骨に歌う孤児は最後の村を守る

骨に歌う孤児は最後の村を守る 第8話「第7章」

倉庫の空気は油灯の匂いと、古材のかすかな黴(かび)くささで満ちていた。外の風が扉を叩くたびに板の隙間が鳴り、影が揺れる。レンは長い木机の前に坐り、小さな骨片をひとつずつ手のひらで転がしていた。骨はどれも細く、湿ったような艶を帯びている。触れると、ほんの一瞬だけ、遠い人声のような音が指先に残った。

倉庫の空気は油灯の匂いと、古材のかすかな黴(かび)くささで満ちていた。外の風が扉を叩くたびに板の隙間が鳴り、影が揺れる。レンは長い木机の前に坐り、小さな骨片をひとつずつ手のひらで転がしていた。骨はどれも細く、湿ったような艶を帯びている。触れると、ほんの一瞬だけ、遠い人声のような音が指先に残った。

「早くしろよ、レン。夜は短い」タルクが低い声で言った。彼はランタンに身を寄せ、羊皮紙に細かく字を書いている。字は整いすぎていて、人の心を救うための走り書きには見えなかった。記録係としての矜持(きょうじ)か、あるいは自分の書いたものが後で裁かれることを恐れているのか。

ミサは濡れた外套を脱ぐと、濡れた髪をかき上げながら袋から三枚の紙切れを取り出した。紙には鉛筆で短い言葉が書かれている。夜風にほのかに匂うのは、井戸の薬草の匂いだという。彼女は声をひそめた。「さっきの女だ。出産を手伝った隣村の女。統御院の斥候が来て、子どもが『呪われている』って言われたって。名前は出せない。だけど、証言はしてくれる」

レンは骨を掌に包んだまま、ふっと息を漏らした。骨の表面に刻むように彼の指先が震える。彼の能力は「声の束ね」だった。複数の当事者の証言を骨に向けて――言葉を寄せ合わせるようにして歌うと、骨はそれらを一つの合唱に変える。合唱は虚構の覆いを割り、嘘を本当の場に引き戻す力を持つ。ただし、条件がある。証言は当事者からの「意志ある口述」でなければならない。そうでなければ歌は暴力になる。そして代償もある。真実を武器にするほど、レン自身の記憶が蒸発していく。強制の色が濃ければ濃いほど、呪いは応えるように増幅した。

「自発の証言か」タルクが言う。ペン先が止まった。ランタンの光が彼の指先を白く照らす。「それが無理なら、書き文字を残す。匿名で集めて、百の名前が裏付けになれば、制度の隙を突ける」

ミサは小さな笑みを浮かべたが、それはすぐに引っ込んだ。「匿名で出すって言っても、出す側は罰を恐れる。笑顔で話す女も、帰ると跪かされるかもしれない。私だって、この町の井戸で聞いたことを全部使えば、すぐに三つは消えるかも知れない」

レンは骨を耳にあてた。骨は微かに胡麻(ごま)を擦るような音を鳴らし、その中に何かの断片が混ざる。母親の匂い。幼い頃に隠れた納屋の木くず。彼はいつもそれを頼りにしていた。だが骨に話を預けるたび、その匂いは薄くなっていく。手の甲をなぞると、そこにあったはずの小さな傷跡の位置が曖昧だと気付いた。レンの胸の中に小さな欠落が落ちる。タルクのペン先が再び走り始める。

「今日は二つ流そう。隣村の出産の件と、先週の徴発で山の家族が消えた件。あの守衛所を混乱させれば、夜の見張りが弱まる。俺たちが一晩で入れるかもしれない」レンは提案した。声にわずかな震えが混ざった。

「強引すぎる」ミサが制した。「当事者の口述はあるの? 女は出すって言ったのか?」

「うん。――出すって」レンは短く答えたが、どこか自信がない。骨を耳に押しあてると、女の訥々とした言葉が裂けて聞こえる。だが、それは彼女の選択なのか、恐怖からの吐露なのか。レンはわからなくなってきていた。骨が拾う声は、語る者の意思を曖昧に拾ってしまうことがある。そこにこそ呪いの危うさがあるのだ。

