竜相棒

竜相棒 第7話「第6章 鱗と鉄の夜」

夜の闇が村を包むころ、遠くの地平に変な光が揺れた。赤黒い炎が、風に吹かれてゆらめく。蒼はその光を見て、胸の底がひんやりと冷えた。

夜の闇が村を包むころ、遠くの地平に変な光が揺れた。赤黒い炎が、風に吹かれてゆらめく。蒼はその光を見て、胸の底がひんやりと冷えた。

「徴発隊が来る――いや、あれは違う」

イネスが鼻先で空気を切った。鍛冶屋として鍛えた感覚は、彼女をして敵の種類を嗅ぎ分けさせる。村の外れに据えた見張りのひとりが、破壊された柵の残骸を指差していた。黒い煙と一緒に、鉄の軋みが波のように近づいてくる。

蒼は反射的にミオの小屋へ駆けた。木の戸を開けると、薄い毛皮を震わせた小さな体が彼を見上げる。ミオの瞳は、普段の幼さの奥に沈んだ緊張を宿していた。夜風に乗って、鉄と硫黄の匂いが入ってくる。ミオは鼻を鳴らし、低く唸るように尻尾を打ちつけた。

「来るな、来るな…」

蒼は指先をミオの首の柔らかな鱗へ押し当てる。触れた瞬間、あたたかい震えが指先を伝わり、胸の奥で脈がふっと寄り添った。共鳴契――既に一度結んだ契約の感覚が戻ってくる。条件は頭にくっきりとある。相手の同意。直接の皮膚接触。契約は一体のみ。蒼はそれを確かめるように言葉に出した。

「ミオ。いいか。俺と、また、繋がってくれ。お前の意思で、こいつらを避けさせるんだ。誰も傷つけないでくれ、分かったか?」

ミオはしばらく蒼の顔を見上げ、舌をかすかに出して頷いた。言葉ではなく、鳴き声と尾の振りで示した意思は明白だった。強制などありえない。蒼は深く息を吸い、約束の代わりに唇を押し当てるようにして鱗に触れた。肌同士の接触が、契約の起点となる。

「共鳴、始める――」

声は小さかったが、自分自身に向けた檄でもあった。蒼はミオの心の温度を受け取り、同時に自分の心の一部を差し出した。共鳴契は魔術でも科学でもない。言葉と感情が織り合わさって生まれる、代替のコミュニケーションだ。触媒は既にいる。だが、使うたびに消えていくものがある。直近の一日の記憶が薄れる。身体には疲労と組織損傷が積み重なる。そして寿命が少しずつ削られる。蒼はいつも、それを数えるようにしていたが、今は時間がなかった。

外から、金属音が耳を裂いた。地面が震え、遠くで悲鳴とともに家屋の扉が粉々になる。試作機――蒼はそれを一目で理解した。鱗を燃料とするという話。研究室の断片で見た図面。魂石の燃焼管。機械は獣の部位を食らうように唸りを上げ、周囲の竜たちに痛みをもたらすような波を放った。遠方で何頭かの野竜が咆哮し、空を乱して急降下する。蒼はその叫びに胸が締めつけられた。

「やるぞ」

イネスが短く言った。彼女の手には、あの非致死の拘束具と鞍の改良版が抱えられている。村人たちが、灯油の入ったランプや土嚢を抱えて集まっていた。ロルフはいつもの冷静さを失わず、燃える空気を読んで指示を出す。彼の手には、王都の石碑破片を包んだ布切れがある。

「試作機は魂石を用いる。燃焼の波が竜たちに直結する。混乱させる狙いだ。機体に近寄るな、だが……」

ロルフの言葉はそこで途切れた。大きな衝撃とともに、近くの穀蔵が崩れ、夜空に火の粉が舞う。蒼はミオを抱き上げると、彼女の羽根をゆっくり撫でた。ミオは震えずに、蒼の指をぎゅっと握る。小さな力、されど確かな合意。蒼は共鳴を深め、ミオに自分の視界を委ねた。

契約は一体のみ。だが、ミオは社交的な生き物だ。彼女の鳴きに、付近の若い竜たちが反応した。鱗の色が夜に溶け込みながらも、近づいてくる。彼らは蒼と契約しているわけではない。蒼にはそれが重要だった。自分の言葉や感情を、ミオを通じて伝え、仲間としての同意を引き出す。強制ではない。彼らは自発的にミオに合わせる。

