村勇者

村勇者 第17話「第15章 分かち合う代償」

道は泥と埃にまみれていた。炭のように黒い斑点が畦に広がり、作物の株は萎え、家の軒先には焦げた匂いが残っている。誠(まこと)は先頭で歩きながら、腹の底に重い石を抱えているような気分になった。鶴見村を出てから幾つかの集落を回ったが、どこも青い光の痕跡と結晶の粉が見られた。魔物の襲撃は単なる偶発ではなく、列を成して連鎖しているように思えた。

道は泥と埃にまみれていた。炭のように黒い斑点が畦に広がり、作物の株は萎え、家の軒先には焦げた匂いが残っている。誠(まこと)は先頭で歩きながら、腹の底に重い石を抱えているような気分になった。鶴見村を出てから幾つかの集落を回ったが、どこも青い光の痕跡と結晶の粉が見られた。魔物の襲撃は単なる偶発ではなく、列を成して連鎖しているように思えた。

「ここもだ。夜になると……」リオがぽつりと呟く。細い指先に泥を残したまま、彼は集落の中央の広場で足を止めた。瓦屋根の一部が崩れ、子ども用の玩具が焦げ跡だけを残している。小さな井戸の縁には、青い微粒がまぶされていた。

「住民は避難しているのか?」大村清が静かに訊ねる。彼の声は疲れているが、計算された安心感が周囲に広がる。人々が集うとき、清の言葉は道を作る。

「半分は逃げてます。残った者は──援助を求めて近隣へ来られない人たちですね」術師見習いのミナが答えた。彼女は肩に小さな薬袋を下げ、瞳には眠れぬ夜の影を宿している。今回の同行メンバーの一人で、鉱山で被害を受けた村の先住民と顔馴染みだった。

誠は周囲を見渡した。ここにとどまれば、この集落の人々を守ることができるかもしれない。しかし、護村の焔(ごそんのほむら)はここでは使えない。発動条件のうちの一つ──発動地点が「村の範囲内」──が誠の足を縛っている。彼の力は鶴見村の境内でこそ意味を持つものだった。外でできることは、訓練を施し、罠を張り、物理的な防壁を作ることに限られる。

だが、今日この場にいる人々の多くは家を失い、怯え、助けを必要としていた。誠は無力だという気配に耐えられず、決断を下した。

「避難できる者は連れていく。ここの乳幼児と重傷者は……鶴見へ」誠の声は揺れなかった。声の先にあるのは、簡潔な命令というよりは救いを求める手だった。茜はそれを理解し、荷台に幾つかの布や薬を積んだ。リオは情報と道案内を整え、大村は補給路の確保を指示した。

夜にかけて、彼らは救助列車を組んだ。幼子を背負う母、肩に負傷を抱えた老夫婦、目の虚ろになった少年──みなが鶴見村へ向かった。道中、風が真空のように湿度を奪い、遠くで鳴く獣の声が追走する。誠は前を歩きながら、火かき棒を腰に携えた。古びた鉄の先が月光を受けて鈍く光る。棒はいつも通り冷たかったが、心の奥ではじりじりとした熱が鬱積している。

鶴見村に入ると、人々は集まってきた難民を温かく迎えた。大村は手馴れた手つきで一時的な寝床を整え、若者たちに負傷者の手当てを命じた。茜は鍛冶場の余り布で毛布を作り、子どもたちを囲んで笑わせようとする。だが誠の内側では、決断の時間が迫っていた。村の外での戦いは物理的に限界がある。ここで、村に居る者たちの命を守る術を──使うしかない。

護村の焔の発動条件は、彼の頭に冷ややかに響く三つの掟だ。発動は村の範囲内であること、守られる者が明確にいること、そして火かき棒を地に突き立て誓いを唱えること。禁止事項はいつも誠の行為の重みを束ねる。代償は現実の骨折りとなって彼を襲う──使用するたび、身体が一時的に老い、守った一人の記憶が薄まり、心理的温かさが削がれる。

誠は棒を地面に突き立てた。鉄の先が土に食い込み、手の平の筋が白くなった。彼は低い声で誓いの言葉を唱える。「この村に居る者を守る。私をそのために用いると誓う。」声は震えたが、確信が伴っていた。茜はちょっとだけ頷き、手を離した。誰も彼を止める者はいなかった。

