異世界転生雨傘職人の王都魔導師

異世界転生雨傘職人の王都魔導師 第15話「第13章」

午前の陽は高く、だが王都の空はいつものように青く澄んでいた。カイは店先の木箱を抱え、埃をはたきながら脇に積む古い布を整理していた。やるべきことは山ほどある。直す傘を抱えた商人が待ち、人並みの減った市場を守る巡回の約束もある。だが彼が今、どうしても欲しているのは記憶の続きをつなぐ一枚の断片──先月、閉じた傘に頼ったあの夜に抜け落ちた風景の欠片だ。指先が震え、名を呼んでも答えが出てこない空白が、彼の胸を重くしていた。

午前の陽は高く、だが王都の空はいつものように青く澄んでいた。カイは店先の木箱を抱え、埃をはたきながら脇に積む古い布を整理していた。やるべきことは山ほどある。直す傘を抱えた商人が待ち、人並みの減った市場を守る巡回の約束もある。だが彼が今、どうしても欲しているのは記憶の続きをつなぐ一枚の断片──先月、閉じた傘に頼ったあの夜に抜け落ちた風景の欠片だ。指先が震え、名を呼んでも答えが出てこない空白が、彼の胸を重くしていた。

「カイ、今日の朝市で会合が開けるって。代表たちがこっちへ来るわよ。」

リナの声が背後から跳ね返る。市場の若い代表、いつも沈着冷静に見えて、言葉には熱があった。彼女の顔は疲れているが、まっすぐにこちらを見つめていた。脇には、紙を抱えた年長の記録係──トーベが続く。トーベはいつも控えめだが、今朝は表情に焦りが滲んでいた。

「来るのは、湧水組合のハル、屋台連合のマノ、そして……市の住民代表のアリア。ちゃんと議題が必要だ。評議会が、また資料の一部を差し替えたって噂がある。」リナが言う。

カイは小さく息を吐いた。噂ではなく、彼自身の記憶が差し替えられている気がする──というのが正直なところだ。閉じた傘に頼ったあの日、彼は何かを失った。何を失ったかを思い出そうとすると、頭の中に冷たい雨が降るように、感触だけが残り、肝心の映像はつるりと抜け落ちる。だが抑え難い確信があった。抜け落ちた部分は、評議会の議事録の改竄と繋がっている。

「なら、今日はその件を中心に話そう。記録を突き合わせる。」カイは言った。声は細くない。彼は店の奥から古い修理台の帳簿を取り出す。そこには直した傘と持ち主の名前、修理した日とちょっとした会話の断片が手書きで残っている。記憶が欠けた日付には、やたらと空白が多い。

「閉じた傘に頼ったせいで、記憶が消えたんだったな」とトーベが肩を落とす。「あの夜、カイが気を失っている間に、私の使っていた保存用の写しも消えたんだ。だが何かがおかしい。消えたはずの部分が、評議会の本の中では別の言い方に変えられている。出席者名がそっくり削られて、別の言葉に置き換えられている。」

マノが怒りを含んだ低い声で言葉を被せた。「つまり、彼らは『なかったこと』にしてるってことか。雨の配給を決めた会合だ。そこに、移住させられた人々の名前や抗議した市場の名が消されている。」

会話の端から、カイは自分の掌を見た。皮膚は修理の油でべたべたしている。思い出そうとしても、手繰るほどに失われた部分が広がるようで、吐き気さえ覚える。だがその不快感が、今は怒りへと変わった。自分の記憶が盗まれたこと、そしてその空白が制度によって埋め替えられている可能性があることに対する怒りだ。

「まずは証拠を出す必要がある。」カイは言い切った。「評議会の議事録と、こっちの現場記録を照合する。消された者たちの証言を集める。評議会側の書類に『消した跡』があるか、差し替えられた履歴が残っているか、誰かに見せてもらわないと。」