「タルク、匿名の書付をまず置いておけ。必要なら俺が歌う。ただし、やるなら手順を守る。強制にならないように、証人が目の前で『話したい』と確認してからだ。俺がやる時は、順に二人以上の当事者の声を骨に重ねる。個々の重みがある限り、歌は景色を割る。だが、強引な救済は――」レンは言いよどみ、言葉を切った。

タルクが蓄えた息を吐く。「儀式書にもそうある。『自発の輪が切れれば、骨は記憶を食う』と。だが、実際にそれを読み解くのはお前だ、レン。俺たちに出来るのは、言葉を残すことだけだ」

ミサは腰を浮かせ、袋の中から薄い布を取り出した。その中に、いくつかの黒ずんだ歯のかけらと、小さな肋骨の破片があった。彼女はそれをレンに差し出した。「これを使って。来た女がこれを見てからなら、少しは安心して話すかもしれない」

レンはそれを受け取り、両手で抱えた。骨は夜の空気の中で冷たくて、指先にちくりとした痛みを残す。彼は目を閉じ、骨に囁きかけるようにして歌い始めた。風が戸のすき間から入ってきて、灯の炎が小さく揺れる。言葉は出ない。歌は息の中から生まれ、たちまち骨の表面に吸い込まれていく。最初は一人の声。次に別の声が寄り添い、骨の中で和声(ハーモニー)を作る。骨は鳴り、薄い音の波が倉庫の梁を震わせる。

歌が高まるごとに、レンの胸の中から何かが溶けていく感触がした。思い出が蒸発する感触だ。最初に消えたのは、小さな黒い石の位置だった。幼い頃、公園で見つけて宝物にしていた黒い石のありかを、レンはぱっと思い出せなくなった。その次に、タルクが幼い頃に抱いていたぬいぐるみの名前が抜け落ちた。レンはその名前を知っているはずなのに、口内でそれを呼び出せなかった。

「レン、そこまで!」タルクの手が骨を掴んで歌を遮った。骨はかすかな残響を残し、音は消えた。レンは息を切らせ、掌を見下ろす。そこに残るは白い骨と、指先に一筋の血のにじみだった。指の間にできた空白が、訳もなく胸を締めつける。

「何をしたんだ、覚えてないのか?」タルクの声音は鋭かった。ミサはレンの肩を掴み、その目を覗き込んだ。「思い出は何を失った?」

レンは首を振った。「黒い石。――それと、タルクのぬいぐるみの名前が。…いや、そんなことより、女の証言は確かか?」

「確かだ。だが、その歌は強制に近い」ミサは言う。「女は『話したい』と言った。でも、俺たちの歌が場を作らなければ、あの守衛所の圧力に負けて消される。どっちを選ぶ?」

レンはしばらく黙ったまま、骨の端を撫でていた。彼が持つ力は救いになるが、救いの過剰は呪いを呼ぶ。彼は孤児として、失うことに慣れていた。だが今回の痛みは違った。自分の中の他人──仲間の記憶が薄れることは、彼にとって最も重い代償だった。記憶の断片は、守るべきものの輪郭を曖昧にしてしまう。守る対象が誰かわからなければ、守る行為そのものが意味を失う。

「やる」レンは低く答えた。一瞬の静寂のあと、彼は骨を口元にあて、再び歌い始めた。今度は慎重に、遅く、証言を一つずつ骨に重ねる。ミサが女の紙切れを口にして、言葉をゆっくりと読み上げる。タルクは書くのを止めて、ただ聞いた。

骨が鳴ったとき、音は以前ほど暴力的ではなく、むしろ透明な刃のように空を裂いた。倉庫の扉を通して、遠い街路の静けさが割れ、向こうの巡回の犬が吠えた。レンの歌は夜の空気を渡り、村外れの守衛所へと届いた。守衛たちの間に渦巻いていた虚偽が、音によって露出した。

翌瞬間、守衛所の門が鳴り、遠くから叫び声が上がる。レンたちは立ち上がり、窓の隙間から外を覗く。守衛の一人が、荒い息で自分の胸を叩きながら周囲に謝っている。彼の目は涙で溢れ、声は震えている。「私たちは…やらせられていた。村から連れていかれた家族は、命令だ…命令で…」

その告白は、確かに守衛所の士気を崩した。夜の見張りは混乱し、通報の