異世界転生氷菓子師の辺境伯 第15話「第13章」
朝の光が雪の屋根を刺す頃、レナは木の台の上で小さな果実を並べていた。赤い山査子、青い桜桃、さらには夏の名残を残す淡い葡萄。指先に冷たい感触が残るような朝だったが、台所の火は控えめに熾っていて、仲間たちの足音と低い囁きが壁に跳ね返っていた。
朝の光が雪の屋根を刺す頃、レナは木の台の上で小さな果実を並べていた。赤い山査子、青い桜桃、さらには夏の名残を残す淡い葡萄。指先に冷たい感触が残るような朝だったが、台所の火は控えめに熾っていて、仲間たちの足音と低い囁きが壁に跳ね返っていた。
「今日は役人が来るって、本当かい?」カイエルが潜り込むように戸口の影から顔を出す。骨の折れる仕事を請け負う村の医師は、いつもと違う緊張を帯びた顔をしていた。彼は常に実務と倫理を秤にかける人だ。ヨランは背に丸めた羊毛布を担いで背後からやってきた。かつて辺境の隊士だった彼は、今は村の見張りと雑務を仕切っている。二人とも、守られる対象は子どもたちだとわかっている。
「本当よ。摂政の使者が『感情の安定化技術』の導入を検討しているって。公聴会に出ろ、って。」レナは果実を一つ手に取って、表面の艶を確かめるように親指で撫でた。防寒のためのダッフルを羽織っているものの、指先がほんのりと冷たいのはいつものことだ。だが今日はそれ以上に、胸の奥が冷えた。制度化の話を聞くたびに、彼女はあの時の老人の表情を思い出す。受け取った氷菓がその人を無表情にしてしまったあの日だ。
「君はどうするつもり?」カイエルの声が静かに迫る。「見せるのか? 抵抗するのか?」
レナは果実を机に置き、小さな紙切れを取り出す。そこには、菓子の分配に関する彼女の書き付けが乱暴に走っていた。『受け渡しの原則:果実は本人が差し出すこと。氷菓は個別に作ること。独占を禁ずる』—文字は少し震えている。彼女は仲間たちの顔を順に見た。ヨランの顎のあたりに鋭い光が差し、カイエルの目は落ち着いている。守る対象がここにいる。子どもたちの名を彼女は心の中で一つずつ呼んだ。
「私は、公開でやるつもりよ」レナは決めたように言った。「ただし、私が使うのは、その人が自分でくれた果実だけ。摂政の管理下で強制的に作らせるなんて、絶対にさせない。」
戸の外で足音が止まり、冷たい空気が入ってきた。公聴会の会場となった集会所には既に摂政の黒紋章を付けた役人たちが並んでいた。彼らは整然と、力を誇示するように立っていた。使者の前に並んだ長机の上には、つや消しの小箱が一つ置かれている。中を覗けば、そこには真新しい白い氷菓が一つ、慎重に包まれていた。周囲の人々の視線がそれに吸い寄せられる。感情が乱れるのを押さえ込むように、誰かが呼吸を整えた。
「レナ・アルム、貴方が噂の氷菓師か」使者の声は平然としていた。「我々は、疫風で疲弊したこの地に秩序をもたらすための技術を検討している。貴女の能力はその核になりうる。地方の判断だけではなく、中央の資源配分を通じて、感情の乱れを抑える。混乱を防ぐ。それに、子どもたちの健康も護られるだろう。」
背後の席で低いざわめきが立つ。ある母親が腕に抱いた子どもの髪を撫で、子どもの小さな咳を気にして顔をしかめる。レナはその母の目を見て、言葉が喉に固まるのを感じた。『感情の安定』とは誰にとっての安定なのか。彼女は果実を片手に握りしめた。
「技術なら、技術だとはっきり言ってください」レナは静かに前へ出た。「でも、貴方たちが言う安定は、感情の消去と紙一重です。私の方法は、人が自ら選び差し出した果実だけで発動します。強制を通じた大量生産や一括配給は、感情を奪う危険を生む。私はそれを認められません。」
