傷貨の聖女

傷貨の聖女 第13話「第12章」

夜が深くなるほど、広場に集められた人々の影は長く、一本の黒い帯のように伸びていた。松明の炎が揺れるたびに、その帯の輪郭が震え、時折見えるのは、掌に小さな金属片を握る者の指先だった。リゼットは診療所から呼び出され、布に並んだ名簿と金属片の箱を最後に確かめると、四人の仲間と共に広場へ歩を進めた。空気は凍りつき、吐く息が白い。

夜が深くなるほど、広場に集められた人々の影は長く、一本の黒い帯のように伸びていた。松明の炎が揺れるたびに、その帯の輪郭が震え、時折見えるのは、掌に小さな金属片を握る者の指先だった。リゼットは診療所から呼び出され、布に並んだ名簿と金属片の箱を最後に確かめると、四人の仲間と共に広場へ歩を進めた。空気は凍りつき、吐く息が白い。

中心に立っていたのは、聖務院の執行官ヴァルドだった。軍服に近い黒織の外套を羽織り、その胸にはいつもの癖で右手を当てている。彼の顔は疲れていたが、目は冷たく澄んでいた。向かい合う人波は、恐れと決意が混ざり合った表情で固まっている。リゼットはその光景を見て、胸の奥で小さな針金が引かれるような痛みを感じた。マレンの胸の痛みを追体験して宿した記憶が、薄くざわめく。

「お前がリーダーか、失格聖女」ヴァルドは低く言った。声には非情さがあったが、同時に責務に縛られた疲労の抑えがあった。「知らせは届いている。王都はお前を見捨てぬ。だがここにいる者たちは――一人でも多くを救うために、犠牲は避けられぬ。お前の寿命だ。お前の一度の大量発動で、全員の命を延ばせ。さもなくば、この町に制裁を加え、傷貨を回収する」

広場に波紋のようなざわめきが走った。誰かの手が布を強く握る。ノエラは腕を組み、眉間を寄せて前へ出た。彼女の無言の抵抗は、言葉以上の重みを持っていた。ガルドはふるえながらも、組合の鉱夫たちを見渡している。セインは紙束をしっかりと抱え、ミナは胸に抱いた器具をぎゅっと抱え込んでいた。

「それは無理だ」リゼットの声は冷静だったが、いつも以上に重い。広場の音が少し吸い込まれた。「私には、そういう条件で大量発動する権利はない。能力の規則と約束を破ることはできない。あなたがどれほど切羽詰まっていようとも、無断で決められるものではない。人々の体と日々は、選ばれるべきだ」

ヴァルドの顔が青白くなった。彼の右手が無意識に胸に当たる。それが彼の癖であり、同時に彼の弱さの痕でもある。かつて彼自身も胸に刺さる痛みを抱え、だからこそ今の制度を信じてきたのだ。広場は静まり返った。誰もが次の言葉を待っている。

「もし、そのような選択をさせないなら、お前はここで正義と称する血を流すことになる」ヴァルドが言った。「王都は痛みを救うために私たちを遣わせる。お前の拒絶は、多くの命を断つ結果だ」

その時、ガルドの表情が変わった。彼はかつての疑念と自分の恐れを飲み込み、拳を作った。そして、ゆっくりと片手を胸に当てた。鉱夫たちの習慣――右手を胸に当てる仕草が、ここでは別の意味を得る。ガルドはため息をつき、低く言った。「俺たちは、寝ずに働く者の代わりに誰か一人が死んでいいとは思ってない。ただ……今、ここで最良の選択をしようとしているんだ」

「選択だ」リゼットは頷いた。「それが、私が今日までやってきたことだ。私一人が犠牲になることで全てを解決するという古い神話は、これ以上繰り返さない。けれども、あなたが今日言ったことには一つの真実がある。緊急を要する者がいる。私は、それを放ってはおけない。だがそれを、少数の一人の命に押しつけはしない。皆の合意が必要だ」

