竜相棒 第12話「第11章」
蒼は、夜明けの薄い光を背にして村の外れに立っていた。目の前の平地には、竜具院の徴発隊が揃っている。鉄の車輪が砂を噛む音。火の匂いが遠くから届く。隊列の中央には、黒い装甲を纏った試作機が据えられていた。鱗の粉を燃料室へ送り込むための、異様なノズルが幾重にも伸びている。
蒼は、夜明けの薄い光を背にして村の外れに立っていた。目の前の平地には、竜具院の徴発隊が揃っている。鉄の車輪が砂を噛む音。火の匂いが遠くから届く。隊列の中央には、黒い装甲を纏った試作機が据えられていた。鱗の粉を燃料室へ送り込むための、異様なノズルが幾重にも伸びている。
「蒼、行動はこうだ。村は二つに分けて守る。私の隊は南の堀で罠を使う。鍛冶場の者たちは非致死の拘束具を持ってくる。村人は逃がして、可能な限り機械を壊すんだ」
イネスの声は冷静で、だが震えが混じっていた。彼女は鍛冶屋の腕を振るって非致死の輪や鞍を作ってきた。武器ではなく、竜を傷つけないための道具。その発想が蒼には何より頼もしく思えた。
ロルフが低い声で報告を差し出す。ランヴァルの隊列には二つの分隊があり、指揮の一部はまだ統一されていない。内部からの情報があるとき、そこが脆い。
蒼は深く息を吸った。守るべきはミオと、里にいる竜たち、そして里を信じて集まった人々だ。今、自分にできることはただ一つ――ミオと心を合わせ、竜を暴力の道具にしようとする連中の機械を阻むことだった。
「蒼さん……その、やるのね?」アルマは端で薬袋を抱えながら、懐かしげに銀の鈴を指で転がした。鈴は革紐で小さく結ばれ、ミオの首輪に納められている。昼の光では鈍く輝くだけの塩梅だが、蒼の胸にそれがあるとどういうわけか安定した音がした。
蒼はうなずいた。「うん。だが――もう一度、ルールを確かめさせてくれ。みんなにも聞いておいてほしい」
イネスが眉を寄せる。ロルフは短く息を吐いた。夜風が鱗の欠片を撫でる。蒼は、戦いで自分が頼る「共鳴契」の制約を、仲間に明瞭に言葉として置いた。
「共鳴契は、相手の同意が必要だ。強制はできない。初回は直接触れるか、鱗の欠片や羽の小物を触媒にしないと結べない。俺は一度に一体しか契約できない。相手の意思を消して支配することはできない。人間を直接殺傷するために使うことも、契約を所有の証明に使うこともできない。代償は毎回ある。直近一日の記憶が薄れる。身体に疲労や組織損傷が積み重なって、寿命も少しずつ削られる」
短い間が流れた。村の誰もがその言葉を知っているが、実際にそれを聞くと緊張した。イネスの手が拳になり、ロルフの顔は硬かったが、誰も反対しなかった。蒼にとっての苛烈な制約が、逆に彼らの覚悟を際立たせた。
「理解した。だが、複数と契約できないなら、どうやって数頭の竜を動かすつもりだ?」イネスが訊く。鋭い、実務的な疑問だ。
蒼はミオの方へ振り向く。子竜は槍のような目で彼を見上げ、胸の奥で小さく鳴いた。声に明確な「同意」がある。ミオの側にある、以前に取れた鱗の破片をポケットから取り出す。冷たく光る小さな欠片だ。蒼はそれを手の中で温め、ミオの鱗に触れた。触媒を介した初回接触の形だ。
「ミオ、頼むよ。仲間を守って」
ミオは鼻を鳴らして、鱗の欠片に自分の鼻先を押しつけた。小さな音が合図となり、蒼の胸の中で何かが繋がった。暖かい圧力と、ミオの不安と決意が流れ込む。言葉にならない感情の波がまとまって届くと同時に、蒼は手のひらに鋭い疲労が走った。接続は成立した。
共鳴契は、言葉より先に心を結ぶ。だが、蒼は知っている。この契約は操縦ではない。ミオは自分の意思で動き、蒼はその心を読むことで動きに寄り添い、傷を癒し、手助けをする。相互の合意による協働が前提だ。
