竜相棒

竜相棒 第21話「第19章」

蒼は窓辺の古い机に、開かれた羊皮紙の地図とロルフが渡した書類の束を並べた。窓外に見えるのは王都の北方へ伸びる灰色の空。塔を中心にした放射状の道路、そこに組み込まれた魂石の輸送路。彼の指先は地図の一点をなぞり、そこから次の行動を組み立てる。

蒼は窓辺の古い机に、開かれた羊皮紙の地図とロルフが渡した書類の束を並べた。窓外に見えるのは王都の北方へ伸びる灰色の空。塔を中心にした放射状の道路、そこに組み込まれた魂石の輸送路。彼の指先は地図の一点をなぞり、そこから次の行動を組み立てる。

「我々がやるべきは二つです」イネスが腕を組み、低く明瞭に切り出した。彼女の目は鋼のように冷たい。鍛冶屋で叩いてきただけではない、戦い方を学んだ者の眼差しだ。 「法廷で制度の罪を明らかにすること。もう一つが塔の機構を物理的に止めること。どちらも同時に進めなければ、王都は片方を潰してくる」

ロルフは背中で小さく息を吐いた。指先に黒いインクの染みを残しながら、蒼の方へ資料を差し出す。「私が持ってきた証拠は公開の準備ができています。竜具院の内文書、魂石の分離記録、採掘と出荷のログ。法廷で効果を上げるには、これらを民衆と裁判官に理解させねばならない。だが――」彼は言葉を切り、視線を曇らせた。「それだけでは塔の稼働を止めるには足りない。塔の心臓部は内部の機構で、外部からの圧力だけで恒久停止は難しい」

アルマは蒼の横で、掌に小さな断片を転がしていた。銀の鈴の薄い模様を示すコピーと、蒼に渡すべき紙片が揃っている。彼女の笑みは穏やかだが、その目には計算がある。「古文書の翻訳の断片を見つけたわ。これがあれば、鈴を単なる道具以上のものにできる。竜たちの間で使われていた『呼び声』の一部よ。だが、使い方には危険がある。蒼、あなた自身がその代価を払うことになる」

蒼はアルマの言葉を遮らなかった。彼はすでに覚悟していた。机の上にはミオの小さな鱗片が入った布袋がある。契約の触媒として用いる予定のものだ。共鳴契のルールは頭の中で冷たく鳴る——同意が必須。皮膚接触か鱗などの触媒。契約は同時に一体しか結べない。思考改変や殺傷目的の使用は禁止。使うたび記憶が一日の断片を失い、身体に累積する損傷と疲労が残る。寿命は微量ずつ削られる。重ねれば重ねるほど、その代償は雪だるまのように膨らむ。

「私がやる」蒼は低く言った。言葉に余計な装飾はない。イネスが眉を寄せる。「またあなたが消耗するだけで――」

「消耗を避ける手段はない」と蒼は静かに答えた。「だけど、法と軍事を同時に動かさないと、塔は止まらない。法廷が世論を味方につけ、空から塔の心臓部へ直接働きかけるのが唯一の道だ。銀の鈴はそれを助ける。古い通信網を使って、竜たちを一時的に同意の元で結びつける。だが……一つだけ、禁じ手を使うかもしれない」

部屋には一瞬、刃のような静けさが落ちる。仲間たちの視線が一斉に蒼へ集まった。蒼は顔を上げ、まっすぐに見返す。彼の声は震えていなかったが、眼に光るものがあった。

「禁じ手って……」ロルフが言葉を慎重に選んだ。「どれほどの――」

「寿命を大幅に削る契約だ」蒼は堅く言った。「共鳴契を最大値で連続して、銀の鈴を介して群竜と同期させる。通常の一回の契約よりもはるかに強い結びで、塔の内部機構に直接介入する。そのためには相手の同意を得る。私はミオに頼む。ミオが自分の意志で同意すれば、私はその契約を結ぶ。だが──その代償は、私の寿命と記憶の重大な削減を意味する」

イネスが立ち上がり、拳を机に打ちつけた。木の音が部屋に響く。「そんなことを許しちゃ駄目よ、蒼!あなたはまだ若い。私たちが他の方法を探す。ロルフ、アルマ、他に――」

