異世界転生星図師の皇帝

異世界転生星図師の皇帝 第6話「第5章」

夜の空が低く、砂の匂いが冷えはじめたころ、検問の燈籠が一つ、また一つと揺れた。レンは荷馬車の脇で腕を組んだまま、眼前の列を見つめていた。目の前には、売り物の毛布を重ねた遊牧民の小さな一団。女たちは子どもを胸に抱き、男たちは疲れた顔で役人の書類に視線を落としている。彼らの列の先、官服の代官が重箱のような箱を開け、金銀の天秤を見せつけた。

夜の空が低く、砂の匂いが冷えはじめたころ、検問の燈籠が一つ、また一つと揺れた。レンは荷馬車の脇で腕を組んだまま、眼前の列を見つめていた。目の前には、売り物の毛布を重ねた遊牧民の小さな一団。女たちは子どもを胸に抱き、男たちは疲れた顔で役人の書類に視線を落としている。彼らの列の先、官服の代官が重箱のような箱を開け、金銀の天秤を見せつけた。

「通行税だ。渡さねば通さん」代官の声は砂地に響いた。声に合わせて、護衛の槍先がきしんだ。

レンが今したいことは明確だった。列を詰まらせている検問を通して、彼らを夜の安全な帰路へ導くこと。だが妨げははっきりしていた。新しく強化された通行税と移動制限。夜間の行軍は禁じられ、違反すれば刈り取るように税と罰が降るという。守るべき相手はこの小さな一族全員だ。彼らの疲れ切った眼差しがレンの胸を締めつける。

「ここで止める必要はない」と、レンは言った。声は小さかったが、控えめな断定が群衆の耳を引いた。代官が振り返る。彼の手は天秤のふたを閉じかけた。

「貴様は何者だ。夜歩きを促すとは無謀だぞ」代官が鼻を鳴らす。

「危険を承知でない者を閉じ込めるのが、役人の仕事ではないはずです」レンは手に持っていた小さな星図筒をそっと差し出した。古いプラネタリウムの解説用に作られたような、ひび割れた革の筒。仲間に夜道を歩かせてこそ、その歩みだけを星図に定着させられるという彼の術の道具のように見えた。

代官は口の端で笑った。「見世物か。俺が許可すれば道は開く。金を出せ。そうでなければ押し戻す」

「あなたに金を出すために彼らは歩いているのではない」とレンは答えた。「ここで私が示すのは金ではなく方法だ。夜に実際に歩けば、行ける道があると証明します。公開で示しましょう。誰の土地も線で囲いません」

その最後の言葉に、代官の顔色が変わる。彼の手が一瞬、書類の上で動いた。周囲からは小さなざわめきが起こる。代官は低く囁いた。「線で囲わない? では理由がない。助けてやるなら、領界を画してやれ。それが安定というものだ」

レンの心臓が一拍だけ早くなる。囲うという単語だけで、胸の奥に冷たい波が広がる。過去の痛みが、浮かんでは消えた。幼いころ、砂の城を作って遊んだ記憶の間にぽっかりと空いた穴がある。ある夜、囲いを引いたとき、星が消えて、歌の一節が抜け落ちた。その喪失感は血の匂いのように彼の感情に残っている。だが今、彼には選択があった。守る対象の顔が先だ。

「囲うつもりはありません」とレンははっきり告げる。彼の声は冷たく、しかし柔らかかった。「囲えば星は消え、私の故郷の記憶は薄れます。あなたが望む安定は、誰かの記憶の代償で成り立つものですか?」

代官は眉をひそめた。群衆の中に女がすすり泣く声が混じる。代官は一瞬、レンの目を見てから、そっぽを向いて書類を押しやった。「見せ物に付き合う暇はない。夜の外出をな」

群衆の中に、年老いた族長の声がした。「聞け、若者。もし夜に行くならば、官は取り締まる。捕らえられたら、どうするのだ?」

レンはわずかに笑った。「捕らえられるなら、そこで公開します。私が何をするか、全ての前で。隠れて術を使うつもりはありません。術の危険も、代償も、逃げ隠れする理由も、全部見せます」

