玩具職人

玩具職人 第18話「第16章」

夜の風が煤けた窓を震わせた。工房の中はいつもより薄暗く、紙人形の群れが壁に落とす影が、まるで何かを睨んでいるかのように揺れている。トトは長机に肘をつき、乱れた設計図の端を指先でなぞっていた。眠気はない。代わりに、目の奥に小さな針のような疼きがあった。代償の一週間はまだ続いている。身体は動くが、頭のなかで夢が差し込む隙間はない。だからこそ、足音に敏感だった。

夜の風が煤けた窓を震わせた。工房の中はいつもより薄暗く、紙人形の群れが壁に落とす影が、まるで何かを睨んでいるかのように揺れている。トトは長机に肘をつき、乱れた設計図の端を指先でなぞっていた。眠気はない。代わりに、目の奥に小さな針のような疼きがあった。代償の一週間はまだ続いている。身体は動くが、頭のなかで夢が差し込む隙間はない。だからこそ、足音に敏感だった。

「静かにしてくれ、ユナ。来るかもしれない。」

ユナは紐を結びながら囁いた。彼女の指先は古い習慣で紙を撫でている。片目の時計職人ドンは作業台の下で金具を研ぎ、針金の鳴る音だけが聞こえた。外套を引き裂くような破風の音がして、扉が押し開けられた。泥の跡と血の匂いが入ってきて、アベルが息を切らして立っていた。制服は裂け、肩には新しい浅い切り傷がいくつも刻まれている。両手に紙の包みをぎゅっと抱えていた。

「来たのか。」トトは立ち上がり、無造作に掌を差し出した。アベルはその手を掴み、震える声で言った。

「盗んできた。ホールの資料保管室。夜の巡回が短い時間を見つけて……すまない、時間がなかった。」

アベルは包みを解き、重ねられた帳簿と折りたたまれた書類を机の上に滑らせた。紙の端には軍の章印が黒々と押され、数字と表が整然と並んでいた。トトの指先に触れた紙面は冷たかった。

「これは……」ユナの声が低く震えた。「国家予算の分配表だよ。こんなに大きな金額を——」

ドンが顎に指を当て、皺を深くした。「ここにあるのは玩具関連の予算を示す複数の項目だ。『児童感情収集』──見なさい。支出先にあるのは製造委託業者、各州の実験施設、試作の装置購入費。ハルト伯爵の個人名での請求もある。」

ページをめくるうちに、紙の文字がただの文字でなく重石のようにのしかかってきた。アベルの手が震え、肩が折れる。彼は息を整え、掠れた声で続けた。

「全部、国家予算だ。表の端にある会計課の照合署名、皇庭の印。ハルトがやってることは国の金でやってる。規模が想像を超えている。子供たちから取った“素材”を中央に送って、試作品を作る。そこから軍用に転用する。設備の発注先まで載ってる。」

トトは視線を紙面から離し、工房の壁にかかった小さな木鳥を見た。片翼が欠けたあの木鳥のことが、胸の中でぽつりと冷たい物音を立てる。アベルは知らない。だが紙の束の中には、写真が一枚挟まれていた。工作台に置かれた木製の小鳥の接写。側面に打たれた小さな刻印。そこには、工房で見たのと同じ欠け方の刻みがある。

「ミオの木鳥だ。」ユナの指先が震えた。「この傷……同じだ。」

「これがあれば、ミオの……」アベルは言いかけて唇を噛んだ。

トトは紙を撫で、内臓の奥が締め付けられるのを感じた。何にも代えがたい確証だ。だが確証が出れば出るほど、問いは大きくなる。どうするか。世に出してしまえば人々は真実を知るだろう。だが軍は真実を暴かれることを恐れ、より強く動くに違いない。

ドンが一枚の設計図を広げた。そこには、小さな兵隊の立像の分解図が細かく描かれている。内部に埋め込む小さな機構、金属の爪の取り付け方、感情センサーの位置。センサーとは薄い磁気帯のようなもので、下には「命令インターフェース(試作)」と筆記されていた。

