城下の仕立屋の仕立屋は朝の散歩を続ける

城下の仕立屋の仕立屋は朝の散歩を続ける 第4話「第3章」

朝の陽が、細い路地の石畳に斑をつくるころ、店の暖簾を横切る影がゆっくりと伸びた。測量器の三脚の脚先が、麻の暖簾をかすめる。暖簾に落ちた影は、黒い裂け目のように揺れ、店先に置かれた寸法テープと小さな標札を長く見せつけた。

朝の陽が、細い路地の石畳に斑をつくるころ、店の暖簾を横切る影がゆっくりと伸びた。測量器の三脚の脚先が、麻の暖簾をかすめる。暖簾に落ちた影は、黒い裂け目のように揺れ、店先に置かれた寸法テープと小さな標札を長く見せつけた。

「またか」

裁ち子の橘たちこが、ため息混じりに言った。拳が軽く固まっていた。指先に針の油と生地の粉が付いている。たちこの視線は、街道に置かれた、官府の赤い印の入った標札へと釘付けになっている。

「落ち着いて。騒げば余計に町の者が萎縮する」

朝尾縫は、針箱の中で古い銀の指ぬきを取り上げ、掌の温度で軽く磨いた。指ぬきの金属は朝露に冷えている。縫の声は低く、けれど柔らかかった。店の奥から、反物がすれるかすかな音が聞こえる。縫はその音にいつも救われる。

「これ、誰が置いたの?」たちこは畳んであった布の端を乱暴に引っ張り、指の関節が白くなる。彼女の目は怒りで光っている。たちこは町の若者だ。力はあるが、注意深さに欠けるところがある。

「測量隊。名前は……田川さんだったと思う」縫は、覚えている断片を口にした。昨夕、測量人に小さな包みを渡した。包みは彼の肩の重さを一瞬だけ見せた。たしかに彼は疲れていた。ほんの一瞬、肩の線が透けて見え、明日の行程を読むような表情を浮かべたのだ。その瞬間を、縫は包みに縫い込んだ古い糸と共に見た。

たちこが唇を噛む。声は小さく、だが震えていた。「そんなもので済む話じゃない。官符だよ。これを放っておいたら、次にはもっと大きなものが来る。家が、仕事が測られてしまう。『効率』だの『成果』だのって名目で、手間や日々の余白を奪っていくんだよ」

たちこの拳のクローズアップ。血管が浮き、縫った布の端で爪がかすかに切れる。店の中に、針の先が生地を突き刺す音が、ゆっくりと重なる。

「わかってる」縫は、指ぬきを胸元に当てたまま言った。「でも、私がここで大騒ぎしても、解決になるとは限らない。あの人は、ここに来て標を置いて行っただけかもしれない。上の命令で動いている人間もいる。怒鳴り込めば、彼らはただ逃げる。代わりに別の厳しい手が下るかもしれない」

「それって、逃げる理由にならない!」たちこの声がさらに高くなる。店の入り口の格子に、外の風が木の葉を運ぶ。格子越しに通りの風景が揺れて見える。外はまだ眠りから醒めきっていないが、石を踏む足音が一つ、二つと近づいてくる。

縫は、決して無作為に力を使わない。自分の手で手入れした道具や食材が、使う人の疲れを一度だけ「見える」形にする。たしかにその能力は不完全で、一度だけ、ほんの一瞬だけ真実の断片を映し出す。だが、使い方に約束がある。役に立とうと焦って度を過ぎれば、その力は消える。しかも、消えるだけでなく、縫自身が休めなくなる。眠りが遠ざかり、日々の歩幅が狂う。縫はそれを身をもって知っていたから、慎重になる。

「見せるだけで済むこともある」縫は続ける。「昨晩、ちょっとだけ見た。田川さんの疲れ。けれど、それが全部の理由ではないように思えた。何か——制度の歯車が噛み合っているのかもしれない。だから、誰かが自分の足で考えて動く余地を残しておきたい」

たちこの顔に皺が寄る。「逃げたいだけだろう。あなた、ずるい」

「ずるくはない」縫は針箱の蓋を閉じる指に力を入れた。彼女の掌に、うっすらと熱が籠るのを感じた。そこはいつも、力を使った証が残る場所だ。だが今はまだ、冷たい朝の風がその熱を追い出そうとしている。

