろうそくは、薄く波打つガラス越しに揺れ、紙の端に影を落とす。サイルは泥を落とさぬまま腰を下ろし、腕に抱えた書類を膝の上で広げた。役所の印と、手書きの勘定が乱雑に重なった紙片。赤い朱印がいくつも押され、そこに「天落徴」と小さな文字が添えられている。

雨が屋根を叩く音だけが、宿屋の二階の小部屋を満たしていた。窓辺のろうそくは、薄く波打つガラス越しに揺れ、紙の端に影を落とす。サイルは泥を落とさぬまま腰を下ろし、腕に抱えた書類を膝の上で広げた。役所の印と、手書きの勘定が乱雑に重なった紙片。赤い朱印がいくつも押され、そこに「天落徴」と小さな文字が添えられている。

「……なんと呼んでいたんだ、王国は」

隣の床に座るミラが、指先で一つの断片をつまんだ。女の手は冷たく、皿洗いの後のしわが深い。彼女は外套のフードを下ろして、サイルの顔を真剣に見た。部屋には、年老いた商人の咳と、青年の浅い呼吸だけが混ざる。

「徴税項目に『天落徴』。その額が、落ちた者たちに支払われた見舞金と一致する。ここに並ぶ村々の名が、日付とともに刻まれている」サイルの声は低かった。紙を指でなぞると、奇妙な冷たさが指尖に残る。彼の能力は、こうした証言や痕跡を手繰り合わせることで「当事者の声」を束ねる。だが、その対価があることを、彼はまだ深く実感していた。

サイルは一枚の紙を額に当てるようにして目を閉じた。呼吸を整える。掌の内側で、遠い人々の記憶がざわめく。揉み合う声、斬り裂かれた布、焼けた肉の匂い——声は具現化せずとも、彼の感覚を痺れさせる。最初はただの断片だった。しかし彼が声を「束ねる」たびに、断片は滑らかに絡み合い、真実の形を成す。

「一つ、試すか」

そう言ってサイルは、宿の壁に張った粗い地図の上に紙を重ねた。そこには落とされた星の目撃地点、徴収の通達、旅人が拾った破片の記録が点と線で示されている。ろうそくの炎がゆらりと揺れ、紙の上に小さな影が踊る。サイルは指先で断片をなぞるように動かし、静かな呪文のような言葉を内側で紡いだ。能力は声音を必要としない。彼が触れるだけで、記憶は重なり、誰かの体験が彼の内奥で一瞬の鮮烈さを持って現れる。

「──子供たちの屋根に落ちた。大きな火の塊が降りてきて、母が叫んだ。『星だ、星だ』って。あの男が来て、徴収書を押し付けて、手伝わなければ焼くと……」

声はサイルの頭の中で鳴り、一つの光景を投げつける。皮膚が熱さを感じ、喉が詰まるような痛み。彼はその痛みに堪えて紙を握りこむ。束ねられた証言は、組織的なパターンを示した。落ちた「星」は奇妙なほどに特定の地区に集中し、その後に徴収官が現れ、補助金や復旧費用として「天落徴」が課せられていた。被害と徴収が、同じ名簿に載っている。

だが、束ねた直後、サイルの頭の中のどこかが削られたように、ふっと冷たさが走った。瞼の裏にあった、かつての夕暮れの匂いが消える。隣に座るミラの顔が一瞬細くなり、彼は困惑して目を開けた。

「今のは──何か、思い出が欠けたような」サイルは指でこめかみを押さえた。言葉は届かないほどに生々しかった。ミラの目が瞬き、一瞬彼を鋭く見つめる。

「またか」と、青年のレンがぼそりと言った。レンは旅の記録を取る若い書記で、時折古文書の模写をする手つきで紙をめくる。彼はサイルの能力が完璧ではないことを知らぬわけではないが、その代償の具体を目の当たりにするのは初めてらしい。