トトは指を伸ばして、その図の上に乗せられた試作品を触った。小さな木の兵隊で、軍の試作ラインから外れたらしい。木肌は粗く、金属の帯が腹に巻かれている。トトの掌に温もりは伝わらない。奴は動かなかった。静かなものがそこに在るだけだった。

「動かないだろう?」トトが言うと、アベルは苦い顔をした。「あれが俺たちが心配してるものだ。指令が入れば動く。だが今は試作で、子どもが自分で選んだ玩具じゃない。機能は大人の命令に紐づいている。君の能力が効くものじゃない。」

トトは目を細めた。「そうか。でも写真の木鳥は……ミオが持っていたのは子どもが選んだはずだ。何が違う?」

ユナが小さく息をついた。「多分、あとから組み込まれたんじゃない? 軍が回収して、改造して、また返したのかもしれない。」

ドンは設計図を指で叩いた。「それが狙いだ。最初は子どもの遊びとして入り、愛着がついた段階で規格部品を差し替える。外見は同じで、中身を変える。誰にも気づかれず、命令で動く玩具にする。予算はそのためのラインと研究費に消えている。国家規模の転用だよ。」

沈黙が落ちた。外の夜は変わらずに鳴っている。だが工房の空気は一変していた。紙の束は恐怖を証明していた。恐怖を記した数字が、子どもたちの顔を暗い枠で捉えている。

そのとき、ドンが近づきざまに試作品をひょいとつまみ上げ、軽く笑った。「こんなもの、玩具職人だったら一目で分解できる。簡単に壊れるだろうよ。」

彼の言葉は無神経だった。トトの肌に、かすかな緊張が走る。ユナの目が潤んだのをトトは見逃さなかった。そして、まるで約束されたように、木の兵隊がピキリと音を立てて割れた。小さな裂け目が木目に沿って走り、まるで誰かがそこに一筋の線を引いたかのようにパカリと半分に開いた。破片が床に落ちて、暗がりに小さな雪のように散った。

「な、何だ?」ドンは驚いた顔で自分の手を見た。

ユナは震えた声で言った。「あなた、さっき……笑ったでしょ? 恐怖を笑う人が近づくと、玩具が壊れるって……トトが前に言ってた。だから、軍の命令で動く玩具を誰かが嘲笑って扱えば、それは壊れるかもしれない。だけどそれは試作品にしか効かないのかな……」

トトは割れた木の欠片を拾い上げた。掌の中で小さな痛みを感じる。能力の制約が、目の前で現実の形になった。彼がこれまで守ろうとしてきたものは、単純な魔法ではなかった。子どもたちの選択、尊厳、共感がその根幹をなしている。大人の横暴や侮蔑は、玩具を破壊する。だが同時に、壊れることが回避策ともなりうるという難しい種も露わになった。

アベルが紙束の一枚を指で押さえた。「全部をいきなり出すのは危険だ。暴露したら、軍は工房を押さえ、子どもたちを『保護』と言って連れ去るだろう。内務省の幹部が出動したら、検閲も一気に強まる。今はまだ、公の場で声を上げるための味方を作らねばならない。」

トトの胸の中で、眠れない夜の空白がまたぞろうずく。彼にも即座に正すべき怒りがあった。ミオを見つけ、持ち帰るためなら今すぐにでも街中で叫びたかった。だが彼は口を閉じた。金庫を開け放つようなやり方は、子どもたちをさらに危険に晒すだけだと、その場の空気が告げている。彼はゆっくりと深呼吸をし、仲間たちの顔を一つずつ見た。

「分かってる。全部をぶちまけて一気に裁くのも、確かに理にかなっている。だがここにいるのは子ども達だ。騒ぎが大きくなれば、それを押さえつけるための口実を軍は持つ。私たちは、直接的な暴力で勝てるわけじゃない。だから段階を踏む。まずは、信頼できる外部の窓口を作る。証拠の一部を渡して、同情的な職員や市井の声を味方につける。彼らが公開しても、ただの噂ではなく、公式な文書と証言が支えるようにしよう。」

ユナが震える手で紙を撫でながら聞いていた。「でも、どうやって?」

アベルの目が光った。彼は軍の服を脱ぎ捨てるよ