「他に方法はない」ロルフの声が荒くなる。「塔の設計図も、魂石の働きも全部見た。塔の心臓部は外部からの被害にとても強い。完全に停止させるには内部の信号系に直接働きかける必要がある。そこに入れるのは物理的に塔の内部へ潜入するか、塔と同じ言語で直接話しかけられる者だ。古代の竜語で塔の通信系を解錠するのは、銀の鈴を持つ者だけ。アルマが持っている翻訳断片がなければ、鈴は単に音のする金属片で終わる」

アルマは小さく息を吐き、蒼の手を取った。彼女の手は温かいがその掌に刻まれた年輪が意志の深さを示す。「私は導き手として何度も迷った。あなたを導いたのは、計算だけじゃない。あなたが持つらしさ、動物たちへの優しさ、それが必要だと思ったから。だが、蒼、あなた一人に全てを背負わせるつもりはない。私も共にいる。手順は私が補助する」

蒼はアルマの瞳の中にある決意を見た。彼女は自らの過去を完全に明かしてはいないが、その背負いは十分に重かった。蒼は小さくうなずいた。仲間の口から同意は出ていない。だが、彼は自分がどのような賭けをするのかをはっきりと示す必要があった。

「まず法廷だ」蒼は書類の山を示す。「ロルフ、あなたの証言を先鋒にして、公開聴聞を組織する。メディアに見せ、魂石の出荷と塔の設計図を晒す。人々の怒りを頂点に持っていく。それと同時に、空中作戦の準備。アルマ、君は鈴のための翻訳断片を完成させてくれ。私とミオは、鈴を介する共鳴の練習と同意の取り付けを行う。全ての竜の同意は得られないかもしれないが、群れの代表と塔周辺の竜には声をかける。彼らが自発的に協力してくれるかどうかが鍵だ」

「理屈はわかる」イネスが唸る。「だが、法律だけで世論を動かせるのか?ランヴァルは貴族と繋がっている。商人ギルドも動く。時間をかければ王都は自分の力で反撃する」

蒼は静かに笑った。疲労の色が顔に滲んでいる。「だから同時にやる。法は枠を作る。空は決着をつける。法と空を合わせる。両方がなければ、王都は片方を潰す」

そこで小さなノックがあった。窓際にいた青年がゆっくりと開けた扉の影から顔を出す。顔は泥で汚れ、鎖で手首に擦り傷がある。蒼は胸が締めつけられた。捕らえられたという報せが、今、届いたのだ。

「ジェランだ」青年は息を切らしていた。「東の交易路で待ち伏せがありました。行商人を装った一隊です。仲間の一部が捕まって──ロルフ卿のリストに名前がある者も。彼らは尋問を受けている。時間はありません」

アルマの顔色が瞬間的に変わった。彼女は掌の中の小さな紙をぎゅっと握る。「奴らは手早い。ランヴァルは我々の動きを読んでいる」

イネスが飛び上がる。「救出に行く。今すぐにでも!」彼女は既に武装を整えようとしている。蒼はそれを止めた。

「救出も必要だが、ここで全員が出払えば準備が崩れる」蒼は言葉を抑え、困難な決定を下す。「ロルフ、法廷の準備は急げ。公表のタイミングは今だ。我々は人々の注目を東へ引き寄せつつ、救出チームを組む。イネス、君は救出隊の指揮を取ってくれ。数は限られているが、君の工夫なら成功するはずだ。アルマは君に同行して、情報の裏取りを。私はここで鈴の操作と、ミオとの同意の取り付けを進める」

仲間たちは黙って頷いた。彼らは蒼の言葉に反論しつつも、彼の意思を信頼している。ロルフは重い足取りで資料の束を抱え、紙を差し替える。「公開は今日の夕刻にできる。情報筋に頼めば、裁判の通知を出す前に群衆が集まる。だが、君の話す『禁じ手』の準備は?」

蒼はミオの鱗片の袋を取り上げた。布袋の中で鱗は微かに光る。彼はそれを掌に載せ、冷たくなっていく指先に注意を払った。鱗片を触媒とし、直接接触を持つこと。条件は満たされている。だがもう一つ、最も重大な条件が