雨冠の治水官 第4話「第3章|雨冠の治水官」
雨はいつも権力の言葉よりも正直だ。官吏の判子も、上流の赤錆の紋も、土の中でつながる流路の前では脆い紙に等しい。レイン・アークはそれを身をもって知ることになった。
雨はいつも権力の言葉よりも正直だ。官吏の判子も、上流の赤錆の紋も、土の中でつながる流路の前では脆い紙に等しい。レイン・アークはそれを身をもって知ることになった。
王都からの呼び出しは、予想よりも速かった。提出した報告書の写しが、役所から戻ってきたあの夕暮れの数時間後、治水局の使者が村へ走ってきた。使者は紙を一瞥すると淡々と告げた。
「宰相府より召喚。虚偽の報告と住民扇動の疑いで、尋問を受ける必要があると」
文字は冷たく、音は氷のように硬かった。村の堤はまだ半ばで、ミナは手を止めなかった。ノアは歯車を弄りながら「先に行け」とだけ言った。レインは測量帳を鞄に押し込み、村人たちに明日の見張りを頼み、肩越しに三度だけ手を打った。胸の奥であの夜と同じ三拍子が応えた。
王都へ向かう道は、彼の足をすくませるほど長く感じられた。街に入ると建物は密集し、雨管のふちに頬を寄せると金属と古い海塩の匂いが混ざってくる。外套の裾に残った白い塩は、夜露に解けてぬらりと光った。それが、自分が見つけたものと関係あるのか——その問いがゆらりと胸をかすめる。
宰相ヴァルガの執務室は、期待どおりの冷たさがあった。石の床に長机、壁には王家の紋と、先代たちが残したと思しき図面が額装されている。ヴァルガ本人は静かに沈んだ声で話した。年季の入った皮手袋の縁から覗く赤錆の跡が、なぜか彼の論理を補強して見えた。
「レイン・アーク。あなたは上流の水路が存在すると報告した。しかし、我が方の資料にはそのような流路の記録はない。住民を煽り、秩序を乱す行為だ。説明してもらおう」
レインは軽く首を垂れ、測量帳の写しを差し出した。そこには自分が見た苔の向き、井戸の温度記録、掘削で見つけた逆流門の位置が一つずつ、丁寧な線で示されている。だがヴァルガはそれをちらりと見て、書類係に向けて手を上げた。
「この報告書の原本は別の添付ファイルと差し替えられている。つまり、提出時の段階で虚偽が混入した可能性がある。虚偽報告は重罪だ。調査を妨害し、地方の不安を煽った——拘束する」
その判決はすぐに執行された。勾束は冷たく、手錠の音が廊下の石に吸い込まれていく。レインは胸の奥で何かが冷えていくのを感じながら、自分の測量帳を最後に見直す。封筒の中に入れておいたミナの標本、ノアが渡してくれた小さな歯車の欠片、外套の裾にひと粒残った白い塩——それらはまだ彼の胸に固く結びついていた。
牢房は想像よりも狭かった。薄い窓から入る光は、床を斜めに切り、壁の湿気を白く浮かび上がらせる。床には細い排水溝があり、そこにうっすらと水が流れていた。レインは床の傍らに座らされ、鎖の冷たさに手首の皮膚が赤くなっていくのを感じながら、目の端に小さな光を見た。無意識に指先を伸ばし、溝に触れる。
触れた水面は冷たかった。だが同時に、いつもと同じ青い糸が視界に現れた。水脈読解――前世の記憶と今の身体が共有する、不思議で忌まわしい能力だ。水面から伸びる青い線は、そこへ至る水の経路をくっきりと描き、過去三日の流量の起伏が薄い虹のように揺れている。視線をたどると、線は地下へ深く潜り、複数の枝が一つの太い線へと収束していた。太い線は王都の中心へ、さらにその先へと続いている。
彼の胸の中で、三拍子が反復して鳴った。水面に小さな波紋が三度、規則正しく叩かれる。波紋は水面の向こうで弁が打たれるようなリズムを作り、レインはそれを聞き取る。胸の奥で、遠い記憶の破片が震える——あの夜、共同溝の中で聞いた三拍子と同じ音だ。彼は息を呑んだ。ここでも、どこか別の場所でも、同じ信号が響いている。