「忘れたのは何だ?」ミラが問う。問いに含まれるのは同情などではなく、実務的な焦りだ。彼らは、ただ真実を暴くことだけでは生き残れない。被害者を守る術も必要だ。

サイルはしばらく沈黙した。言葉が出ない。頭の中を探ると、彼は一つの名を呼びかけた。だが名は紙のように薄く、指でつまんでもすぐ消える。母の笑い声を覚えていない。火の匂いと悲鳴は鮮明だが、その後に小さな歌を歌ってくれた人の声が消えている。彼は突然、胸の中にぽっかりと穴が開いたように感じた。

「これが代償か」レンが吐き捨てるように言った。「証を武器にすると、そのぶん主人公の記憶が薄れる、と。やるべきことは知っている、だが代償も知らなかったとはな」

「代償は分かっていた。だが、想像していたのとは違う」サイルは苦笑した。彼は何年もこの力とともに生きてきた。最初は些細な忘却──道端の花の色、あるいはある夜の食事。しかし最近、それは大切なものまで侵し始めている。

部屋は沈黙に包まれた。雨音が小さくなる。ミラがテーブルの上から一枚の破片を拾い上げると、そこには役所の署名と、見返りに渡された銀貨の重さが記されている。彼女の指先が震える。

「ここに記されている名簿は、隣の郡の徴収担当のものと一致する。だが、問題はこの『銀貨』だ」ミラは小さな袋を指した。袋の中には、奇妙に冷たい金属片が幾つか入っていた。表面に微かな紋章──見慣れた王権の印と酷似した丸い刻印。だが、よく見ると王の紋章ではなく、何か別の組織の印だった。

「王のものではない?」レンが眉を寄せる。

「いいえ。王都で使われる印章ではない。だが、王都の徴発署の手に渡っている。つまり――」ミラは言葉を切った。意味は重い。中央の装置か、人為的な力が関与しているのかもしれない。

そこへ、廊下の戸がノックされて、重い足音が近づいた。ガランが入ってきた。かつての聖職者であり、今は剣を手にする男だ。彼の肩には聖衣の名残があり、目は憂いを帯びている。彼は部屋に入って、テーブルの上の地図を見下ろした。

「お前たち、静かにしていたか」ガランの声には静かな怒りがあった。「見て回った。ニルの宿場で事件が起きた。徴収官が一人、夜に消えたという。村人たちは怯えている。星の落下と徴収がセットだと、口々に言っている」

ミラは顔をゆがめた。「それで?」

「村に残された言葉に、”星を落とす者”の名がある。だが、その名が恐ろしく具体的に行政の手引きに沿って動いている。誰かが計画している。徴発があるたび、次の夜に星が落ちる。これは偶然ではない」

サイルは再び紙を固く握った。地図の一点に、いくつもの丸印が集中している。まるで何か巨大な手が星をつまみあげ、落としているかのようだ。彼は思わず外を見た。夜空は厚い雲に覆われていたが、雲の切れ間に一瞬、白い光がひとつ流れたように見えた。流星かと思ったが、その光は落ちる途中で拡散し、地表へ向かう形ではなく、町の北方にある砦の上で消えたように見えた。

「星……だれかが、星を落としている」ガランが吐き捨てる。彼の言葉は呪いのように重かった。

レンは紙を重ね合わせ、数式のように点と線を合わせてみせる。「もしこれが意図的なら、我々のやり方を変える必要がある。公衆の前で大暴露するのは……サイルの記憶を奪う以上の危険があるかもしれない。暴露が一時的な反応を呼び起こし、さらに多くの星の落下を招くことだってあり得る」

ミラが頭を振った。「でも、黙っていると町は壊される。あの夜、子供の屋根を焼いたという報告が二件もある。被害を受けた者たちは待てない。私たちは守らなければならない」

議論は白熱し、やがて選択が必要になった。各人の目がサイルに集まる。彼は立ち上がり、ろうそくの火を指先で守るようにして見つめた。炎の先で、彼の影が壁に伸びる。稲妻のように、一つの記憶が揺らいで消えかける。

「私が公の場で証を結びつける。だが、その代わりに、誰かが公の場を支配する方法を変えろ。ミラ、レン、ガラン、それぞれが別の方法で働ける