異世界転生石鹸工の王宮侍女

異世界転生石鹸工の王宮侍女 第17話「第15章」

朝の露がまだ石畳に滑る時間。私は、包帯に巻かれた右手をそっと懐に押しやりながら、広場の壇へと向かった。望みは一つだけだ――王宮の記録の断片を、公共の前に示すこと。封印された文書の端に残る、隠蔽の痕跡を公に晒せば、名において「神罰」と叫ぶだけの侍医の言い分は脆く崩れる。仲間たちが背後に立つ。エリは洗濯場の同僚で、頑丈な肩と早口の理屈を持つ。リラは鉱山町の小さな学校の女教師で、子どもたちの代表を引き連れている。ヒガは、かつて王宮図書室で働いたことがあるから、私が盗み出した断片の出所と取扱いを知っている。彼らは私の道具でもなく、私の代弁者でもない。自分の顔で立とうとしている人々だ。

朝の露がまだ石畳に滑る時間。私は、包帯に巻かれた右手をそっと懐に押しやりながら、広場の壇へと向かった。望みは一つだけだ――王宮の記録の断片を、公共の前に示すこと。封印された文書の端に残る、隠蔽の痕跡を公に晒せば、名において「神罰」と叫ぶだけの侍医の言い分は脆く崩れる。仲間たちが背後に立つ。エリは洗濯場の同僚で、頑丈な肩と早口の理屈を持つ。リラは鉱山町の小さな学校の女教師で、子どもたちの代表を引き連れている。ヒガは、かつて王宮図書室で働いたことがあるから、私が盗み出した断片の出所と取扱いを知っている。彼らは私の道具でもなく、私の代弁者でもない。自分の顔で立とうとしている人々だ。

「今日は着物の柄が控えめね」とエリが囁いた。緊張をほぐすつもりらしい。リラは小さな手をグローブで握りしめ、子どもたちのひとりが私をじっと見上げている。彼らは私に助けを求めた。だから私は、ここで黙ってはいられない。

壇の脇には、王宮の書記官が控えていた。石の机に置かれた巻物は整然としていて、そこに立てられた王室の紋章が、どこか冷たい光を放っている。書記官の目がこちらを滑って、やがて私の包帯に留まる。顔には薄い疑念と、不愉快そうな抑制が混ざっていた。

「マコト殿。今日の立会は――」と、彼が言いかけた時、会衆の中から一人の鉱夫が前に出てきた。トマスだ。顔に浅い傷が刻まれている。彼の手に、私が分けた紙の一片がある。私が図書室から密かに写し取ったページだ。そこには、王室の水利奉行が鉱山排水について触れ、対処すべき化学的指示を無視していた痕跡がある。文章は瑣末に見えるが、つながれば隠蔽の絵が浮かび上がる。

私は息を整え、紙を受け取った。綴じをほどいた断片は紙の端が薄く黒ずんでいて、だれかが火であぶったような痕が残っている。書記官の表情が硬直したのを私は見逃さない。堂々と示すつもりだった——だが、ここで何かが狂った。

書記官が笑みを張りつけ、声色を変えた。「公共の場での無責任な告発は許されません。王室に関わる記録は、鑑定を経たうえでしか公開できない。妨げる者には……」

その言葉は呪詛のように会衆の空気を吸った。目の前の数人が、言葉を飲み込むようにして表情を曇らせる。トマスの指先が、紙を握る力をほんの少しだけ緩めた。リラの顔色が変わり、彼女の頬を一抹の汗が伝う。子どもたちの目がきらりと瞬き、何か語ろうとしたが音は出ない。言葉にならない圧力が私を押しつぶし、脳内に粘土のような重みがかかる。

「記憶が、曖昧になります……」ヒガが低く呟いた。彼は図書室で見聞きした王宮の術式について言及を避けてきた男だ。その眼は怖れで細くなり、私にはそれが認識の毀損の始まりだとわかった。

書記官は手を上げ、低い声で呪文のような言葉を投げる。言葉は音としては簡単なのに、聞いた瞬間に私の胸の中の細かな記憶が一枚ずつ、霧に溶ける感覚に陥った。私が図書室でこの頁を見つけた夜、奴隷のように働く書記と視線を交わしたこと、簿の角に残った指紋、すべてが薄れていく。リラの表情も消えかけ、子どもたちはぼんやりと笑っているように見えたが、その笑顔は私が知るものではない。