店の外、石畳を測量人が通り過ぎる。三脚を引きずる音が、ちらりと耳に届く。彼の背中に、草色の布の包みがくくりつけられている。肩のラインが、細く光っては戻る。彼は振り返ることなく行った。

たちこが飛び出すように店の外へ出ようとしたとき、縫は彼女の袖を掴んだ。その触感。繭のように柔らかく、それでいて強い。たちこは振り向き、目に涙が浮かんでいた。

「行かせてよ。私がやる」たちこが言う。口調は決然としている。

縫は一瞬、たちこを見て、そして外へ向いた。測量の標札は、店の角にまだ立てかけられている。赤い印が官の存在を示す。縫は静かに息を吸い、指ぬきに触れていた。

「……一度だけなら、いい」縫は低く言った。「だが約束して。誰かが代わりに被害を受けるようなやり方はしないこと。彼らが『動かざるを得ない』ように仕向けるのは、別の危険を呼ぶ」

たちこは顎を引き、怒りを抑え込む。拳を開き、ゆっくりと標札へ近づく。薄暗い木の標に指先が触れる。紙の匂い、墨の匂い。指先に伝わるのは、人の手が押した跡と、押し付けられた冷たさだ。

たちこが標札を外そうとした刹那、向こうから声がした。「おや、何をなさるんです?」測量隊の一人、田川誠が振り返る。三脚を肩にかけ、額に汗を滲ませている。彼の瞳には警戒があり、だが怒りというよりは困惑が宿っていた。

たちこは言い返す。言葉は甘くない。「これをここに置く権利、あんたにあるのか。私たちの暮らしを測るなんて、勝手だ」

田川は一歩引いた。手の中に、小さな帳簿を持っている。縫の目が、彼の手元に引き寄せられた。帳簿の角に、もう一つ小さな標が挟まれている。赤い印の上に、紙が差し込まれている。縫はそれに触れた。触れた瞬間、ふわりと何かが胸の奥に落ちる感覚があった。

——彼の疲れが、また見えた。

だが今回のその「見える」は、薄く、かすれていた。まるで曇り硝子越しに見るような像だ。彼の背中にあるのは、責任でもなく好奇心でもない。「命令に従うしかない」という屈託のようなもの。行程の計画表。彼の家族を支えるための数字。だが同時に、縫の視界は裂けかける。何かがふいに引っかかり、像は崩れた。

縫の胸に、急に冷たい波が押し寄せた。喉が乾き、脚の震えを感じる。焦りが、自分の胸に忍び込む。彼女は自分がしてしまったことを悟った。無理に、その疲れを突きつけようとした。見せれば事が動く、という思いがあった。だがそれはルール違反だった。力は、焦りに反応して消えてしまう。

「縫さん、どうかしましたか?」田川が心配そうに言う。彼の声には気遣いがある。たちこの顔が揺れる。

縫は、視界の片隅で、時計の針がゆっくりとズレるような感覚を掴んだ。眠気が遠ざかる。胸に重りを抱えたまま、戻してもらえない。力が消えただけならまだしも、彼女の身体はその代償を払わされている。朝の散歩の足取りが不安定になり、体の節々が疲労で鈍くなった。眼の奥が乾いて、後で何時になっても眠れないだろうという予感が湧いた。

「ああ、大丈夫だ。ちょっとめまいが……」縫は笑おうとして咳払いをする。だが笑顔はぎこちなく、たちこが鋭く見つめる。

「言ったでしょ! そんな勝手なやり方は」たちこは声を荒げる。だが田川は手を上げて制した。「いや、いえ。お騒がせして申し訳ありません。私たちも命令に従っているだけで……もし不都合をおかけしたのなら、上に報告して、別の行程を——」

縫は田川の言葉を遮った。「あなた個人を責めるつもりはない。疲れているのはあなたも同じだ。だが、これは単なる調査ではない。近くに『整備計画』の告示板が出ていたかもしれない。名のある部署の印だ。私たちの暮らしを換算し、点数