「蒼さん、今の感じは?」ロルフが囁くように訊く。彼の声に、かつて自分が行っていた官庁の冷たい計算がまだ滲む。
「焦りと怒り。だが――仲間を守る覚悟。ミオは――行ける」
合図を受けたミオが勢いよく跳ね上がった。背中の筋肉が隆起し、二三頭の小型竜が里の端から飛び立つ。彼らは蒼や人間の操作で動くのではない。ミオの鳴き声に応じ、仲間が連なって空を舞った。蒼はその連鎖を感じ取り、ミオに方向を提案する。言葉でなく、感情で示す。ミオが理解し、他の竜に伝える。
「拘束具を……今だ!」イネスが叫ぶ。村人たちが仕掛けた罠が奏功し、試作機の前を行く補給隊が一つずつ足を取られて転倒する。鋼の車輪が引っ掛かり、車列が乱れる。
試作機は、鱗粉を燃料に高温の噴炎を吐く設計だった。だが、それは同時に機構内部に古い符号が埋め込まれていることも意味した。銀の鈴と同じような刻印が、装甲板の内縁に浮かび上がる。蒼の胸に小さな、予感めいたものが疼く。
竜が飛び交う。ミオは機体の側面に接近し、不意に口から蒸気を噴いた――獣の防御本能で、火を避けるための反応だ。だが蒼はその瞬間、手を伸ばしてミオの側肋に触れ、傷の痛みを和らげる。共鳴契による癒しは即効性があるが代償もすぐに来た。彼の頭に、直近の昼の出来事が曖昧に溶けていく感覚が差し込む。朝、イネスと交わした冗談の一節が抜け落ち、昨夜の紙屑がどこへ行ったか分からなくなる。短い記憶の消失だ。
「蒼、どうした?」ミオの伝える不安が鋭く胸を刺した。蒼は息を整え、思い出すべき場面を掻き集めた。けれどもあまりに多くを一度に使うと、回復はしない。彼は自分の体に蓄積される傷と疲労を感じた。手の先に小さな疼き。肋骨の下が痛い。契約の代償は、ただの疲労を超え、身体の組織に微細な亀裂を残していく。
戦闘は激しくなった。竜たちは人を襲う命令を受けていない。彼らは守る側に立ち、機械と人間の無差別な暴力に抗った。竜の爪が装甲板を引き裂き、村の者たちは拘束具で捕縛を試みる。イネスの作ったネットが投げられ、機械の車輪に絡みつく。
だが、腹部のノズルが回転し、熱風が一斉に吐かれた。炎は網を焦がし、近くの大地に焦げ跡を刻む。蒼は瞬間的にミオの背に立ち、両手で彼の首の鱗を押さえつけるように触れた。共鳴契を通じて伝えるのは命令ではなく「痛みを和らげてほしい」という願いだ。ミオは応じ、口を大きく開けて敵のノズルへ火を噴いた。その反動でミオ自身が炎に晒される。蒼は触れて瞬時に熱を流し、火傷の広がりを抑えた。だがその直後に、彼の視界は一瞬白く滲んだ。代償が身体を直撃したのだ。
「蒼! 離れろ!」イネスの叫び声がする。彼女は網をくぐって、駆け寄る者たちを誘導し、機械の弱点へと道を作っていた。人々の連携は整いつつあり、村全体が一つの呼吸で動いた。蒼はその呼吸を感じ取って、自分の行為を正当化することを胸の内で確かめる。代償は大きい。だが黙っていれば、もっと多くが失われる。
ロルフの低い声が聞こえた。彼は竜具院側の補給隊へ向けて、かつての言葉で呼びかける。「留まれ。命を無駄にするな。ここは公認の徴発地ではない。上からの命令はまだ下りていない」彼の口調はかつての役人の冷淡さを戻し、しかしそこには今、明確な裏切りがあった。味方の指揮系統に微かな不協和音が広がる。複数の兵士が指揮を疑い、態度を翻した。
その瞬間、銀の鈴がミオの首で小さく鳴った。鈴は明白な戦術ツールではない。だがその音は、試作機の装甲に刻まれた古い刻印と奇妙に共鳴した。装甲が微細な振動を拾い、制御弁が一瞬だけ誤動作する。試作機の吐く炎が震え、噴口角度がずれた。蒼はその乱れを見て、直感的に次を指示する。ミオが旋回して背面から噛みつき、機体の足回りを破壊する