その言葉が群衆に届くと、小さなざわめきは次第に賛同の声へと変わった。子を抱いた女が顔を上げ、しわの深い男が腕の筋を固める。代官は勝ち誇ったように鼻で笑った。「公共の決定だと? なら正式に申告して行進しやがれ。だが、夜は許さぬ。違反すれば即刻罰である」

レンは目線を巡らせた。夜を待つことはできない。検問を越える必要がある者たちの足はもう限界だった。だが、彼の術は夜の歩行そのものを必要とする。昼間の見本では星図は刻めない。仲間に夜を歩かせること、そしてそれを公開することが、今ここでの勝負だった。

「どうせなら、ここで決めよう」とレンは仲間の一人、マーニに囁いた。マーニは頬にかすかな切り傷を持つ男で、検問に押し留められていた遊牧民の一人でもある。「あなたたちと私とで、今夜、一列になって歩こう。ここは人目が多い。捕らえるならこの場で捕らえるだろう。彼らの前で強制するのなら、彼らの前で断罪されるはずだ」

マーニは短くめんどくさそうに息を吐いたが、やがて頷いた。「あんたのやり方が正しいかは知らねえ。だが、子の腹の虫が強くなってきた。行くなら今だ」

夜になるまでの数時間、レンは仲間たちと細かな準備をした。道の要所に小さな燈明を置き、列の中の弱い者のために休憩ポイントを決める。誰もが自分の荷物を見直し、子どもたちには眠り薬代わりのお茶を温めた。代官は夜の通行を拒み続けたが、群衆の圧力は徐々に高まり、彼はとりあえず記録係を呼んでその場の出来事を筆記させた。書面に記すことで後の責任を回避するという役人の癖だ。

いよいよ、夜の時間が来た。空は深く冷たく、星は軒並み低く垂れていた。だが北の高みに、いつもそこにあったはずの一つの光、北極星は見えない。レンは夜空を見上げながら、胸の内に空白が広がるのを感じた。消えた星は、彼の術とは別の何かを告げている。それでも彼は歩き出した。

「一列に、ゆっくりと。足跡を繋げるんだ」レンが声をかける。周囲は暗く、足元を灯す小さな燈明だけが揺れる。彼は仲間に触れ、彼らの歩幅を合わせる。術の発動条件は単純だ。夜であること、そして誰かが実際に歩いていること。だがシンプルだからこそ、リスクの重みが増す。夜の行進は検問の取り締まりの対象だ。捕まれば群衆の前で恥をかかされ、ひどければ連れて行かれる。

足跡は砂に刻まれて、星のように点在する。レンは歩きながら、そのたびに手にした小さな筒を開け、星砂を少しだけ撒く。星砂は彼の記憶の媒介であり、星図の感応点となる。仲間がその上を通ると、星砂の粒は淡く輝き、レンの掌の中の革筒がひくりと震える。彼の胸に冷たい疼きが走るのは、囲うことの禁忌を思い出すからだ。以前、誤って囲む形になった星図を描こうとした夜、星は二つほどぴたりと消え、彼は故郷の歌の一節を忘れた。今その記憶は、夜の空のどこかに漂っているようである。

だが今回、レンは囲いを作らない。最後まで線を結ばず、路線を交差させ、繋げるだけである。仲間たちの足音が砂に小さなリズムを刻む。少女の呻き、老人の咳、子どもの笑い声が、暗闇の中で小さく重なり合う。レンは彼らの歩み一つ一つを目で追い、星砂を置く場所を決める。星図は彼の手の先で、空の下で生まれていく。

深夜を越え、彼らは検問の脇を通り抜ける。代官の見張りはいるが、群衆の中で大規模な追跡を開始するには躊躇している。観衆の目があるということは、かろうじて法の恐怖を抑える抑止力になる。レンは心のどこかで、これが「公開」だという感覚を味わっていた。術の危険や代償を隠さずに見せることで、抑圧は暴かれる──その信念が、彼の足を前へと押した。

夜明け前、砂の上に無数の足跡が網を作った。そこにレンの星図があった。朝の光が差すと、革筒の中の図版は静かに輝きを増した。細い線が幾つも伸び、交差し、だが一つの囲いに収斂することはない。群衆が集まると、レンはその星図を大