夜が更けると、牢の扉が開いた。薄明かりの中に現れたのは、白手袋を持った王女エルナだった。彼女は王家の印章を胸に下げたまま、粗野な問い詰めの場面には馴染まないほど小柄で、しかしその目は鋭かった。訪問人は公衆のために来たのか、それとも好奇心か。レインは分からないまま、彼女と向かい合った。
「あなたがサザ村から来たレイン・アークね」とエルナは静かに言った。彼女の声は思ったより落ち着いていて、外套の白い塩の粒が袖口で乾いているのが見えた。エルナは手袋を外したまま、それを胸の前でぎゅっと握り締めた。白手袋の縁に残るわずかな汚れが、彼女の毎朝の習慣を思わせる。
「報告書は改竄されたと聞きます。誰がそれを——」
「誰がとは言えぬ」とヴァルガが廊下の影から割り込むように言った。「書類の整合性が取れない。だが、あなたの行為が混乱を招いたことは事実だ。王都は秩序を守る。我々は必要な措置を講じるだけだ」
エルナは表情を変えなかったが、その目はレインの測量帳のある方向を向いた。レインは手の届かぬ鞄の中から、ミナが密かに封蝋した小瓶のことを思い出した。苔の断面、井戸水の匂いを閉じ込めた標本。ミナは、彼が都へ送られたならばそれを持って行けと念を押していた——だが彼はそれを置いてきてしまったことを悔やんだ。
「証拠はいつでも泥の中にある」とエルナは言った。「しかし泥は簡単に拭われる。見えないものは、証拠にならない。あなたはどんな証拠を提出できる?」
レインは喉を鳴らし、言葉を探した。牢の薄い空気はすぐに彼の言葉を奪おうとする。もしここで能力のことを話せば、王族の血に触れることを厳禁された制約に触れてしまうかもしれない。だが黙っていても、事実はねじ曲げられる。彼は深呼吸をし、できるだけ冷静に答えた。
「苔の向き、井戸の温度、逆流門の位置——それらは現場で私が測った数値です。住民の証言もあります。私がここで嘘をつく理由はありません」
エルナはじっと彼を見たまま、短く息をついた。王女の瞳に小さな不安が滲む。彼女はまだ、王家の命令が古い装置の自動出力に過ぎないことを知らない。それでも、何かが彼女の中で崩れ始めているのをレインは感じた。手袋の縁に残る白い塩を彼女はそっと見下ろし、何かを思いつめるように固く唇を噛んだ。
エルナは立ち上がり、そっと囁いた。「私が証言を集めましょう。あなたの名誉のために、正しい事実を——」
その言葉は救いのように思えたが、ヴァルガの声が廊下に響いた。「一晩待つ。それ以上の混乱は許さん。王は雨を司る。王都は秩序を守るのだ」
エルナは戸惑いを隠せず、しかし静かに頷いた。彼女が去るとき、ふと外套の裾に残った一粒の白い塩を手でつまみ、ポケットにしまい込むのが見えた。手袋を外す習慣と、素手で水に触れることの意味をまだ彼女は完全には理解していない——だが、その指先の動きが、小さな変化の始まりであることをレインは知っていた。
夜が更け、牢の静けさが深まる頃、レインは再び床の排水溝に手を伸ばした。青い線はよりはっきりと浮かび上がり、過去三日の流量の変化がざわつきのように示される。線の終点には、彼の目には見えない大きな弁が描かれている。その弁は規則正しく三度、何かを打ち鳴らしている。波紋が生まれ、そして消える。三拍子は単なる偶然ではない。何かが、意図的に水を集め、そして配分しているのだ。
ふと、排水の底に小さな文字が刻まれているのに気づいた。泥に埋もれた鉄板の角に、古い文字で「一括集水」とだけ刻まれている。レインの胸