星を落とす傭兵は王国の嘘を暴く 第27話「第二部幕間」
夜が低く、屋根の藁は湿っていた。灯りは一つ、油壺の小さな炎だけが揺れている。窓の外では風が砂を巻き上げ、遠くの道に赤い光がぱらついて見えた。星のかけらが落ちた翌日の余波は、まだ村全体を静かに震わせている。
夜が低く、屋根の藁は湿っていた。灯りは一つ、油壺の小さな炎だけが揺れている。窓の外では風が砂を巻き上げ、遠くの道に赤い光がぱらついて見えた。星のかけらが落ちた翌日の余波は、まだ村全体を静かに震わせている。
サイルは膝を抱え、掌の上に置いた小さな物体を見つめていた。それは赤い硝子の破片のようで、触れると微かに暖かく、指先に不思議なざらつきが残った。昨夜、屋根裏から掬い上げたものだ。光が揺れると、破片の内側に黒い映像が泳ぐように見える。
「触るな、火傷するぞ」カイラが声を潜めて言った。彼女は入口に寄りかかり、剣の柄に掛けた手を休めない。外套の縁にはまだ灰と煤がこびりついている。
サイルは破片を額に当てるようにして、息を吸った。「証綴り、試すしかない。これで誰が星を落としたか分かるかもしれない」
「何度も言うが、お前がそれを公に『武器』として振るえば、その代償は大きい。覚えているか。記憶が消えるんだ」カイラの声は低く、苛立ちと恐れが混じっていた。だが、彼女もここにいる理由ははっきりしている。王国の嘘を示す証拠は必要だ。方法の違いだけだ。
寝台で薄く体を丸めていたミアが、布団をはねのけて近づいてきた。瞳は赤らめられたままだが、声ははっきりしている。「サイル、あの子を救うんだね? あの小さな子、まだ息をしてるって言ってた。村の北の家に」
サイルは小さくうなずいた。「できるかもしれない。証綴りで、その子の目に映ったものを繋げる。もしその映像に救いの手が写っていれば——」
「待って!」カイラが割って入った。「救いのためにやるのか、暴露のためにやるのか、自分で決めろ。救済を強要すれば呪いは増幅する。前と同じだ。お前の記憶も、もっと奪われる」
言葉は鉄のように冷たい。しかしミアは震える唇を噛んで、体を引き寄せた。「あの子は一人ぼっちで……ママもいなくなった。私、もう誰も失いたくない。たとえ代償があっても、助けるなら——」
サイルは掌の赤い破片を見つめたまま、立ち上がった。屋根裏で拾ったものは、ただの破片ではない。破片の内で、昨夜見た「星落ち」の断片たちが重なり合う。被害者たちが見た光と音、そして触れられた瞬間にのみ現れる声。証綴りは、それらを結ぶ。だが結ぶたびに、彼の心は一つずつ薄れていく。
外から金属の擦れる音。廊下を隔てた隣家で、隠れていた役人らしき者たちが書類の束を燃やしている気配がした。王国の巡察隊の残党か、あるいは違う手先か。ここにはまだ危険が、いつも通り潜んでいる。
サイルはミアの手を取った。「同意、それが条件だ。あの子の母親の断片を触れて、彼女が見たものを繋ごう。ただし——触れるのは、あの子とその母親だ。外部の人間や役人の記録は、触れられない」彼はためらいながら付け加えた。「それと……約束してほしい。これを公の場で、真実を『撃つ』ための弾にするのはやめるって」
ミアは目を見開いた。彼女の指先が爪の先で震える。「約束する。助けが先で、証拠は二の次にする」
カイラは顎を引いてから小さく笑った。「ならいい。私もついていく。暴露したいなら、私が止める」
三人は静かに屋根裏へ向かった。周囲の匂いは煤と古い木の匂い、そして人の汗の混じったものだった。薄暗い梯子を上ると、そこには泥だらけの母親と、布団にくるまれた小さな男の子がいた。母親は目を閉じ、痩せた手を胸に当てていた。その胸に、赤い斑が小さく燦めいている。星の徴。それはまだ冷たく、疼くように光を放っていた。
