城下の仕立屋の仕立屋は朝の散歩を続ける

城下の仕立屋の仕立屋は朝の散歩を続ける 第1話「序章」

朝焼けが屋根瓦の端を薄桃色に染める頃、のれんはまだ眠気を引きずっていた。細い城下町の路地を満たすのは、まだ洗い立ての空気と、仕立屋の古い木の扉がきしる音だけだ。縫田裕(ぬいだ ゆう)は店先でのれんの裾を指先で払った。糸くずが光の筋に乗ってふわりと舞い、掌の感触にまだ冷たい朝露が残る。彼の指先には針の小さな瘢痕が幾つも刻まれている。生活の地図がそこにあるようで、裕はそれが嫌いではなかった。

朝焼けが屋根瓦の端を薄桃色に染める頃、のれんはまだ眠気を引きずっていた。細い城下町の路地を満たすのは、まだ洗い立ての空気と、仕立屋の古い木の扉がきしる音だけだ。縫田裕(ぬいだ ゆう)は店先でのれんの裾を指先で払った。糸くずが光の筋に乗ってふわりと舞い、掌の感触にまだ冷たい朝露が残る。彼の指先には針の小さな瘢痕が幾つも刻まれている。生活の地図がそこにあるようで、裕はそれが嫌いではなかった。

「おはよう、裕さん。今日も早いねえ。」

路地の向こうから鶴田しげるがゆっくり近づいてきた。八十を越えたかという老人だが、毎朝同じ時間に散歩をしては、近所の人に小さな新聞の切り抜きを見せるのを日課にしている。鶴田はいつも、仕立屋の前で足を止める。裕と目を合わせると、彼の唇がくしゃりとほころんだ。

「おはようございます。朝の散歩を欠かせない方には、これくらいはね」

裕は小さな弁当包みを取り出した。昨日の残りの鮭をほんの少し炊き込み、昆布を薄く切って添えたものだ。布で包んだ包みをそっと撫でながら、彼は道具箱の中のハサミを軽く拭った。金属がかすかに鳴り、油の匂いが鼻の奥に残る。

裕が道具や食材に手を入れると、いつもの小さな力は静かに働いた。布を結ぶその手先から、空気が微かに震え、手入れされたものが「あるものを映す」ことを許す。鶴田が弁当を受け取ると、彼の肩のあたりからほのかな粒が一度ふっと浮かび上がった。まるで朝の埃が金色に光るように、それは短く、だが確かな形で見えた。

「……疲れ、ですかね」と鶴田が包みを抱える手を見て笑った。「お前、そういうのが見えるって、ずいぶん変わった趣味を持っとるのう」

裕は顔を少し赤らめて、首をすくめた。見えるのは相手の「今の疲れ」が一瞬だけ光となって見えることで、見えた後にはもうそのビジョンは消える。鶴田の疲れは、田んぼで腰を曲げた跡のような、穏やかな金のほこりだった。裕はそれを確認して、鶴田が今日も無事に歩けるようにと願った。それだけでいい。彼の散歩は、誰かが少しでも楽に帰れることを見届けるためのものだった。

「ありがとう。散歩に行ってくるよ。」

鶴田が足早に去る。朝の空気に包まれて、二つの足音が消えていった。裕は店の戸板に手を押し付け、深く息を吸った。日の出が早くなった町並みは、普段より細く精密に見える。道の向こう側に、新しい白い印が見えた。細い杭に赤いリボンが結ばれ、その横に薄い紙片が貼り付けられている。普段より視界が鋭い朝は、そういう異物を見逃さない。

裕は目的もなく散歩に出るつもりだった。店の前をぐるりと回ることを習慣にしているだけだ。それが、彼にとっての世界の始まりだった。だが杭は、店の正面からほんの三歩先に打たれている。紙片にはスタンプが押してあり、黒と赤の文字が規則ただしく並ぶ。

「調査標 実測開始」

裕の胸の中で、普段は静かなものが小さくざわめいた。そこに立っていたのは、背の高い男だった。黒いコートの裾が冷たい朝風にふるえ、腰には計測器の入った小さな革袋を下げている。松原誠と名札にある。役所の人間だろう。裕は言葉を飲んだ。