焔が立ち上がった。見えるのは火の壁ではない。誠の前に、柔らかな赤と橙の光の膜が薄く広がり、空気の振動が変わった。火は熱を含まず、むしろ冷たい安堵を生むような守護の感触だった。村の門から入ってきた者たちの疲労が一瞬だけ和らぎ、呼吸が整う。魔物を寄せ付ける風は折れ、夜に忍び寄る影は膜に触れて消えた。子どもたちが安心して眠り、老夫婦は涙をぬぐった。

成功の歓声が一瞬だけ上がった。しかし直後に誠の体に違和感が走る。目の前がぼやけ、顎の力が抜けるような疲労が一気に襲ってきた。腕の皺が深く刻まれ、手の甲にある筋の一本一本が隆起する。身体が短時間だが確実に老けた。茜は不安げに誠を見つめ、駆け寄ろうとしたが、誠は首を振った。

「今は──手を離せ」誠の声はかつてより軽かった。感情の温度が下がったことを彼自身がわかっている。喜びも、痛みも、どこか遠くに置かれたように感じる。

数時間後、焔は収まり、村は物理的に守られていた。でも代償は確実に生じていた。守った者のうちの一人、ミナの弟の記憶が一つ薄れていたのだ。いつもの夜、彼は母の歌を口ずさむ癖があった。ところがその歌詞の一節、母が若い頃に作った小さな呪詛の言葉──それだけが、ふっと消えていた。ミナはそのことに気づいて顔を青ざめ、誠の元へ駆け寄った。

「まことさん、何をしたの? 彼──私の弟が母さんの歌を忘れてる!」ミナの声は震えていた。普段の落ち着きはなかった。彼女の目は怒りと恐怖で燃えている。

誠は言葉を探した。説明はできる。だが説明は彼女の痛みを和らげるだろうか。記憶の喪失は、確かに彼が行った守りの代価だった。だがその代償が、守られた人の「個」の物語を削ぐことは許されるのか。過去に一度味わった罪悪が胸を締め付ける。

「ミナ、俺は……守った。だが──」誠は言葉を切った。彼は自分の声が平坦であることを感じ、舌打ちする一歩手前で我慢した。彼の中から歓喜がひとまず奪われ、言葉は乾いた報告のようにしかならない。

「報告じゃないんです! それは家族の大事な記憶よ。どうして勝手に奪うの? あなたは私たちを守るためにいるんじゃないの?」ミナの問いは鋭い。彼女は鶴見村から来た仲間として誠を信頼していた。だが失われた色彩のように、信頼は一部剥がれ落ちた。

周囲の空気が凍る。大村清が割って入った。「落ち着け。今はミナの弟を看護して、失われた記憶が戻るかどうか見極めよう。それから話し合うべきだ」

しかしミナは清の手を払って叫んだ。「話し合いだなんて! あなた方は外から来て、私たちの痛みを決めてしまった。奪うことの罪をどう弁解するんですか!」彼女の言葉はやがて仲間の一部に波紋を広げ、やがて別の声が上がる。

「確かにあの時、助かった。けれど代わりに奪われたものを取り返せるのなら、やるべきだ」一方でタケル――元鉱夫で最近仲間に加わった体格の良い男が言った。彼は砂埃のついた外套を掴み、睨みつけるように誠を見た。「でも、何も知らないわけじゃない。代償の重みを分かってくれ。だが……俺はあんたの下で戦うことはできる」

仲間の意見は割れた。支持と反発、恐怖と信頼が交錯する。誠は自分の胸の鈍化に気づいた。いつもなら胸に込み上げる申し訳なさや懺悔が、今は表面張力のように薄く保たれている。茜はその変化をひと目で見抜いていた。

夜、誠は茜を呼び出し、鍛冶場の隅で二人きりになった。鉄の匂いと、炭の小さな燃えカスだけが周囲に残っている。

「危険を承知であそこまでやった。感謝も受けたし、文句もある。全部受け止めるつもりだ」誠は短く言った。だが茜の目は燃えていた。「まこと。あなたは一方向を守るために、他を切り捨ててしまってる。私た