私は動いた。記憶を奪われる前に、断片を示すのをやめるわけにはいかない。だが身体が重い。会衆の記憶の糸が一本ずつ切られていく感触に、私は苛立ちと恐怖が入り混じった怒りを感じた。書記官の唇に薄い勝ち誇りが浮かんだ。

そこで、私は別の手段に訴えようとした。言葉が奪われるなら、証拠を分けて守ればいい。記録が一箇所にあるからこそ操られるのだ。私の目は瞬時に計算し、隣にいたエリに合図を送った。「今だ。配って——無造作に、誰が何を持つかばらつかせて」

エリは素早かった。彼女は巻物や紙片を素早く小さな包みに押し込み、近くの市井の商人や裁縫師、パン屋に向けて投げた。人々は最初戸惑ったが、書記官の術が及ぶ前にいくつかの包みは手の中に収まった。ヒガは疲れた笑みを浮かべ、町の商人に向かって囁いた。「読み直してはいけない。何かあれば三人以上で確認すること。覚えられなくても互いに断片を見せ合うことだ」

だが、ここで私がしてしまった誤りも露見する。混乱の最中、書記官の側近の一人が、何かを証明するかのように前に出た。彼は穏やかな顔をしており、私が持っていた巻物の一部を手にした。彼の袖口には、薄い黒い粉のようなものが付着している。私はその袖を見て、反射的に思った。もしこの者が隠蔽の道具であるなら、袖には害の手触りが残っているはずだ——そして、私の石鹸がそれを可視化するだろう。

思考の速さに任せ、私は包帯をほどき、煮たてたばかりの自家製の石鹸を小さな皿に出した。私の能力は単純だ。自分で煮た石鹸は、触れた物に残る「害意の汚れ」だけを泡として可視化する。だが条件もはっきりしている。無実の人を疑って洗うと、その泡は私の手を焼き、汚れそのものは消えない。だから私はいつも慎重に判断する。人を疑うには、共同の証言が必要だ。今日もその秩序を守ろうとしたが、目の前の袖が私の理性をかき乱した。

「待て」とリラが言った。「まず、共に判断を」

そのとき、書記官の側近は穏やかに手を差し出した。彼の顔には懐柔の笑みが浮かんで、どこか哀れみが混じっている。私はその手に石鹸の泡を塗る。白い泡は先に静かに弾み、そして間もなく、泡の縁が黒く染まった。黒い泡だ。私の胸は跳ねる。黒い泡は私にとって、これまで何度も見た不穏の前触れだ。だが同時に、手のひらに鋭い痛みが走った。泡が熱を帯び、指先を焼く。息を上げるほどの痛みだった。

「痛い!」と声が出た。手が包帯の上で跳ね、泡が消えない。袖の男は驚いた顔で私を見ている。だが、その驚きが憐れみへと変わった。彼は確かに、命令でここに立たされている無実の道具かもしれない。私が疑ったのは間違いだった。無実を疑った代償が、私の肉を焼いた。泡は黒く光り、指の間で弾くたびに、かつての火傷の傷が鳴るように痛んだ。

泡は言葉を持たない。だがその黒は、まるで触れた者の胸に垂れた墨の滴のように見える。他人を責める前に、誰が道具で誰が主導者かを識別するべきだという原則が私の胸に刺さる。手を焼きながら、私は書記官の側近の顔を凝視する。彼の眼には、隠しようのない疲労がある。指先の黒は、彼の罪ではなく彼の触れた物の歴史を示しているだけだ——紙そのものが、何者かの手で汚染されている。

書記官がにやりとした。彼は私の痛みを楽しむかのように見ている。だがその視線の奥には、恐れも混ざっていた。私の能力は一人を断罪するものではない。そうであれば、私は簡単に正体を晒していただろう。私が今行ったことは誤りであり、その代償を払った。しかし同時に、この瞬間に確かな気づきが生まれた。痕跡は、紙とその取扱いから発せられている。記録そのものが変質しているのだ。中央に集中しているからこそ、そこに「修正」が施され、記憶を壊す術式が埋めこまれている。

私は包帯をきつく巻きなおす。血はまだ滲んでいるが、声を絶やしてはならない。街のざわめきが、いつの間にか遠のいていた。書記官は聖なる紋章の重みをまとうかのように胸を張り、今のうちに事態を制御しようとする。だが私はも