リナが首をかしげる。「どうやって? 評議会の中枢は口を固める。私たちの代表も、庁舎の備え付け書庫への立ち入りを許されないと聞いた。」

トーベがそっと一枚の紙を差し出した。端に評議会印の入った写しだ。古びた紙の隅に、かすれた線が走っている。どうやら鉛筆かなんらかで、持ち出された跡があるらしい。

「これが、消える前に誰かがこっそり写したものだ。私の分は最後のページだけが白かった。そこに、私が読んだはずの出席者の名があった。だが本家の写しでは、そこは文字がないか、別の名簿が差し込まれている。」トーベの声は震えていた。彼は書記係として長年、議事録に触れてきた。書類の異常を見抜く目は、まだ衰えてはいない。

カイはその紙を受け取り、目を走らせた。ふと、記憶の端に僅かな映像がよみがえる。あの夜、彼は自分の手で誰かの傘を閉じた。暗闇の中で、傘の布が固くなり、鎖のように彼の指に絡みついた感触があった。閉じた傘は、彼にとって最後の逃げ道として見えたのだ。だがその瞬間から、そこにあったはずの会話が消えた。

「それで……あなたはその夜、閉じた傘に頼ったのか?」リナが遠慮がちに尋ねる。

カイは目を伏せた。思い出したくはないが、隠しもしない。正直でいることが、彼の信頼を築く唯一の方法だった。「あのときは……救わなければならなかった。ある屋台が屋根を失い、人が押しつぶされそうだった。咄嗟に手を出したんだ。閉じた傘を持って――」

言葉がそこで切れた。喉が詰まるように記憶のひと切れが抜けた。視界に影が差し、いくつかの名前が消える。他の誰にも見せたことのない地図の端が、引き千切られた。カイは拳を固め、床の木目を見つめた。代償は現実だ。彼は自分の記憶を誇りにしてきた。技術の語り部として、誰に何を直したかを覚えていることが彼の仕事の証でもあった。それが、封じ込められたのだ。

「カイ……」トーベがそっと肩に手を触れた。「私たちはあなたを責めてはいない。記憶は戻せないかも知れないが、素材と証言で補うことはできる。」

その言葉に、カイは首を振った。「俺はもう、個人の救助だけじゃ足りない。代償が評議会に利用されてる。俺の失った記憶が、彼らの帳尻合わせに使われている。もし俺一人が救いを続けるだけなら、同じ穴を埋める者がいなくなる。ここで止めなきゃならないんだ。制度に直接関わるんだ、リナ。代表たちと話をつける。市の代議で、評議会の議事録の改竄を公に突く方法を作る。」

話が出ると同時に、三人の顔は引き締まった。目の前の問題の大きさを、皆それぞれ噛み締めていた。市場は単なる集合体ではない。人々の生活、記憶、商いの紐帯がそこにある。空から落ちる雨が選別の道具になるのなら、彼らのここにある日常が根こそぎ奪われる。

「代表たちを集めればいい。市の住民代表を通じて、臨時の市民会を開けるかもしれない。公的な場で、複数人の証言を並べれば、改竄は誤魔化せないはずだ。」マノが強く言った。彼は普段は調子のいい商人だが、仲間を守るときの口調は硬い。

「市の資料館に残る写しを手に入れる必要がある。」トーベが続ける。「だが直接は無理だ。評議会の役人が書庫を監視している。だが――」トーベは一瞬声を潜めた。「私には会える遠縁の役人がいる。彼女は記録の検索を請け負う内部職員だ。顔見知りだから、口を割るかもしれない。」

「それがあるなら、会おう。」カイは即答した。だが同時に、胸の奥に冷たい予感が差し込む。この行動は公的対決への第一歩だ。評議会がそれを好意的に受け止めるはずはない。だが沈黙を続ければ、人々は選別され、名を消され、石畳は濡れ続ける。

準備を終え、市場の小さな食堂で三つの椅子を寄せ合う。代表たちが声をひそめて議論する間、カイは店先の傘を無造作にしげしげと見た。黒傘の穴──あの穴は、もはや単なる欠陥ではない。何かが刺さり、そこから物語がこぼれ落ちた跡のように見える。彼はあの傘を指で撫で、決意を固めた。記憶を取り戻すのではない。彼が失った部分は、共同で補うしかないのだ。

午後になり、彼らはまず外部の証言を集める作業に着手した。屋台の親父たち、露店の若者、配達人