眠りのない村の夢配達 第14話「エピローグ:朝の光の中で」
目が覚めた時、頬に温かな感触があった。 灯が目を開けると、そこには雲の隙間から差し込む、本物の太陽の光があった。霧は完全に晴れ、山々の稜線が鮮やかに浮かび上がっている。空は驚くほど青く、高く、どこまでも続いていた。 村のあちこちから、戸を開ける音が聞こえてきた。 「おはよう!」 「ああ、よく眠れたよ。少し怖い夢を見たが、悪い気分じゃない」 人々の声には、昨日までの刺々しさや疲労の色は微塵もなかった。彼らの目はまだ少し赤いかもしれないが、それは不眠の充血ではなく、深い眠りから覚めたばかりの、健やかな血色の証拠だった。 灯は立ち上がり、大きく伸びをした。全身の細胞が新しく生まれ変わったような、不思
目が覚めた時、頬に温かな感触があった。
灯が目を開けると、そこには雲の隙間から差し込む、本物の太陽の光があった。霧は完全に晴れ、山々の稜線が鮮やかに浮かび上がっている。空は驚くほど青く、高く、どこまでも続いていた。
村のあちこちから、戸を開ける音が聞こえてきた。
「おはよう!」
「ああ、よく眠れたよ。少し怖い夢を見たが、悪い気分じゃない」
人々の声には、昨日までの刺々しさや疲労の色は微塵もなかった。彼らの目はまだ少し赤いかもしれないが、それは不眠の充血ではなく、深い眠りから覚めたばかりの、健やかな血色の証拠だった。
灯は立ち上がり、大きく伸びをした。全身の細胞が新しく生まれ変わったような、不思議な活力が漲っている。彼女の足元には、昨晩描き上げたスケッチブックが落ちていた。そこには、村の新しい朝の風景が、生き生きとした筆致で描かれていた。
玄造が、朝の空気の中でパイプを燻らしながら近づいてきた。彼の顔からは険しさが消え、ただの気の良い老人のように見えた。
「灯。今日からは、どんな夢を配るつもりだ? またスープの絵か?」
灯は微笑み、スケッチブックを鞄に収めた。
「配るんじゃなくて、集めるんです。みんなが見た夢を、私が記録していくんです。良い夢も、悪い夢も、全部。それがこの村の新しい歴史になるから」
灯は村の小道を歩き始めた。彼女の鞄の中には、昨日までの「偽物の夢」を描くための絵の具ではなく、人々の「真実の記憶」を書き留めるための、新しいインクとペンが入っている。これからの彼女の仕事は、人々が忘れたいと願うものを魔法で消し去ることではない。人々がたとえ苦しくても、決して手放してはならない大切な重荷を、美しい物語として形にして残していくことだ。
不眠の里は、もうどこにもない。そこにあるのは、夢を見ることの痛さと、それを超える素晴らしさを知った、新しい人々の村だ。彼らはこれからも、時に悪夢にうなされ、時に悲しみに沈むこともあるだろう。だが、彼らはもう眠ることを恐れない。隣に痛みを分かち合える誰かがいることを知っているからだ。
灯は広場の中央に立つ銀色の木を見上げ、その葉が奏でるサラサラという音に耳を傾けた。それはかつての夜糸の囁きではなく、村の新しい鼓動のように聞こえた。彼女は澄み渡った青空に向かって、今日という日の、そして新しい人生の最初の言葉を、力強く投げかけた。
「おはよう」
その声は、霧の晴れた山々に、どこまでも高く、どこまでも清々しく、そしてどこまでも優しく響いていった。村の歴史の新しいページが、今、めくられたのだ。