使者の目が細まり、そばにいた薄い革の書類ケースを取り出した役人が口を挟んだ。「感情が凍る? それは誇張だ。現に安定を求める声は多い。我々は医学的に評価し、許可を与えるに値すると判断するだろう。貴女には、協力を求めるか、さもなければ方法の封印か、どちらかを選んでいただきたい。」
封印、という言葉が集会所の空気を凍らせる。封印すれば村の人々は救済を奪われる。協力すれば制度の道具にされる。レナは果実をぎゅっと握り直した。発動の条件が、今ここでの抵抗の力になるかもしれない。能力は「本人が分けてくれた果実の甘みを凍らせ、熱や腐敗を短時間だけ吸い取れる」。だが重要なのは、「本人が分けてくれた」という点だ。
「なら、ここで証明をしましょう」レナは言った。「私が使うのは、会場の誰かが自分で差し出した果実だけ。それで効果を示す。だが、それは彼ら自身のための一時的な救済であって、公的な監視装置にはなりません。感情が鈍る事例が出たのは事実。独占すれば、感情を凍らせる結果を招く。それを避けるために、発動の前提は自発的な差し出しであると明記させてください。」
言葉が終わると、会場の片隅で小さな声が上がった。「やってみたい。わたし、果物を持ってる」幼い指が一つの小さな藍色の果実を差し出す。アリンだ。村の子どもで、先週咳をしていた小柄な少女だ。彼女の眼差しは揺れながらも真っ直ぐだった。母親が顔を強張らせる。アリンは小さな掌で果実を握りしめ、震える手でレナへと差し出した。自ら差し出す意志。その瞬間、レナの心がぐっと締め付けられる。
使者は不満そうに眉を寄せた。「児童を実験に使うのか?」
「彼女の意思だ」カイエルが遮った。「それを否定する資格が誰にある?」
会場は微かにざわめいた。役人たちの眼光が揺らぐ。摂政側は、示威と秩序を演出したい。子どもを用いることは分かりやすいプロパガンダになる。レナは心の中で冷や汗をかきながら、能力を用いる準備をする。必要なのは、ただひとつの果実。だが代償があるのも事実だ。吸った熱は彼女の体温を下げる。急激な冷えは手の震えや判断力の低下を招く。さらに、独占してしまえば、その氷菓は受け取った者の感情を凍らせるときがある。彼女はその規則を守り続けなければならない。
「アリン、いいか?」レナは少女の耳元に低く囁いた。アリンは振り返って小さく頷いた。掌に載っている果実の輝きが朝光を受けて震える。レナは深く息を吸い、果実の甘みを、技術を呼び出すための媒介として感じた。能力の発動はいつも儀式めいている。果実を手のひらで包み込み、香りを確かめる。誰かがその果実を差し出してくれたという事実が、力の倫理的起点になる。
彼女が指先で果実を押し潰すようにすると、冷たい霧が指先から広がり、空気の温度が一瞬下がった。ヨランが無意識に布で腕を擦る。レナの耳鳴りが始まる。熱を吸い取る感覚が、体の中心からすっと引かれていく。喉の辺りがひんやりと覚醒し、胸の奥が陰られる。数度の瞬きの後、アリンは深呼吸をし、咳がぴたりと止まった。小さな顔にどこか落ち着いた微笑みが浮かんだ。しかし、微妙な違和感も現れた。眼差しが一点を見据えたまま、まばたきがゆっくりになった。母親の腕が一瞬固まる。感情の波が薄くなる—それが起きたのだ。
使者はすぐに飛びついたように拍手を打った。「見よ、効果は明らかだ! 我々の言うとおり、安定化技術だ。これを公共のプログラムとして整備すれば、疫風の混乱も、移民の衝突も、治められる!」
レナの手は冷たく震えていた。体温が下がり、足元の感覚が少し鈍る。手先が痺れ、呼吸も浅くなる。カイエルがそっと毛布を差し出してくれるが、レナは首を振った。彼女の頭の中にはすでに次の一手が描かれていた。示威を続けるだけでは、制度の正当化に利用される。彼らは