サイルはひざまずき、母親の手を取った。皮膚は紙のように薄く、体温は低い。それでも息はあった。彼はゆっくりと、顔を母親に近づけた。目を覚ましてもらう、そうして映像を取り出す。だが、念を押すようにミアが口を開いた。「同意して、話して。お母さん、あなたのことを聞かせて」
母親はまばたきして、薄く笑った。声はかすれていたが、静かに言った。「私は……ただ、子を守りたかっただけだ。王様は……彼らは言った。星が落ちた村々は、天が選んだと。子を差し出せば、穢れは消えると——」言葉が途切れ、母親は顔を歪めた。サイルの手が、母親の手首から伝わる脈を確かめた。
証綴りの発現には、触れることと明確な同意が必要だった。言葉の同意が取れた瞬間、皮膚と皮膚が触れ合うその部位から、破片が光を吸い込むように震えた。赤い硝子の破片が、淡い光を返す。サイルの視界は冷たい水に浸かったように曇り、そこへ複数の声が滑り込んできた。
声は個別の臨場感を持ち、同時に重なった。母親の静かな祈り、隣家の子が叫んだ夜の音、見張り台の兵士の金具の擦れる音、そして役人の書類を扱う冷徹な声。彼らの断片が、幾重にも織られて一つの絵になっていく。サイルはそれを指先で撫でるように整え、映像を結成していった。
——夜半、教会の鐘は鳴らず、代わりに赤い光が降った。その光を放ったのは瓦屋根ではなく、石の柱の先に据えられた小さな器だった。器の中で人の声が集められ、灯火のように燃やされ、降る光は人々を惹き寄せる。徴を受けた者は名簿に記され、名簿は帳に綴られる。その帳は、毎月の供儀のために読み上げられる——
映像は石の器のクローズアップで終わった。サイルの胸は音もなく震え、掌から力が抜けた。母親の目が彼を見て、微かに笑った。「見たかい?」と囁くように言った。「真実だよ。彼らは星を落としている。選ぶのは国ではない、帳の名だ」
サイルは破片を床に落とした。音が小さく、硝子が冷たい。手が震えている。だが同時に、どこかがぽっかりと空いた。朝の匂いを覚えていたはずの母の鼻筋、泣き笑いした日の声、それらが薄れていく感覚が襲った。唇を触っても、そこにあったはずの幼い頃の言葉は虚ろだ。彼は確かに、何かを忘れていた。忘れるたびに、世界の輪郭が少しだけぼやける。
ミアが顔をしかめ、母の肩に手を重ねる。「無理しないで」だれもが言う時間はない。赤い斑は静かに、しかし確実に広がっている。小さな男の子の胸で、星の光はやや強く瞬いていた。
カイラは帳のことに目を釘付けにしていた。サイルが見せた断片には、記録と時間が刻まれていた。供儀の名が、火の器が置かれた座席番号とともに列挙されている。古い詩句のように見えるが、その隅には王国の紋章に似せた印が押されていた。
「これは……公的な帳だな」カイラは息を飲んだ。「偶然に見つかるような星なんかじゃない。誰かが意図して落としている。計画され、記録されている」
ミアの目が光を帯びる。「じゃあ、あの帳を見つければ、全てが分かるの?」
「帳を見つけるだけでは何も変わらない」カイラは冷たく言った。「帳を持ち帰って見せるだけで、貴方は記憶を失う。公の場で暴けば、あの夜の子の徴は————増す。あるいは、救済を優先すれば、帳の中身は焼かれる。どのみち、犠牲が出る」
サイルは床に座り込み、頭を抱えた。胸の奥に、同時に沈んでいく光と浮かび上がる影があった。仲間たちの顔、燃えさかる屋根、そして自分の腕の中に残る幼い笑顔。どれも現実で、どれも消えかけている感覚。他人の記憶を繋ぐことで得た真実は、彼自身の過去を削っていく。
静寂の中、母親の息が浅くなった。サイルは顔を上げ、決断を強