「ミオの声で行け。力づくは駄目だ。誘導して、逃がすんだ」と蒼は思った。合図は単純だった。ミオは高く、短く鳴き、体を吐き出すようにして上昇した。若い竜たちはためらいなくそれに続いた。蒼はその瞬間、ミオの心を通して他の竜たちの不安と痛みを感じ取った。試作機の燃焼波が、彼らの心情に刺を刺している。逃がさなければ、竜たちは制御不能に陥り、自分から人を傷つけるか、焼かれてしまう。

「イネス、南側に誘導灯を置け。鞍が引っかからない幅で道を開けるんだ!」

イネスは言われるままに動き、村人たちが即席の誘導路を作る。蒼はミオと共に村上空を旋回した。鉄の塊が土を割るように近づいてくる。試作機の前方にある大きなノズルから、青い炎が尾を引きながら吐き出され、地面に落ちると黒い斑点が広がった。鱗片が齧られ、竜の咆哮が夜を切り裂く。

蒼は目を閉じ、記憶のフラグメントに触れないように注意しながら、自分の全身を賭ける気持ちで共鳴を深めた。ミオの鼓動が、彼の鼓動と同調していく。ミオは仲間たちへ自分の意思を次々と伝える。だが、その響きには重量があった。蒼の体に、すぐに代償が現れる。まずは視界の淵がふっとぼやけ、さっき交わした村人との会話の細かい言葉を、蒼は取りこぼした。直近一日の記憶が薄れていく――それは契約ごとに確かに起きることだ。だが今回は、いつもより濃く、もっと目に見える。

「これは……」蒼は唇を噛み、ミオの鱗をさらに強く握った。痛みのような熱が掌に走る。身体の奥に小さな裂け目が増えたような感覚だ。組織損傷が肉体のどこかに蓄積されている。呼吸が少し苦しくなる。だが目の前で、若い竜のひとつが試作機の吐いた火に触れ、鱗の一部が焦げて黒く変わる。竜は羽ばたきを誤り、落ちそうになった。蒼は躊躇しなかった。悲鳴とともに、ミオがその竜に急接近し、羽を広げて衝撃を和らげた。竜は擦り傷を負ったが、命を取り留める。

「任せろ」と蒼は思った。だが同時に、頭の片隅が白く飛んでいるのを感じた。さっき食べたパンの味、朝に交わした挨拶――些細なことが遠のいていく。これが記憶の消失だ。恐ろしいのは、代償が体温や痛みとしてではなく、思い出として消えることだった。蒼は何度も、自分に問いかけた。守るべきものが何か、それを忘れてはならないのだと。

試作機が近づいてきたとき、ロルフの声が後方で響いた。「奴ら、魂石を燃やしている! 音波と熱だけじゃない。機械が竜の分霊に干渉している!」

蒼の腹の底がひりついた。魂石——奴らはそこまでやるのか。ロルフが渡してくれた内部資料の切れ端を思い出す。魂石の燃焼は竜の疼痛と結びつく。だからこそ竜は狂い、試作機は彼らの苦痛を道具化している。蒼はミオの耳元にそっと問いかけた。

「痛いか? ミオ」

ミオは答えを示す。眼差しが軋んでいた。鱗の裂け目を守るように、彼女は自らの体を敵に晒し、周りの竜へ穏やかな指針を送る。蒼はミオを通じ、竜たちの注意を一点に集める作戦を組み立てた。試作機の弱点は、燃焼室のノズルと補助供給弁だ。そこを一時的にでも壊せば、燃焼波の頻度を下げられる。だが近寄れば、魂石の反応が蒼の頭の中に返ってくる。彼はためらわず、ミオを突っ込ませる決断をした。

「ミオ、行け。あそこでノズルを裂けるんだ。痛みは最小限にする。仲間を誘導して、村の外へ導け」

ミオは一瞬の迷いの後、全力で飛び出した。蒼はミオの肩にしがみつき、彼女の心の震えを受け止める。ミオの羽の力が増して、二人は鉄と炎の塊に突入した。風圧が蒼の顔を撫で、耳が痛む。近づくにつれて空気中に混じる電気