玩具職人 第2話「第1章」
朝の光が工房の窓から斜めに差し込み、木屑と紙の粉が薄い金色の帯となって床に落ちていた。トトは手を止め、机に残る小さな紙人形を見つめる。今、したいことはただ一つ――ここにいる子どもたちを怖がらせないことだ。しかし声を上げるのは難しい。外から聞こえる足音、通りの向こうで笑う軍服の金具の鳴る音が、いつもより近く思えた。
朝の光が工房の窓から斜めに差し込み、木屑と紙の粉が薄い金色の帯となって床に落ちていた。トトは手を止め、机に残る小さな紙人形を見つめる。今、したいことはただ一つ――ここにいる子どもたちを怖がらせないことだ。しかし声を上げるのは難しい。外から聞こえる足音、通りの向こうで笑う軍服の金具の鳴る音が、いつもより近く思えた。
「トト、やってみせてよ」ユナの声は淡く、けれど確かな要求だった。彼女は紙を何枚も積み上げ、指先でかすかに折り目をつけながら、目を輝かせて見つめている。ユナの作る紙人形は、子どもの遊びを引き出す器械のように精巧で、折り目一つで表情が変わる。トトはその首の一つをそっと撫でた。紙の匂いが鼻をくすぐる。過去の職業の癖で、彼はまず安全性を繰り返し確認してしまう。
「今日はリカが来るって聞いただろう。あの子、昨夜から眠れてないのよ。夢のことばかり言って」ユナは低い声で言った。リカは四つん這いになってこの工房の隅で眠る癖がある小さな子だ。戦火で家を失い、笑い方を忘れかけている顔。トトは肩を竦める。
「いいよ。だが、ちゃんと選ばせてくれ。子どもが自分で遊び方を選ばないと、僕のやり方は効かない」トトはいつもの決まり文句を口にした。言葉の裏には、彼自身の能力の条件がある。子どもが自分で選んだ玩具だけにしか、彼の力は働かない。大人の命令で動く玩具は彼の手にも歯が立たない。彼はその制約を何度も学んだ――失敗を通して。
「わかってる」ユナは黙って頷き、紙人形を一体抱えて立ち上がった。背後の扉が開き、アベルが入り口に背を預けて立つ。彼は若い兵士の格好だが、肩の力が抜けており、銃は帯に掛かっているだけで不用意に手を触れないようにしていた。片目のドンは、巻き上げ式の時計の心臓部を手に、ベンチで何かを眺めている。工房はいつもより人の気配で満ちていた。
リカは、ユナの呼びかけに顔を覗かせる。眼の下に濃い影があり、頬に今朝付いた泥が落ちていない。誰かが「勇気を出して」と押し付けるような大人の慰めが、彼女をもっと縮こまらせるだろうとトトは知っていた。だから今日の狙いは単純だ。子どもの「選ぶ自由」を取り戻し、その玩具を通じて怖いものを小さく示し、みんなで向き合える形にすること。
「どれにしようかな」リカはゆっくりと歩み、机の上の紙人形を指先で探る。ユナの作った小さな猫、折られた鳥、首のゆるい兵隊の人形。リカの手が、片翼の小さな木製の鳥に触れた。トトの胸がぎゅっとなる。木鳥は、くすんだ色と一つ欠けた羽根を持っていた。以前、ミオが大事にしていたものに似ている。ミオは――トトの胸の内の名が一瞬、冷たく光る。だが今はその名を飲み込んだ。
「それだね」リカが囁くように言う。声は薄く震えていたが、彼女の指は確かに選んだ。トトの体に温かい電流のようなものが走る。子どもが自ら選んだ瞬間、力の入口が開くのを彼は覚える。慎重に、ささやくように、彼は手を差し出した。
紙と木と空気の境界が、薄く震えた。小鳥の目のところから影のような形が生まれ、チリのように舞う。リカの「怖いもの」は薄い黒い虫のような姿で、小さく震えながら木鳥の周囲を漂った。トトはそれを見下ろす。能力は、子どもが選んだ玩具に限り、その子の怖いものを「小さな形」にして動かす。形はいつも同じではない。子どもの恐怖の輪郭を借りて、玩具の周りで踊る小さな現れになるのだ。