空気は張り詰めていたが、微かな希望の火花が灯った。リゼットは布の箱から、幾つかの小さな金属片を取り出した。先に治療した者たちのものだが、表面にはまだ黒い筋が細く浮かんでいる。ミナが作った分配器を取り出すと、その装置は銀色の輪を幾重にも重ねた複雑な形をしていた。ミナの手は震えていたが、その掌には覚悟が宿っている。

「器具の改良版だ」ミナが説明した。「これで金属片を細かく砕き、同時に『痛みの割当て』をすべての同意者に分散できる。だが注意して。痛みを分けるということは、分けられた者たちの中にも、その一部の感覚が残る。睡眠の回復量に影響するし、無理に分配すれば私たち自身の記憶や寿命に刻まれる。違反すれば、金属は王庫へ送られた時のように黒い線を濃くする。だから、全員の同意がいる」

ノエラが冷ややかに問うた。「それで、ヴァルド卿はどう思う? 王命に背くことになるぞ」

ヴァルドの瞳が揺れた。彼はしばらく誰にも言えない過去を噛みしめるように顔を伏せた。広場の空気は、彼の内側で何かが剥がれるのを待っているようであった。やがて彼は深い息をつき、ゆっくりと手を胸から下ろした。

「私は……命の数を見てきた」ヴァルドの声はかすれていた。「疫病の年、私が決断した数を。王都の帳簿に救命数を並べ、選択を合理化した。それで我が家族は救えなかった。私の妻と子は、救命という計数の裏側で消えた。だからこそ私は、誰か一人が身を挺して千を救うという考えに縋った。だが――」彼の表情が切実になった。「今、目の前にいるのは帳簿ではなく、生きた顔だ。あなた方の合意があるなら、それを聞こう。だがその時、私は王都に事の経緯を正しく報告する責務がある」

セインがゆっくりと前に出た。彼の手には改竄を暴く山ほどの書類がある。雪の晩に風に舞って散った帳簿の写しは、今少しずつ広場の周りで配られている。セインは言った。「私がここで見せる。王都の帳簿には、救われた人数と実数の差がある。だがそれは意図的に隠されてきた。ここにいる全員の署名があれば、王都はこれを簡単には伏せられない。記録は力だ。ヴィルド卿、あなたが真実を証言すれば、それは重い」

ヴァルドの顔が亀裂を伴って崩れた。彼は目を閉じ、そして開いた。「証言する。ただし、私の証言もまた、人々の選択の前にあるべきだ。私は執行官であり、今も職にある。その義務を果たしつつ、ここにいる者たちの合意を尊重する」

それが、決定の始まりだった。リゼットはミナの隣に立ち、分配器を慎重に置いた。診療所での訓練で、彼女は器具の扱い方を知っていた。器具は、金属片を物理的に薄く伸ばし、それらを小さな証票に転写する機構を持っている。転写された一片一片には、金属に転換された痛みの“分量”が示される。だがそれは単なる貨幣ではない。帳簿の行に刻まれた者の名前と合意があって初めて、その断片は共同基金の一部となる。

「説明しよう」リゼットは広場の人々を見渡して言った。「これは奇跡の短縮版でも、王都への賄賂でもない。私の力は、触れた傷を金属へ移す。それは一種の負債だ。ここから金属を王庫へ送れば、黒い線が走る。だが今日、皆が自分の名前でその負債を引き受けると言えば、その金属はここに留まり、私たちの共同基金の資産となる。分配器は、その金属を小さくして、同意者たちに比例して負担を振り分ける。代わりに、治療そのものは段階的に行う。急ぎの命から順に、最も緊急性が高い者を選び、残りは薬と休息で支える」

誰かがすすり泣いた。夜風に乗ってそれが広がる。鉱夫たちの何人かが前へ出て、手を差し出した。年老いた男の手は震えていたが、指には堀り込まれた昔の切り傷の跡があった。彼は静かに言った。「俺はもう長くは働けん。だが若い者のために幾ばくかでも背負おう。この小さな負担が、息子たちを坑へ戻すことを許すならば」

その宣言が連鎖した。次々と手が挙がり、右手を胸に当てる者、手を掲げる者、ただ頷くだけの者。それぞれの行為は、これまで隠され