「おはようございます。ここ、何かの関係ですか」

松原は係の仕事のように手を動かし、紙片の角を確かめる。「ああ、実測の開始です。区域の確認に来ただけですよ。立ち会いは必要ありませんが、質問があるなら後日窓口で」

手早く言い終えると、松原はさらに二つの杭を点々と打っていった。彼の動きは事務的で、無機質だった。裕はつい、鋏箱の蓋を強く押さえた。金属の冷たさが、掌の神経を直に伝う。

街の細い空気の中で、裕は自分の力を確かめようとした。これまでの朝の習慣が、思いがけない形で役立つかもしれない。もし、町の人々の疲れを一度だけでも「見せる」ことができれば、誰かを説得したり、話を聞いてもらう材料になるかもしれない。だがそのとき、杏子が慌てた足音を立てて店の軒に飛び込んできた。

「裕さん、すみません! 通りで転んだ子がいて、膝から血が出てます。包帯を貸してください!」

杏子は店の見習いで、まだ十六歳ほどの少女だ。顔を真っ赤にして駆け込む。裕は手を伸ばし、治療用の小さな包みと絆創膏を摘み上げた。子どもは道路の角で泣いている。裕は躊躇なく駆け出し、杏子と二人でその場に向かった。路地は朝の人であふれ、通行人が立ち止まる。子どもを囲んだ小さな輪の中には、鶴田もいて、さっきの弁当を抱えていた。

「大丈夫かい、坊や」と鶴田が声をかける。子どもの膝は赤く腫れていて、目に涙が光る。

裕は素早く包帯を取り出し、膝を拭いて、布をあてがった。手早く、しかし慎重に。こういうとき、彼の力は最も頼りになる。手入れされた布が触れると、その人の疲れが一度だけ、ほのかな粒となって見える。裕は同時に、膝のところに現れた小さな青い粉を見た。夕べ遅くまで走り回ったのだろう、眠気と冷えが混ざったような、軽い青いほこりだった。裕はそれを見て、周囲に向かって言った。

「今日はお昼休みはゆっくりしてくださいね。無理して遊ぶと化膿しますから」

母親らしき女性がほっとして小さく笑い、子どもを抱き寄せた。裕は胸の内で小さく安堵する。だが、連続して力を使うときはいつも注意が必要だ。自分の手際を急いでしまえば、力が消えてしまう。力が消えると、それだけじゃない。裕自身が、眠りの中で休むことができなくなるのだ。経験が教えるその代償は、体の奥からじわりと広がる不安――焦燥の夜をもたらす。

その瞬間、松原が店の前の杭を確認して、向こう側から大きめの声で尋ねた。

「その店の方ですか? この区域は来月から調査が本格化します。今のうちに……」

裕は、思わず一段と早く動いた。自分の店の前の杭。じっとしていられなかった。胸がざわついて、呼吸が速くなる。彼は手にしていたハンカチをぎゅっと握りしめ、鶴田に声をかける。

「鶴田さん、あとで話を——」

だが言葉はそこで途切れた。二つの仕事――子どもの手当てと調査杭への対処――を同時に片付けようとして、裕は自分の行為を急いだ。包帯を巻き終えた後、彼は店に戻って鋏をもう一度拭き、のれんを直すふりをして、松原に近づいた。どうにか言いくるめる材料を得ようと、道具や弁当を触りまくる。だがその「急ぎ」は、彼の力の禁忌だった。

いつものように穏やかに現れるはずの粒が、今朝は出なかった。鶴田に見えた金のほこりも、子どもの青い粉も、二度目に確かめようとしたときには、ふっと消えた。胸の奥がひゅうと冷たくなり、手先の感覚がちょっとだけ鈍る。立っているのが不安になるほどではないが、確かに何かが狂った。裕の心は急速に落ち着きを失った。呼吸は浅く、眠気が遠ざかっていくような感覚が広がる。

「見えなかったのか?」松原が無邪気に言った。「ま、立ち会いが要らないってだけだから。詳しいことは役所の説明会で」

裕は立ち尽くしたまま、杭の赤いリボンを指先でつまんだ。リボンに結わえられた紙には、もっと具体的な文字があった。区域番号、実施予定日、そして「区域内の構造変更検討」という冷たい文言。店は、その一覧に小さな四角で囲まれている。自分の店が、役所の書類の中で一行になっているこ