小さな虫は、リカの顔を覗き込むようにひらひらと舞い、その向きは決して攻撃的ではなかった。恐怖を見せることで、みんなはその輪郭を観察できる。ユナは息を呑み、アベルは両手を腰に当てたまま視線を鋭くする。ドンは顎に塵を付け、目だけで問いかけるようにトトを見る。
「いま、どうするの?」ユナの声は震えている。だがそこに焦りはない。トトはゆっくりと肩を落とし、リカの手の甲を軽く取り、紙と木を繋ぐように指先を添えた。小さな虫はじっとして、彼女の一挙手一投足を見つめる。
「一緒に触ってみよう」トトの言葉は静かだ。彼は子どもたちの輪の外に立つのではなく、同じ高さで共にいる。リカが恐る恐る木鳥の羽根に指を伸ばすと、虫はほんの少し震えて後退する。リカは目を見開き、そして小さく笑った。笑いはひび割れた窓ガラスのような不安定さが混ざっていたが、それでも笑いだった。工房の空気が変わる。誰かの肩の力がほどける音が聞こえた。
それを見ていた老女が門外から口を挟む。いつも子どもたちを監視している慈善団の女監督だ。彼女は鼻を鳴らして近づき、リカの木鳥を指さした。「そういう怖がるものをあおってはいけない。子どもには勇気を教え、恐れを無くさせるのが大人の役目よ」彼女の言葉には命令の重みがある。周囲の空気が一瞬締まる。
ユナが眉をひそめ、小さな紙人形をぎゅっと握る。アベルはすぐに反応しそうになったが、トトが手のひらを上げて制した。彼は静かに振り返り、言葉を選ぶ。
「恐れを無くすと言っても、そのやり方は違う。恐れを押し込めれば、後で出てくる。ここで大人が決めるのは、子どもの選ぶ権利を奪うことになる」トトの声は皮膚の下から出てくるような低さだった。女監督の眉が釣り上がる。彼女の世界では、秩序と「正しい振る舞い」が優先されるのだ。
女監督は腕を組み、帽子のつばをさらに深く引き下げる。「子どもは社会の規律を学ばねばならない。ふざけた玩具で甘やかすのは時局に合わない。軍の検査が近いというのに、あなたたちは何をしているのかしらね」
その言葉に、トトの内の何かが冷たくなった。軍の検査、検査――その語は工房の空気を震わせる。だが今は目の前の仕事を優先する。リカの木鳥はまだ、虫のような怖いものを身にまとっている。彼は見守るべきだと感じた。
女監督は不承不承に唇を噛み、近くにあった小さな兵隊の木製玩具を手に取った。「ではこういうのを置いておきなさい。規則に沿った玩具だ。訓練としても使えるわ」彼女は玩具に向かって、さも当然のように命令口調で唾を含む。「前へ出て、守れ。敵を見つけしだい報告せよ」
トトは観察する。すると、兵隊の木製玩具はぴくりとも動かなかった。女監督は眉を寄せ、力を込めてもう一度言った。「行け!」だが木製の兵隊は依然として動かない。ユナが口を半開きにして、驚いたように顔を見合わせる。
「命令しても動かないの?」女監督は一瞬面喰らったが、すぐに不機嫌になった。彼女は玩具を投げるように箱に戻し、そのまま背を向けた。トトの中で何かが解けるのを感じる。だがそれが何かを言葉にする必要はない。彼はただ静かに自分の制約を確認する。大人の命令で動く玩具は、彼の力にも反応しないのだ。そういう意味では、玩具を命令兵器に変えることは、彼の手の外にある。
驚くべきことに、その女監督が立ち去ると、近くにいた好奇心旺盛な青年が嘲るように笑った。彼は通りすがりの商人で、軍の噂を面白がる一人だ。「そんな小さな虫をわざわざ見せるなんて滑稽だ。子どもの悪戯じゃないか?」彼は紙人形を手に取り、指先でつつくようにして笑い飛ばした。その瞬間、紙人形がふにゃりとしわを寄せ、折り目が裂ける音がした。ユナの顔が青ざめる。
「やめて!」トトは鋭く叫んだ。だが手は間に合わない。